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2003年01月06日(月) HEAVEN

光を瞼に感じて、タケルは少し身じろぎすると、ゆっくりと目を開いた。
カーテンを閉め忘れた窓から、朝の陽の光が室内へと差し込んでいる。
その眩しさに、ちょっと手でそれを遮るようにしながら、ふと、隣で静かな寝息をたてている存在に気づくと、ぎょっとしたように身を起こしかけた。
が、自分の身体に巻き付くように絡まっているその手足に、それも叶わず、またぱたりと無惨にも枕に突っ伏す。
仕方なく、そのまま顔だけ上げて、盗み見るようにしてちらりとその寝顔を見た。

お兄ちゃん・・・だよね?
どう見ても。

わ・・・。
ヤバイ。
顔が熱くなってきた。
胸も、ばくばくしてるよ。
どうしよう・・・。

顔の熱と、早い心臓の音に翻弄されつつも考える。

ところで、何でこんなことになってるんだろう?
なんで、一緒に寝てるんだろう。
しかも、お兄ちゃんのベッドで、お兄ちゃんのパジャマを着ているのはどういうワケ?


ゆうべは確か、大晦日だった。
ってことは。
そうか、朝が来て、新しい年になったんだ。
つまり、今日は元旦で・・。
年の終わりが慌ただしかったから、あまりにそれを実感せずにいた。
(現実的には有り得ない話だけど、僕らはこの年のクリスマス、インペリアルドラモンに乗って世界中を飛び回っていたのだ。だから何がなんだかわからないうちに年の瀬になっていた)

あ、そうか。

わかった。
これは夢なんだ。
ってことは、初夢かな。
なんてリアルな・・・。
でも、初夢だったら、もしかしたら本当になるのかも?
いや、初夢が正夢になるってことはないのか。
何、言ってるんだ、僕は。
とにかく落ち着こう。
夢なんだから、焦ることはない。

思いつつ、首を伸ばして眠っている兄の顔を、起こさないようにそっと盗み見る。
少し寝乱れた前髪がぱさぱさと額にかかり、閉じられた長いめの睫の先で光がはじけている。
髪の色や瞳の色はそっくり同じなのに、どうして兄の顔は、自分よりもずっと男っぽい作りになっているのだろう。
3つの年の差があるから仕方ないと兄は言うけど、自分が兄くらいになっても自分はさほど男らしくはならない気がする。
だからこそ、憧れるといえばそうなんだけど。

「お兄ちゃん・・・」
すぐそばで、無防備に眠っている兄の顔を見て、嬉しそうに枕の上に手を置いて、その上に顎をのっけて小さく囁く。
夢ならば、どうかまだ覚めないで。
今少しだけ、このヒトを僕に独り占めさせておいて。

夢がさめたらきっと、あの人のところに戻ってしまうだろう、このヒトを。
今だけでいいから。


クリスマスコンサートの前日に、あのヒトがお兄ちゃんを好きだと知った。
知ったと同時に、それはもう遅くて、自分の気持ちを自覚した時にはかなり遅くて。
僕は兄のコンサート(正式にはアマチュアバンドコンテスト・・っていうんだっけ?)には行かず、トモダチ(たぶんトモダチ・・なんだろう)の
家のクリスマスパーティの招待を快諾した。
後で後悔したけれど、どうしようもないことだとあきらめるしかなかったから。
僕に何が出来ると言うわけでもない。
お兄ちゃんに、あのヒトと付き合わないで、などと言えるはずも到底ない。
労せずして。
あのヒトは、兄のコイビトになってしまった。
・・・・・いや。
後で、首尾良く行った?とか、愚か者の僕は兄に茶化して。
「まだ、コイビトとかそんな風じゃない」と、不機嫌に睨みつけるような目で、きっぱりと否定された。
だったら、いったい、どうして・・?と、なぜだか食い下がって。

オレは、他に好きなヤツがいるんだよ・・・! 
あきらめようと思ったけど、どうしようもなくて。
けど、あきらめるより他はなくて。
それは、空にもちゃんとそう言った― 
おまえには、関係ないだろ・・!
怒鳴りつけるように、そう言われた。

