みすみや日誌


あおは あいよりいでて あいよりあおし。


2007年03月25日(日) さしあたり、

卒業してきました。

いや差し当たりってちゃんと卒業したんですよ本当ですよ?
ちょっと教授とかに「良く卒業したね(苦笑)」とか言われたりしてますけど。大丈夫。
そんなわけで今更お送りする(これ書いてるのは4/7でアップするのは多分4/8)、3/25の卒業式前後の日記です。



3/24
ぎりぎり午前中?ぐらいに家を出た気が。
先にろまんちっく村に寄っておみやげを買ったり、車の中でご飯(コンビニおにぎり)食べたらいきなり母親がズボンに染みを付けたり(苦笑)、ばたばたと。
金魚にご飯をあげがてらスタジオに寄って車を置き、バス→電車で移動、最初の目的地は池袋はサンシャインシティ。「どこか寄る暇あるよ」と言われて選ぶのがサンシャイン国際水族館というのは実に自分らしいと言うか何というか、まあそんな感じです。そう言えば四年間いてもいつも水族館だけで、プラネタリウムは行ってないなぁ。

カエル水槽のケロロ軍曹はちょっと邪魔でしたが(苦笑)、いろいろ見て堪能しました。あれぐらいだと大人にも子供にも楽しい、いい水族館だよね。エプソン品川なんかは大人向けすぎで、しながわ水族館とかだと学習要素が強すぎる感じで。サンシャインはバランスいいと思います。たまーにコオロギが走ってるけどな(過去日記を検索すると多分出てきます)。
あと、自分はよくあれだけの勢いで雑学が出るよなあと思いました。出典不明のは怪しいのでなるべく言わないようにしているのですが(それでも一割ぐらいは言ってから「これなんだっけ」と思うけど)、出典が大体思い出せるの(主に本か「どうぶつ奇想天外」か「生き物地球紀行」と思われる)だけでも結構喋り続けてた。
……自分の原点は生物オタクなんじゃないかとちょっと思ったり。

そのあと行く店は一応決めてあったものの、お腹空いて到底移動できないよ! ということでサンシャインシティ内のメキシコ料理店へ。
美味しかったですが、カクテル頼んだらことごとくストローが2本で微妙に困りました。この組み合わせ(多分どう見ても親子)なら1本でいいよ! 対処に困るよ!
あ、メキシコのトルティーヤって初めて意識して食べた気がする(自分で手元でくるむ形では)。あれ単体で結構塩味がするのね。あとあれですよね、北京ダックくるむのに似てる。あれ何て言うんだっけ。中国語の名称があった気がするのですが。
割といい感じに飲んだあとにデザートまで頼みました。バナナ春巻のようなものですが流石にもう名前を忘れた……。面白い味でした。他に「ディープフライドアイスクリーム」というのがあってそれも気になったのですが(よく揚げたアイスだとしたら中はどうなってるんだ)、まあ余力なかったので。母と一つずつ頼めれば両方わかったのになぁ(笑)。

その後、宿泊予定のホテルへ。普通に高田馬場駅から見える、サンルート高田馬場。
フロントでいきなり母親が「Σ 財布がない」と探し始めたのではらはらしてたら、一歩引いた私の位置からだと見えましたよ在処が。フロントのカウンターの上にあった。
「横山やすしか!!!w」と突っ込むべきだったのかも知れませんが(メガネメガネ)、とっさに出たのは「あんたそれとちゃうの!?」……普段親にあんたとか言わないのに、しかも思いっきり関西弁で突っ込んでしまった……(汗)。こっちも相当テンパってたのだろうと思います。だって自分の財布の中身とか計算してたもの。「うわあ足りない」とか思ってたもの。
ごめんなさーい……。

