ちむたんのつぶやき
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とりとめない話を。
大学卒業するくらいまで、両親のことを「パパ」「ママ」と呼んでおりました。 大学4年の終わり頃に母が長い入院をしたとき、病院のなかで「ママ」と呼ぶのがどうも気恥ずかしくなって「お母さん」と呼びはじめ、それと一緒に「お父さん」と呼ぶようになったのでしたが。
父は母のことを「ママさん」と呼び、母は父のことを「パパ」と呼んでました。 兄たちも子供のころはきっと「パパ」「ママ」だったのでしょうが、さすがに大人になってからは「パパさん」「ママさん」でした。
父は孫たちに「おじいちゃん」とは呼ばせず、ずっと「パパさん」でした。おかげで姪たちは、私が父のことを「お父さん」と呼ぶと、そのたびに自分の父親(=私の長兄)と混乱していたものです。
母はすなおに「おばあちゃん」と呼ばせていましたっけ。64歳で亡くなった母がおばあちゃんで、83歳まで生きた父がパパさんなのもなんか妙ですが。
まあ父はわりと若く見えるから、おじいちゃん呼ばわりも当たらないかな、と私も思っておりました。 しかし。 先日実家に来てくれたガス工事の人が「あれ、前はおじいちゃんがいましたよね?」とバッサリ(笑)。 身内のひいき目だったか。
父が亡くなった日。
呼吸がとぎれとぎれになったのに気づきあわててナースコールをしたところ、やってきた看護師さんが「皆さんで呼びかけてあげてください。耳は一番最後まで聞こえていますから」と言うので、家族みんなでベッドを囲み、いっしょうけんめい父を呼びました。 私は最初、いつも通り「お父さん」と呼んでいましたが、途中でふと「パパ」と昔のように呼んでみました。 それで息を吹き返すというようなドラマみたいな展開はもちろんあるわけがなく、父はそのまま、叔母や兄たち、相棒や私からさまざまに呼びかけられつつ旅立っていったのでしたが。
あとで思い出すと、ちょっと芝居がかっていたなあという気がします。いつものまま「お父さん」でよかったじゃないかと。
そして、母のときに同じことを感じて、父のときは絶対に…とかねがね思っていたのにやっぱりできなかったことがあります。 もういよいよいけないとなったら、「しっかりして」などと言うのではなく、今までありがとう、とお礼を言いたかったのです。
でも、できなかったですね。ああ、今だったらまだ聞こえるのかもしれない、言うなら今だ、と思ったのを覚えていますが。 素人にはどういう状態になったらいけないのかがはっきり分からなかったというのもありますけど、一番の理由は、「ありがとう」と私が言い始めてしまったらそれはあまりにも諦めが早すぎて、まるで見切りをつけてるみたいに思えて。父を見送っているのは私ひとりだけではないのだし。
結局、父が呼吸をまったくしなくなり、素人目にもああ亡くなってしまったのだなという様子になってから話しかけることになりました。
こういう話も、いつか会ったらできるんでしょうか。 でもいざ会ったら、改まった話はしないような気がします。 大学時代に実家に遊びにきた友達に「あんたのうちは、みんなして笑いを取りあってるよね。ウケないとご飯抜きなんじゃないの?」と言われたくらいですから。
時代劇はヘンに高尚なものより荒唐無稽なチャンバラがいいとか、石川遼は騒がれすぎてやりづらいだろうとか、そんなしょうもないことばかりを、きっと。
いつもみたいに。 母もいっしょに。
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