ちむたんのつぶやき
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父が旅立ったのは、一年前の今日でした。
朝5時、お父さんがナーバスになっているので来てあげてくださいというナースからの電話で飛び起き、病院へ向かいました。 さぞかしいろいろ言われるのだろうと覚悟して病室に入りましたが、父は私に自分の状態を問い詰めたりするようなことは全くありませんでした。
あとでナースから教えてもらいましたが、夜中に巡回した際「私は治すつもりで入院したのに、(一人でベッドから起き上がることもできない)この状況をあなたはどう思う?」と訊いてきたそうです。
そう、治るつもりでいたんだよね。治って家に帰って、またゴルフをしようって…。
相棒も来てるよ、と声をかけたらにこっと笑って「何かうまいもの食べにいこう」といいました。 三人で、いろんなところに行ったから。
体温が下がりすぎていて、何度測ってもエラーになってしまう状況でした。でも父が気にしてしょっちゅう測りたがるので、その度に平熱だと嘘をいいました。体温計が壊れているのかも、というので売店に走って新しいものを買ってきました。 手や足の先が氷のように冷たくなっていたあの感触を、今でも私の手は覚えています。
呼吸が苦しくなり、酸素マスクをつけられました。マスクが口の周りに当たって不愉快らしく外そうとするのを相棒と二人で一生懸命なだめましたが、しばらくして「ちょっとだけ外させて」と頼むので「じゃあ一分間ね。一分経ったらまたつけてね、約束ね」と言って外し、腕時計で時間をはかりました。 私が時間だよ、という前に自分でマスクに手を伸ばし、再びつけてくれたので「ありがとうね。お父さんはいつも約束守ってくれるもんね」と(われながらそれはウソっぽいなと思いつつ)言ったところ、なんだか真面目くさったような表情で首をはっきりと横に振ったので「あ、そうなの。約束守らないのね」と相棒と二人で笑ってしまいました。 事ここに及んでも、ヘンなセンチメンタリズムに酔うようなところのなかった父はなんかいいなあと思います。(そんな余裕はなかったのかもしれないけど)
私が記憶しているかぎりでは、父が口にした最後の言葉は「トイレに行きましょう」でした。 一人部屋に移され、もう手を貸しても身体を起こせる状態ではなかったので管を入れられたのですが、かえってそれが尿意を引き起こしたらしく、トイレに行きたいと言い出しました。あわてた私たちやナースが今は管が入ってるからトイレまで行かなくても大丈夫ですよ、と言っても決然と「トイレに行きましょう」と。 どうしよう…と思っていたらそれからすぐ意識がほとんどなくなってしまったので、事なきを得たのですが。 これまた、父らしいこだわりです。胃がんが肝臓まで転移していて、あと4時間後くらいに亡くなってしまう人が言ったとは思えないセリフじゃないかなあ。
娘の目から見ても、なかなか粋でカッコ良かった父でした。 写真は、2007年10月6日にコスモスを見にいったときに撮ったもの。よく撮れていたので遺影に使いたいと思いましたが、携帯のカメラだったので画像が粗く残念ながら無理でした。

いま、父が大好きでよく口ずさんでいた、Nat King Coleの“Too Young”が頭の中に流れています。
They try to tell us we're too young Too young to really be in love They say that love's a word A word we've only heard But can't begin to know the meaning of
And yet we're not too young to know This love will last though years may go And then someday they may recall We were not too young at all
And yet we're not too young to know This love will last though years may go And then someday they may recall We were not too young at all
おとうさん、おかあさん。 みんな元気よ。
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