自作自受
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2004年03月19日(金) 連続(166)

「帰ろう」
誰かがそう言って
みんないっせいに歩き始めた


少しじめじめした鬱になれる場所だった
決して居心地が良かったわけじゃないけど
外よりずっとマシだった

雨も降らないし
風も吹かないし
なにしろ誰も騒がないし
安心できる場所だった

みんな少し遠慮がちで
みんな少し伏せ目がちで
目を合わせては薄ら笑いを浮かべてた
みんな心も身体もカビだらけだった

「帰ろう」
最初に誰かがそう言った時
誰も何も言わなかった
いつもと同じ澱んだ空気が少し揺れただけだった

「帰る?」
ずいぶん経った後
他の誰かが確認するようにそう言った
その時は少しだけ空気が震えた
でもやっぱり誰も何も言わなかった

誰かが立ち上がった
でも立ち上がっただけ
みんなちょこっとだけ見てまた下を向いた

また座った

また立ち上がった

また座ろうとしてやめて
下を見て
上を見て
周りを見て
やっと彼はこう言った
「帰ろうよ」

「そんなに帰りたければ一人で行けよ」
誰かが迷惑そうに呟いた

そんなことできるわけがない
僕らはそんなに強くはできてないんだ
だからこんな場所にいるんだよ
身体中カビだらけで

立ち上がった彼はそれから一言も喋らないで
ずっと下を見たまんまだった

結局僕らは帰ることなんかできやしない

その時また別の誰かが立ち上がった
みんないっせいに彼を見たけどすぐ目を逸らした
彼もやっぱり立ち上がっただけで
下を向いたまんま固まっているだけだった

僕は最初に立ち上がった彼を見ていた
彼のこぶしはきつく握られているように見えた

ふと気がつくと
驚くことに
いつの間にか数十人が立ち上がっていた
みんな音もなく静かに突っ立っていた

なにこれ?
僕は少し動揺した
みんな何がしたいのか分からなかった
だけど
だけど僕は
彼らに何かを期待していた
その時!
突然僕の隣に座っていた男が立ち上がった
僕は思わず関係ない振りをしようとして身を屈めた
だけど誰も僕を見ていなかった

僕はそっと立ち上がった彼を見てみた
彼はやっぱり下を向いていたからばっちり僕と目が合ったんだ
僕ら二人はお互いに気まずい顔して目を逸らした

可笑しかった
僕は膝を抱えたまま下を向いて一人でクスクス笑った
可笑しな奴等だ

顔を上げた瞬間僕はまた驚いた
もう誰も座っていなかったんだ
全員が立ち上がり僕を見ていた

僕驚いたよ
思わず下を向いた
何処にも隠れる場所なんかないのに必死に隠れているつもりだった
もう一度上を見ると
やっぱりみんな僕を見ていた

隣の男が呟いた
「帰ろう」

僕は一つ大きな溜息をついて
身体中に染み付いたカビを払いながら
ゆっくりと立ち上がった


「帰ろう」
誰かがそう言って
みんないっせいに歩き始めた


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