ちむたんのつぶやき
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2009年03月01日(日) 家売るぞ日記(その3)

さて、今週から3月いっぱいは毎週末実家に通います。金曜夜の上野駅で、ああ、このまま逃げて旅に出てしまいたいと思いました。<単なるものぐさです


前回に引き続き、私のかつての自室からスタート。
なんかこう、ちょっと取っておきたかったかな?というものまでごみ袋に突っ込んでしまったような気もしますがいいの全部捨てるのよ、昔の写真や手紙や寄せ書きの色紙なんてもう見ないもの。
とか言いつつ、漫画の単行本はほぼ全部自宅送りにしたあたりが度し難いわたくしです。『キャプテン翼』『あした天気になあれ』『SLAM DUNK』あたりはなんせ巻数が多いので悩みましたが、もう一度揃えられるとは思えないし。フジョシの嗜みとして『風と木の詩』もちゃんと持っていきますよ(笑)
あと、昨年亡くなった氷室冴子さんの本も今となってはそうそう入手できそうにないので確保。今後ちゃんとした全集が出て「なんだ買えたじゃん」と笑えるといいのですが。


つづいて2階の和室へ移動。タンスが5本と押入れが1間半ある、大きなポテンシャルを秘めた一室です(苦笑)。でもまあここは洋服や着物だけだからどんどん捨てていけば楽勝だろう…と思っていた私が甘かった。

実際の物量もさることながら、そこにしまわれている「思い出の量」がハンパじゃなかったのでした。

たとえば大きな衣装箱いっぱいに入っていたのは、編み物好きだった母の手編みのセーターやマフラー。そういえば母が亡くなってしばらくした頃に身の回りのものの整理をしたとき、思い切って捨てられずこの箱に集めたようなおぼろげな記憶が…。
この赤いセーターは小学校の頃編んでくれたもの、この編み込みのセーターは高校の頃編み物の本を見てリクエストし編んでもらったもの、とひとつひとつ広げながら相棒に説明しているうちに、涙がとまらなくなってしまいました。
ほかの箱からはやはり母が縫ってくれたポンチョやお気に入りだった赤いレインコート、そしておそらく私が生まれたばかりの頃に着ていたのであろう、黄色いお花の縫い取りがある肌着と、共布のずきんとブルマーがセットになった可愛いレースのついたベビードレスが。
私の服がなんでもかんでも取ってあるという感じではなかったので、おそらく母がやはり整理しながら愛着があって捨てられなかったものが残っている、という印象でした。
私のものもさることながら、母が着ていた服を見ていくと、元気だった頃の母がお気に入りの服を着て笑っている姿が脳裏にありありと浮かび上がってくるようでした。


だからといって思い出の品を全部取っておけるわけではなく。
心を鬼にし、ごくわずかだけ残してほとんどのものを処分することにしました。
すごくすごく、間違ったことをしているような不安と苦しさがあります。
でも、手編みのセーターをたくさん持って帰ったところで着られる機会は限られているでしょう。母の着ていた服が似合うようになるまでには、まだだいぶ時間がかかるでしょう。

不思議と、上で書いたような手紙や写真など、自分だけの過去にまつわるものについては、捨てるのにもあまりためらいを感じないのですね。やはり両親の思い出が残る品々には割り切れなさがあります。

大泣きして腫れた目のままで雨漏りの検査に来てくれた業者さんを迎えることになったので、かなり恥ずかしかったです。花粉症だ、私は花粉症なんだ(苦笑)。


いやー、消耗します。しんどいですわ、本当に。何回「私もう絶対、物は増やさないわ」と口走ったことか。
ずっと私のそばにいて一緒に泣いてくれた相棒さん、ごめん。ありがとう。

例によって土曜の夕食は相棒の実家におじゃまさせていただいたのですが、伺ってよかったです。夜までこもりきりでずっとあの作業をするのは相当こたえただろうという感じなので。実家には相棒のお兄さん一家もいらしていて、甥っ子ちゃんたちにたくさん遊んでもらってとても安らぎました。


家そのものと同じで、金銭的な価値が残っているわけではない。まだ使えるからもったいない、というほどでもない(もちろんそれを言い出せば、いくらでも役に立つものもあるでしょうが)。
ものの価値は、人の心が決めてゆくのですね。
この先片付けを終えるまで、まだまだ苦しいことがたくさんあると思いますが、きっとそこから学べることもたくさんあると信じてがんばりたいです。


拍手ありがとうございます。

>Pーさま

お茶会楽しみですよねー!私の心配までしてくださって、ありがとうございます。

>お名前なしのかた(もちろん無記名でOKですよ!)

ご心配くださってありがとうございます。体に気をつけて、元気にチャーちゃんの舞台やお茶会に乗り込みたいです(笑)


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