あたしの日記
Век живи, век учись.

毎日が闘い。生きてる限り、勉強。
そんなロシアのことわざ。

イクにイケない、あたしにぴったり(笑)

こんなことをしてみました。

2004年04月19日(月) 一匹狼

去年の夏の甲子園に出たものだから高校の同窓会をまたやるという
去年もやったのにと思ったら
どうも流派が3つあるそうだ

生徒会派とクラブ派と非主流派
あたしは一匹狼だったらしくどこからも呼ばれるらしい

一匹狼になりたくてなったわけじゃないんだけどな
その頃うちは貧乏だったんだよねー
修学旅行に行く積立はしてたけど現地で使うお小遣いはなかった
自由行動の日に太秦映画村の中に入るお金がなかった
お土産は和紙でできたしおり(今でも持っている)

ていうわけでお金がないから一緒にツルめなかったんだよ
アルバイトもしてたけどさ週に2日家庭教師
高校生だったけど教えてたよ@小学生に

そのときフルート習っててやめたくなかった
自分のお金で習ってたからバイトで稼ぐしかなかった
週1回のフルートの日は月に2回や3回になるときもあったけど
交通費を稼ぐために詩を書いた
生徒会にある印刷機で印刷して1部10円で売った
原宿に売りに行ったこともある
どうでもいいイラストもつけたら結構売れたんだよね(笑)

アサヒカメラだかなんだかいう雑誌に出たもある
原宿で売ってたら写真撮られていろいろ聞かれた
それなりに一生懸命だったんだよね
なんでフルート習ったのかよくわかんないんだけど(爆)
その頃は多感な時期で自分の将来を悩んでたのかも
高校の屋上のところの階段にあったオンボロピアノで独学で
1年間ピアノを練習したこともあった
音大に行きたいと思った

結局音大に行くにはお金がなかったので諦めて
八王子大学に入ったんだけど入学金から受験料まで全部自分で準備した
それが父との約束だったから

父親は昔の人で女に学問は要らないと
母親も後で聞いたら働いて欲しかったみたいだった
迷惑を決してかけないから大学に行かせてくれとお願いした

そんなわけで同級生たちと遊んでいるひまはなかったの
それを知られるのがいやだったから自分から殻を作ったんだなー
同情されたくなかったしさ同情されても一銭も金にならんもん

高校時代はバイトと勉強にまみれた3年間だったような気がする
ちなみに大学に入って奨学金貰ったけどそれも右から左に親に
返済はあたくし
貧乏暮らしで母親はずっこけて
貧乏じゃなくなると買物に走る
中学生の頃から洋服だけはパルコや西武や伊勢丹で買ってたもんね

父親の仕事は自営だったから儲かるときはじゃんじゃん儲かるけど
収入がなくなると一銭も入らない
仕事の片にテレビや洗濯機をかついできたこともあったっけ

そんな学生時代を送ると
いつもいつも節約するのが当然なあたしになるわけで
妹も当然そうなっている
弟は今香港にいてるからちょっと違うかな

高校時代はそんなわけでちょっと斜めな生活をしてたように思う
斜に構えてって感じだったかな
仲のいい子はそんなにいなかった
一人だけいた
イッコマンって女の子

でもイッコマンは(いとうあつこだったのでイッコそれになぜかマンがついた)
早々に推薦入学を決めたので受験勉強があるあたしはそれからはゆっくり
話す時間がなかったのよね

てなわけで言われるまでもなくあたしは一匹狼だったようだ
今考えると笑うよね
詩集作って売って1000円稼いで、電車賃にしてたなんてなー
そこまでするならフルート習わなきゃよかったのにと
今になったらそう思う(爆)(爆)


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