ちむたんのつぶやき
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2009年05月24日(日) 家売るぞ日記(その16)いつまでも一緒に

相棒と、家の中も外もできるかぎりの掃除をした。
柱の傷、壁紙の汚れ、由来を覚えているものもあれば、いつの間にと思うものもあった。

土曜の夜にやってきた次兄が、処分するのがためらわれ残しておいた父のゴルフクラブや洋服をもらってくれたし、清掃センターへ何度も往復してくれた。

三人で、この家で最後の朝ごはんを食べた。

もう今日より後はないということがどうにも現実味を帯びて感じられなかったから、大事なことを忘れないようにひとつひとつ確かめながら進んだ。

一応持ってはきたものの撮るかどうかは怪しいな、と思っていたデジカメで、室内と庭の写真を何枚か撮った。
父がたまに同じことをしていた。アルバムをめくればどこかに、そのときどきの家の写真が見つかるだろう。

雨がざあっと降ったり、薄日が差したりと天気は目まぐるしく移り変わった。

電気のブレーカーを落とす。
冷蔵庫のモーター音もビデオデッキのかすかな作動音もなにひとつ聞こえなくなった。
雨戸を全部閉めると、台所や玄関の吹き抜けから入ってくる白っぽい光だけが家の中を照らし出した。

玄関に立ち、お世話になりました、と家中に頭を下げた。
「ここにはいないよね」と呟いたら、耳聡く聞き取った相棒が「そうだよ、一緒だよ」と答えてくれた。


鍵をかけ、車を出して相棒の実家へ向かった。
相棒は道案内のため次兄の車に乗っていたので、ひとりで思いきり声をあげて泣いた。

家から少し走ったところに、国道に出る交差点がある。いつも、家を出てここまでくるとなんとなく「これから出かけるんだぞ」という気分になる場所だ。
赤信号だった。

家で息を引き取った母を葬祭場に送る車に同乗したとき、ずっと寝たきりで外出できなかった母は、今頃空の高みから見ているだろうか、とここで考えたことを思い出した。
父とドライブに出かけるときの、ぽかんとした楽しさとともにある、無事行って帰ってこなくては、というわずかな緊張感も思い出した。

私は面倒くさがりなので、霊の存在がどうとか亡くなった人が語りかけてくるとか、その手の話は重んじない。
でも、あのとき交差点で停まっていた数十秒間だけは、父が助手席に、母が後ろの座席に座っていてくれたと思う。
私と一緒に来てくれたと思う。


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