私は、過去を足場に未来へ生きています。
戦争は嫌です。 親や、知人が戦争で死ぬことを望みはしません。 そして、今は独り身だけれど、結婚し、子供を産んで育てたとき。 愛する子供を戦地へ送り出すようなことを、したくはありません。
でも、60数年前の人たちは、それをしなければいけない時代にいました。 天皇が神だとされていた時代。 天皇のために戦った人もいたでしょう。 国家の未来のために戦った人もいたでしょう。 そのどちらでもなく、愛する家族、友、恋人のために戦った人もいたでしょう。 もちろん、戦いたくなんか無いと言いながら、連行されるように戦地へ行った人もいたはずです。 その全ての人たちが、命をかけて戦った、その結果を足場にして、今の私は立っています。 戦地へ行った人の意志が「侵略」だったのか、「自衛」だったのか。 それを今の私は判断しかねています。 だから、その意志を引き継ごうとは、今の時点では思えません。 ただ、戦地へ行った人を「送り出した人」の意志は、少し、分かるような気がします。
私は愛する人を戦地へ送り出すようなことはしたくありません。 貴方はどうですか?
私は私の足場が、どのような物で出来ているのか知らなければなりません。 そして、愛する人を戦争に巻き込みそうな政治家を選ばないために、選挙へ行きます。
今の日本は、戦争で亡くなった方々に、どのように映っているのでしょうか。 かけた命に見合っているでしょうか。
勉強しなければいけないことが、山のようです。 でもこれは、未来にとても必要な事柄だと そんな風に思う60年目の終戦記念日でした。
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