ちむたんのつぶやき
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母は、病気に対してとても強い人でした。父親や二人の兄(私にとっての祖父と伯父)がいずれも医師だったこともひょっとすると関係しているのかもしれません。 組織に浸潤するタイプの悪性の脳腫瘍にかかり、手術はとりあえず成功したものの完全に除去することはできず、そのうち必ず再発すると言われていましたが、それに対して泣き言や愚痴を口にすることは、とうとう最後までありませんでした。 淡々と病院に通い、辛い検査や手術や治療にだまって耐えていました。
ただその母は、二度目の手術はきっぱりと拒みました。
最初の手術から約半年経って書かれた「お願いの事」と題した遺言には、「私が人事不省に陥っても、延命措置を施すことなく、自然に安らかに逝かせて下さい」と書いていました。 そして、母の最期の願いはほぼ完全な形で叶えられました。病院ではなく、終の住処となった今の家で息を引き取りました。
母がしたためた一行に、どれだけの思いが込められていたのか。 今でも母の胸中を思うと、いえ、思いはかることも出来ない切なさに、涙がこぼれます。
母がたとえば父や私に向かって自分の運命を嘆いたとしても、一緒に悲しんであげることしかできなかったでしょう。そして私たちは、己の無力さを呪ったことでしょう。 母は、誰にもそんな思いをさせなかった。すべてを、たったひとりで引き受けて見事に去ってゆきました。
母の死から10年経ちました。 父は、81歳の今まで病気らしい病気をほとんどしたことがありません。そういう人の常として、病院が大嫌いです。理詰めでものを考える性質なので、お医者さんの言うこともうのみにはしません。 心電図を見ると完全房室ブロックという危険な状態だから、ペースメーカーを埋め込む手術をしましょうと言われていますが、これといった自覚症状がないこともあり、どうにも納得できない様子です。 家にある「家庭の医学」を繰り返し読んで希望的な記述を探しては、なんとか手術せずには済まないものかと一生懸命考えています。私にも、不安と不信を穏やかな口調ながらしきりに訴えます。
病院についていって一緒に話を聞いた私は、お医者さんの診断は間違ってはいないのだろうと感じています。 今は特に問題がなくても、放置したらそのうち苦しくなってくる、というのも脅しではないのだろうと思います。
でも、最終的にどういう選択をするにせよ、父の考え、父の気持ちを大事にしてあげたいと思います。大好きなゴルフを、少しでも元気で長く楽しませてあげたい。父にとってゴルフができなくなるというのは、死に等しい意味を持つことなのですから。
こんな時母だったらどうするだろう、と考えつつ。 もしかしたら、これは母が私に残していってくれた宿題なのかもしれません。
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