ちむたんのつぶやき
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1年の12月まで在籍した川崎の中学校は、クラス対抗行事に異様に熱の入るところでした。 体育祭や球技大会ならわりとどこでもポピュラーかと思いますが、百人一首大会と合唱コンクールも花形行事でした。 私は1年4組だったのですが、担任のS先生(なぜか「暗黒の美青年」というあだなが一部でささやかれていた)、と2組の担任のM先生の間で猛烈な対抗意識が燃やされていたため、ライバルは常に2組でありました。実際、どの行事でも2組と4組は上位だった記憶が。
わたくしは大してピアノもうまくないのに、小学校時代はしょっちゅう合唱の伴奏者を務めておりました。ああいうのはハッタリがけっこう肝心なのです。 その過去があったため、中1の合唱コンクール(1月)でも伴奏者に選ばれたのです、が。 父の仕事の都合で、その年の12月15日をもって転校することになってしまいまして。コンクール当日にいない人はピアノ弾けませんわな。 みんなに残念がってもらいながら、伴奏者には他のクラスメートが任命されました。
しかし実は、私は内心ほっとしていました。 小学校までの比較的簡単な曲なら私でもなんとか弾けましたが、そのときの曲はかなり難度が高かった。練習ぎらいと手の小ささのため、小学5年まででピアノのおけいこを止めてしまった私(ソナチネの最初あたりで挫折した)には、はっきり言ってどう弾くのかさっぱりわからん部分がかなりある楽譜だったのです。 私の代わりの男の子が弾いているのを聴いて「なるほど、そういう曲だったのか!」と思ったくらい。 いやいや、危ないところだった。
もうひとつの行事、百人一首大会もたしか年明けすぐでした。 当然参加できなかったわけですが、これにはかなり出たかったので悔しかったです。 当時のわたくしの闇雲でがむしゃらな記憶力とむこうみずな気迫により、百人一首はけっこういい線行っていたのでございます。本当の競技者レベルになれば真の実力が問われることでしょうが、所詮中学1年生。勝負の行方はハッタリがかなり左右します。
それぞれの結果がどうだったのか、聞いた覚えはあるけど25年も前のことで忘れちゃったなあ。合唱コンクールは2位だった気がします。たしか録音したテープを送ってもらったような。
それにしても当時からぶっつけ本番のハッタリで乗り切るところは全く変わっていない私なのでありました。
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