| 2006年07月05日(水) |
復活!(<馬鹿だ馬鹿だ!!:自嘲) |
悲劇のヒロインごっこはやめます。(苦笑)
よそへの書き込みはもうしないけれど、ここは自分のサイトだし、私の性分を知っている人が来ると、勝手に判断することにした。(すみません) 先日の言葉は、いっそ削除しようかとも思いましたが、自分への戒めとして残しておきます。
去年あたりと比べても、自分はずいぶん変わって、長い時間落ち込まなくなりました。 成長したのか、愚鈍になったのかは他人の判断に任せるけれど。 もう、取り返しのつかないことに対して、いつまでも悩まなくなってしまった。 いや、悩むんだけど(苦笑)。 「悩んでいても解決しない」ということがわかった感じです。 動くしかない。 動くには前向きにやるしかなくて。 傷つけた相手に対しても、本気で申し訳ないと思うけれど、私がどんなに謝罪をしても、相手が受け入れてくれなければ解決はしないのだし。 声をかければかけるほど、悪循環になることもあるのだと、今回のことで確信もした。 自分の意思表示能力の不足がありますから… 。
編み物をやっていると、時々糸が絡んで非道いことになったりするけれど、それをほどくには強く引っ張るのではなくて、ほぐすことから始めないと、糸を切るしかなくなります。 自分はずいぶんと落ちこみ性質で、そうやって絡んだ糸を引っ張るばかりだったけれど、解決するには意識をほぐすことから始めればいい。 意識を外に向ければいい、とわかった。 気分転換の価値が、自分の中でとても高くなった。 それに、悩みの原因をほぐしていけば、解決できるものかそうでないかもわかるし、わかれば対応もできる。
今でも、時折、どうしようもなく「助けて、助けて」と頭が繰り返し救いを切望して泣くこともあるけれど。 「死ねばいいのに」と自分が自分に言い続けることもあるけど。 そうやって泣けば幾分「泣いても良い」という救いになっているし、自分に「死」を求める声には「そうね」「いつかね」「寿命がくればほっといても死ぬよ」とか言って、かわせるようにもなったし。 そんな風にマイナス感情に集中しないでいられるようになったから。
成長ではなく、停滞かもしれない。 でも。 私の人生は私だけのもので、一回きりだと思えば、悩んでいる時間でいろんなことができると気づいた。 自分の能力と、対応しなければいけない問題を見極めて、自分の能力では「今は対処できない」と思えば、後回しにすることもできるようになった。
少なくとも、後退ではない。
他人に理解はされないものでも、心に支えがあるということは、こんなにも自分に自信が持てると言うことなのだなぁ、と思っているところです。
ついでに。 「悩んでいる人は『悩みたい人』」 という言葉は、ほんとうです。 放っておくのが実は正しい応対なのですよ。(苦笑)
|