ホテルの部屋は高校の修学旅行で行った広島のホテルに似てました(その広島ではいっぺん金縛りの憂き目に合ってますが(笑))。
ただ風呂が非常に狭かったです。腰骨はまったら立てないぐらいじゃないかな(骨盤の横幅と大差ないという意味です)。流石東京。
そして中途半端なオートロック。内鍵を掛けてしまうと、鍵を渡しておいても外から入れないという状態でしたので、携帯の着信音を最大音量にしてました。起きないと困るから(苦笑)。

で、部屋に入ってから再び外出。用事は、本屋に寄ってから高田馬場のスペインバー(って言えばいいのかなぁ)。元々、私にとっては駅から帰宅するのに通ってた道沿いで、なんか『パセオ』(月刊の大手フラメンコ雑誌)のOGのひとかなにかがやってたらしく、ずっと気になってたみたいです。母が。自分は一人で行く気は流石にしなかったので時々覗き込んでるぐらいでしたけど。
月一のイベントらしく、カンテを奥で日本人が歌ってました。正直、上手下手は場数をこなしてない私にはよくわからないです。「それっぽいなぁ」とは思ったけど。
ここで飲み足したり(笑)、主にスペインでしか手に入らない(個人で手に入れるのはほぼ無理レベルな)おつまみを食べたりしてました。途中から入って早めに出てしまいましたが気は済んだようです。

で、翌日早いのがわかってたので早寝。……うん。……いつもよりは、早寝だったよ?(笑)
(それでも二人揃って多分日付は変わってました、普段が窺い知れますね(ぇ))




3/25
とりあえず起きた。

前夜から嫌な感じ(平たく言うとなんかすごい雨音)はしていたのですが、案の定結構凄い雨でどうしようかと思いました。
朝ご飯食べて化粧をしてもらって、化粧をした関係で前あきの大きい服に着替えて、玄関まで出てもまだ雨だったので、最寄りのコンビニ(多分100mはないけど……)に疾走して傘を買い、タクシー待ちの列へ。台風かと言うほどの風と雨でした。既に袴を着てるお嬢さんが列に並んでて大変そうでした。

リーガロイヤルホテルで着付け。
最初狭いところで下着(襦袢ってあんなに薄いのか分からないし、着物関係は単語が出てこない!)に着替えるのですが、初っぱなから下着のサイズが小さくて、交換してもらう間非常に中途半端な格好で待ってました。和装だから普通の下着着けないし、自力で前閉じてないと丸見えですから。うへえ。
それが済むと広い場所に移ります。大勢着付けスタッフ(現場では「先生」と呼ばれている)がいて、足元にテープ貼ってあって、そこを作業場所として着付けます。あ、体格補正用にタオルを持ってこいとの指示があったのですが予想通り要りませんでした。 ああそうだよ、細くないさ!w
薄い白い浴衣みたいなの(こっちが襦袢かな? 自信はないです)を着せられて、紐でかなり締めます(この段階で、必要な人はタオルを入れて体格補正をしていたようです)。そのあとに上半分の着物(普通の着物より短い。ただし、持ち込みの人は普通の着物を持ってきてる人もいた)を着て、帯を締めます。因みにレンタル帯はリバーシブルでした(笑)。着物も袴も無地だということで、少し折り返して違う色を出してくれました。
しかる後に袴。先に前から後ろに、前掛けのように回して後ろで縛り、そのあと帯の結びを包み込むように後ろから前に回して縛って、整えて完了。
卒業式のレンタル袴は、足が分かれていませんでした。これが普通なのかどうかは知りませんが、平たくいうと和風ロングスカート(変わった形の巻きスカートの一種と思うのが近いかも)なんですね。
下着交換しに行ってもらったスタッフの人がずっと顔覚えてて、「すみませんね」て何度もいわれて逆にこっちが申し訳なかった覚えがあります。すいません、身長で推測できない横幅で(苦笑)。

