ちむたんのつぶやき
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2007年06月19日(火) Farewell

会社を3時過ぎにフレックス退社して、神宮に行ってきました。
チケットは買ってあったんですがいちおうファンクラブの来場登録をしたら、ヨネノくんのえらくカッコいい写真のカードをもらえてうれしかったです。

今日の目的は、小学生のときから大ファンだった杉浦享さんが参加されるイベントを観ることでした。
始球式、ではなく「闘球式」と言ってましたが、1992年の日本シリーズ、西武×ヤクルト第1戦での鹿取投手との対決を同じ神宮で再現しよう、というものです。

あの日、社会人1年目だった私は実家でテレビを見ていました。応援しはじめて約10年、当時の杉浦選手は40歳の大ベテラン、代打での出場が専らになっていて、その時も延長12回裏、代打をコールされてのバッターボックスでした。
その年限りで現役引退を決めていたという杉浦選手が鹿取投手のストレートを強振したボールはライトスタンドに綺麗な弧を描いて吸い込まれ、日本シリーズ史上初、代打サヨナラ満塁ホームランとなったのでした。
そしてそのおかげで引退は一年延ばされ、私はちょっとだけ長く杉浦さんの姿を見続けることができたのです。

それから15年。
だいぶ前に一度、新橋の地下街で偶然お見かけしたことがありましたが、生で姿を見るのは本当に久し振り。
真夏日となった神宮の内野一塁側スタンドで、日焼けをものともせず目を皿のようにして懐かしい姿を見つめました。
55歳になられたばかりの杉浦さんは、昔とちっとも変わらない温顔をほころばせて、楽しそうにバットを振っていました。
こうやってのんびりした雰囲気を醸し出しながら、いざバッターボックスに立つと勝負師の厳しさで結果を出すところが、当時の私は大好きだったなあと涙が出ました。
もうとにかく懐かしくて、元気でいてくれてうれしかった。

素振りは昔のままに鋭く、本当にまたホームランを打ってしまいそうな感じ。
あの時と同じ一死満塁というシチュエーションの一回勝負。鹿取さんが投げ込んだボールをセンター前に弾き返し、ホームランこそならなかったものの今回も杉浦さんの勝ち。ファンに向けて帽子を振り、頭を下げ、グラウンドを去ってゆかれました。
現在はヤクルト本社に勤務されていて、野球からは離れてしまわれているのですが、コーチで戻ってきてくれたらうれしいのになあ…なんて。


ファンだったから言うのではありませんが、杉浦さんのあのホームランをきっかけに、それまで万年Bクラスが指定席だったヤクルトというチームは常勝の強豪へと変貌していったような気がします。
いや、予兆は既にあったんだけど、あれがスタートの号砲だったのではないかと。

その後私はいったん野球観戦を離れて、去年久々にごひいきの選手ができてまた戻ってきて、そして今年ちょっとつらくなっていて。
ファンになった時点で杉浦さんはじゅうぶん実績のある選手だったので、ケガ以外で試合に出られないということはなかったとはいえ、昔はもっと大らかに観られていたんだろうな、と我ながら実感。
それと以前の日記にも書きましたが、今は入ってくる情報量が当時と桁違いで、イライラ度がはるかに高いというのもありますね。

そんなわけで、今はちょっと遠くから見ていよう。
神宮での生観戦はしばらくごぶさたしよう。
自分ひとりの感慨の中で、自分ひとりで決めた、梅雨のさなかの猛烈に暑い日だったのでした。


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