北東崎鳳凰−記録帳
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| 2004年12月24日(金) |
物理理論の倉庫 でなくて 草稿 ★★ |
物理論文でも考えてみる・・・
世の起源に関する考察
この宇宙に生きて、この宇宙にまた帰って行くものとして 起源に関しての興味はほぼ必然であろう。
諸理論がこの問題に関して考察しているが 私はまず何も無い所から、何が自然な必然性を帯びるものかを 考察して見ることにした。
・何も制約の無い世 まず、何も与えられてないものを考察してみる。 しかし、何も無いから、何も出て来ず、 そのまま永久不変のままである。
すなわち、何か制約を与えないと 世は存在できない模様である。
・何かの制約を課した世 どの様なの制約を与えるか、それによって 大きく世界は変化し得る。 どのような制約が考えられるだろうか。
統一した力が現れるための制約だろうか。 この世に宇宙や人間が存在するための 制約だろうか。
しかし、どんな制約を課せば良いのか 甚だ想像も難しい。
何か最小限かつ分かり易く、それで 自然に沿った方法で制約を課す事はできないだろうか。
光速度不変や不確定性原理が出てくるような 制約はやや想像もできない。 ここは素直に、私が至らぬ事を認めるばかりである。 あるいは、相対論や量子論は、簡潔な制約からすれば 遥かに複雑で制約も多いものとも見る事が出来る。
不可能が可能より多い と言う具合に、考察してみる。 例えて言えば、不可能濃度が無理数程度、可能濃度が 有理数程度 であろう。 これは私の直感で、こうすれば数学でも扱えそうだと思うのだが 正しいかどうかはまだ良く分からない。
不可能で有る事象、不可能事象が 可能事象よりも多いと言う事になる。 やりたいことがあっても、出来ない事の方が多いと言う事である。
そして、具体的な不可能事象として挙げられるのは、 自分自身を完全に消すような事象で有る。 今ここに宇宙 そして 人間が有るからには 完全に消された自然は不可能で有るし、 完全に消された状態では 必要最低限の制約まで 消える事になってしまい、それは不可能と言う事になる。
必要最低限の制約まで消えれば、それ以降は永久不変の 世界になり、何も出てこなくなる。 言わば、裸の0と言えよう。 不可能>可能 不可能定理 この世界では、裸の0は不可能事象になるので存在できない。 それと同様に、裸の∞も存在できない。
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