そのあとで髪型だったかなー。「一つにまとめる方向で」って言ってお任せしたら非常に地味になりました。お団子だったんだと思うんだけど、後ろは見えなかったのでよく知りません(えっ)。
化粧直しの場所を通り過ぎて(※少なくともあの時点で私は、自分では直せませんでした)、写真。なんか学位記の偽物(表紙だけのやつ)を渡されて撮りました。ここで「学位記」って呼んでるのは卒業証書を入れておく表紙と背表紙のようなものです。表紙に「学位記」って書いてるから(多分、実際は中身である卒業証書のことを言うんじゃないかと思いますが)。学部生は臙脂色です。院生は同じデザインで黒だったっぽいですね。
そのあとで個人的にスナップも撮りましたが、いまいちデジカメに母も私も慣れてないせいで、何故か私が大隈講堂を背にした母の写真を撮るという奇妙な事態が発生したりも(笑)。いや、フラッシュの焚き方とかがいまいち身に付いてなかったから……。

卒業式場は文学部キャンパスで、時間もなかったのでタクシーで直行(出発地点は本部キャンパスの裏ぐらいなので、地味に距離があります。靴でも10分ぐらいかかると思う。私が最短を知らないだけかも知れないけど)。だいぶ手前で下ろされたけど(当然のように大混雑で)。
足袋に草履で水たまりの道を歩くの大変でした……orz

式場は入学式と同じ記念会堂で。
母が入れたかどうか心配しましたが、ぎりぎりアリーナ席の階段に滑り込んでたらしいです。話を聞く限りでは、もはや同時中継先の教室が塞がってたのでアリーナにもうちょっと詰め込んだ段階だったぽいんですが。
式が始まるまでに暫くありましたが、オーケストラの演奏の後に、開始。……ここは箇条書きで行きます。

・白井総長の話は長かった。しかもあまり意味は取れなかった(後にサークルメンバーが「大体『進取の精神、学の独立』ぐらいしか言ってなかったと思うよ」と言っていた)。
・稲門会の会長(だったかな)の話は面白かった。話し慣れてる感じ。でもあまり授業には出ていなかったらしい(4年間で学んだのは『超人(ニーチェの)』のことだけだったとか言ってた)。
・某国の全権大使がなんか凄かったです。壇上で写真撮りまくりで、しかもわざわざ立ち上がって撮る相手の前まで回って撮ってました。物珍しいんでしょうか……。なんだか「閣下」とか「全権大使」というものに夢が持てなくなると言うか、ああどんなキャラ作っても間違いじゃないんだなーというか、そんな感じ。
・校歌(都の西北)は「右手を挙げて歌いましょう(※応援歌のごとく腕を振る)」、「早稲田の栄光」かなにか(正しい曲名を覚えていない)は「肩を組んで歌いましょう」ってなんか全体的に体育会系過ぎないか?(笑)

……大体そんなもんだったと思います。なんていうか、うん、ちょっと面白かった。
式のあとにしろくま(サークルメンバー)と会ったり。袴姿の話があったので(※)。
ここで初めて、そのあとに学部・専修ごとに卒業式をすることを知って大慌て。場所を調べてトイレ行ってから教室に入ったらぎりぎりでした。
(※ しろくまが4年生ながら追いコンもどきを企画する際、「せるしあすの袴姿が見れますってメーリス回したら人集まるかなあ」と掲示板に書き込んでいた。「式直後なら普通に見られるよ」と書き込んだら「へー、普通に着るんだ」と言われた。どんなキャラや私はー!)

因みに教室はたぶん、私が散々遅刻した月曜日の授業の教室(笑)。
うちの専修は初っぱなから缶ビール開けてました。乾杯式というのはどこもがやるらしいんですが、それは普通卒業式をやったあとらしいんですが、……ぬるくなるからか?w
小さな専修なので机をいくつかくっつけて周りを囲むように座って、ビール開けて談笑したり卒業証書をもらったり、一人一言スピーチをさせられたり(……すごくしどろもどろなことを喋った覚えがあるorz)
先生の話も長いのと短いのと面白いのと冗長なのといろいろでした。個性が出るよね。
最後に集合写真も撮りました。あ、卒業証書授与も写真撮ったんですけど私は頭を上げるのが早かったかも知れません(汗)。
卒論も返ってきてしまいました。怖いよう(まだ見てない)(な、何が書いてあるんだろう ←自分のじゃなく、教授がメモ書きのようにいろいろ突っ込みを入れてる部分ね)

