ただいまマイクのテスト中。

2003年11月18日(火) ★「ロマンスエックス」試作


 三蔵が街でちょっとした立ち回りを演じていたその頃、観世音菩薩の屋敷では、珍しい人物の来訪を迎えていた。

「それにしても意外でした」

 ボーンチャイナの逸品を手に、深々と男は長いためいきをついた。

「あなたという方は、こういったことには興味がないものとばかり思っていたんですが」

 うかつでしたと言葉を結んだのは、黒縁メガネによれよれの白衣を着た、一見研究者風の男だった。
 お世辞にも身だしなみに気をつけているとは言いがたい、そのくせちょっと他ではお目にかかれないような端正な顔をしている。
 天界西方軍、天蓬元帥。
 天帝の片腕とも懐刀とも呼ばれる男の、それが正式な肩書きだった。

「まさか正妃候補を擁立して、あなた自ら後見の名乗りを上げられるとは思いもよりませんでしたよ。それも人間の、よりにもよって三蔵法師とはね」

 またずいぶんと思い切った人選ですね、と天蓬は半ば本気で感心していた。
 人選にではない。いつのまにかこの話をまとめ上げていた、その手際のよさにだ。
 過去、身分ある者が、気に入った人間を側近くに置いた例がないわけではない。だが、どれも権力者の気まぐれとして見て見ぬふりができる範囲内だった。どんなに寵愛が深くてもそれは一時のことで、容色が衰えれば、てのひらを返したように打ち捨てる。人間には寿命があり、天界人にとってはそれだけで不浄なのだ。
 それを堂々と、正妃候補に推すなんて前代未聞もいいとこだった。
 最初にこの話が持ち上がったとき、天蓬は一笑に付した。そんな無茶が通るわけないとたかをくくって、何の手も打たなかったのが間違いの元だった。気づいたときには、すでに話は自分の手の及ばない、はるか雲の上まで行ってしまった後で、こうしている今も着々と話は進められているという有様だった。
 だが、それにしても。
 いくら天界の実力者、観世音菩薩の肝煎りとはいえ、こんな無茶な話がそうやすやすと受け容れられるとは思えない。上級神というものは総じて頭が固いのだ。
 この件については、まだ何か裏があると天蓬はひそかに考えていた。

「聞きましたよ。すごい麗人だそうじゃないですか」
「あいかわらず耳が早いな。なんなら見てくか?」

 あわてる二郎神を尻目に、そのために来たんだろ?と観世音菩薩はニヤニヤ笑いのまま言った。

「今は散歩に出かけて留守だが、じき戻る。メシでも食ってけ」
「残念ですが、このあと人と会う約束がありますので」

 またの機会にしておきます、とカップを置いて、天蓬は立ち上がった。
 上級神の誘いを断っておいて悪びれもせず、またそのことを気にした様子もない両者の関係も、ある意味謎だ。
 昔と変わらない、やや猫背気味の背中に、菩薩がからかうように言葉を投げた。

「敵が多いと、いろいろやることがあって大変だな、天蓬」
「好きでやってることですから」

 にっこりと花のような笑みを残して、男は部屋を後にした。



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早く二人を出会わせたいと思いつつ、空回りだよ人生は(笑)


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