昼食を取り損ねていたので、そのあとばたばたとご飯食べました。母も私も汚したくない服を着ているので、見た目は気にせずタオルぶら下げて(笑)、蕎麦食べてました。いや、三朝庵もう一度行きたかったんだよ、卒業前に(ぎりぎり卒業後ですが)。
雑用して、リーガロイヤルに戻って袴を脱いで、ホテルに戻って荷物置いて、ざっと聞いた独文の謝恩会の場所を探して行ってきました(サークルで行ったことある場所だったので割と見つけやすかった)。
なんか女の子は私一人でした(笑・女の「先生」は一人いた)。ていうか、学生自体が(院の卒業生まで含めて)4人かそこら……で、残り8人ぐらいが先生(えーと、人数はちゃんと覚えなかったので適当です)。先生の方が多く金を払う謝恩会ってどうなんだろうか。そんなもんか、うちの専修じゃ(根本的に人数が少ないので)。がっつり食べて飲みました(今更遠慮も慎みもないと思った。いつもそうだったし)。
まあ、悪くなかったです。
もうあのメンバーで会うこともないんだろうなーと思うと(結束弱いからな、専修で集まるとかもう絶対ないと思う)、ちょっと寂しさを感じないでもないです。何だかんだ言って飲み会でよく見た顔もあったし。ていうか学部生で来てたのは常連ばっかだが。
何故かドイツ人の先生(シャイフェレ。最初の卒論主査)に、アントニオ・ガデス振り付けの「血の婚礼」について熱烈に語られた(そして松永先生に通訳してもらった。身振り手振りがあるので漠然と理解はできるんだけども、芸術的な表現になると流石に……)のも、まぁいい思い出です……なんでそこであなたが食いついてくるんだぁ(苦笑)。

そのあとで(ぶっちゃけだいぶ飲んだ後でした)、サークルの方の追いコン(?)に参加。なんでクエスチョンマークが付くかっていうと、企画したのが4年生であるしろくまだからです。幹事長(当時3年生)としろくま(卒業生)と、何故かカッシーさん(その前の9月の卒業生)がいました。……なんでやねーん(素突っ込み)。
飲んだりしろくまを潰したり食べたり他愛もない話をしたりしてました。最終的にはたぶん前年度卒業生であるりんなさんまで来てた。な、なんでやねーん(二回目)。
最後の頃は魚氏(元「みじんこ」氏、少し食物連鎖の階段を上がったらしい)も来てました。入学は一緒だったけどな。がんばってください。ほどほどに。
我々の代の幹事長と会えなかったのは無念でしたが。なんか日曜は安息日だかららしいです。近頃宗教に漬かっているらしいので。

で、部屋に帰れたのが日付変更前。母親と大体同着(母親は母親で、ホテルに一旦戻った後、大学時代の友人と食事に出かけていたのです)。
まあ、お互い飲んだり食べたり歩いたりした後だったので、お風呂入って寝ました。




3/26
高田馬場駅地下で朝ご飯。ベーグル以外の店も一度は入ってみたかったので満足(笑)。
午後から母はレッスンがあるので、ほぼストレートに電車で帰宅、ただしちょうどいい時間の湘南新宿ラインがあったので鈍行で。戻る途中、菜の花が大変綺麗でした。




まあそんな感じの卒業ツアーでした。
袴は強制的に姿勢がよくなる(帯の結び目が椅子の背に引っかかるらしく、背中がまーっすぐに伸びる)ので腰に悪いです!(それは姿勢がいいんだろうか)



いろいろネタになりそうなことが拾えてよかった(えー)。


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水門清哉(すくね)
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