「おまえには関係ない」と、そう言われたことが哀しくてつらくて。
いつもの『曖昧な笑顔』のポーカーフェイスを保てきれずに、目を見開いたまま。
情けなくも、僕は泣いてしまった。
そんな風に兄に怒鳴られたこともなかったし、
そんな風に、他人のように言われる筋合いなんかないと思った。
それで・・・。
それで、どうなったんだっけ?
いや、でも。
なんだか、思い出さない方がいい気がしてきた。
なんだか、とんでもないコトを口走ってしまった気がする。
あの時、ついイキオイで。

その結果、こうなっているとは考えずに、
いや夢だ、これもあれもそれも夢だと勝手に決めつけて、とにかくタケルはそれで自分を納得させようとしていた。
夢だと思えば、どれもこれも、つじつまが合う。(そうか?)
それに、これもどうせ夢なんだから、もう色々考えない。
今、せっかく目の前に、想い焦がれて一生片想いをするはずだったヒトが眠っている。
いいじゃないか。もうそれだけで。
半分ヤケくそにそう思った瞬間、タケルは何とも切なくなった。

「お兄ちゃん・・・」

「僕は、お兄ちゃんが、好きなんだ・・・」

小さく、消え入りそうに告白してみる。
呟くだけで、胸が痛い。
けど・・・。
こんなふうに、同じことを言った気がする。
それも至極最近。
泣きながら、誰かに。
いや、まさかそんなこと言うはずがないか、この僕が。
本音をひた隠しにして、オブラートで包み込んで、さらには呑み込んでしまっているこの僕が。
気のせいだ。
そんな恥ずかしいこと言えるわけもないし、言ってはいけないことだとずっとちゃんと知っていた。

「言っちゃ、いけないんだよね。僕は・・・」

小さく、ため息のように小さく呟いて微笑むと、誰も見ていないことを確認するかのように部屋の中をきょろきょろと見て、それから兄の額にそっと唇を寄せた。
ふれるかふれないかのところで唇を離したはずなのに、ヤマトがその微かな気配にゆっくりと目を開ける。
色素の薄い自分とは、明らかに違う深く蒼い色の瞳。
それが、室内に満ちている光にちょっと眩しげに細められ、しばし、呆然と横上から自分を見下ろして戸惑うような顔をしている弟を見つめた。
手をかざして、ひどく眩しげに。
その手がいきなり、ばっと伸びてきて、唐突にタケルの腕を掴んで引き寄せた。
「な、な、何、お兄ちゃん・・!」
「タケル・・?」
胸の上にのっかる形になって、タケルが面食らったように真っ赤になる。
「あ、あの!」
しどろもどろに焦っている弟に、やっと今目がさめたという顔をして、ヤマトが笑んだ。
「あの、じゃねえだろ?」
「え・・・っ?」
「おはよう・・・。じゃねえか。おめでとう、だな」
「え? あ、ありがとう・・・?」
「・・・は?」
新年早々ナイスなボケで返してくれる弟に、ヤマトが一瞬目を丸くし、それから思い切り吹き出した。
「ありがとうは、ねえだろー! あけましておめでとう、って言ったんだよ!」
「え・・・・・あ・・・・」
笑い転げる兄に、なおも真っ赤になってタケルが、もぞもぞと布団に潜っていき恥ずかしそうに顔半分を隠す。
そのしぐさが可愛いくて、イジメる気はないのに、ついからかいたくなってしまう。
まあ、さすがに元旦早々泣かす気はないから、手加減はするけれど。
「や、いいぜ。俺はおまえのそういう、ちょっと天然入ったとこも好きだし。可愛いから、許してやるよ」
「・・別に、許してほしいなんて言ってない・・」
ふてくされた物言いに、まだくっくっと笑っている兄がゆっくりと上体を起こした。
「うわ」
「うわって何だよ」
「お兄ちゃん、どうして上、ハダカなの?!」
「おまえが俺のパジャマの上着てるからじゃん」
「へ?」
「下は俺が履いてるから、おまえ履いてないだろ? だいたい、いきなり泊まる泊まるっていうから、何も用意してねえし。
おまえ、本当によかったのか? 母さんに断りもなく、大晦日に外泊して」
「・・・・・・・・・・・・・・え゛?」

そういえば。
思い出さない方がよかったことを、だんだんと思い出してきた。
夜中に初詣に行こうと兄に誘われて、それで嬉しくて舞い上がって、神社の境内で振る舞われた甘酒をつい、がぶがぶと飲み過ぎて。
なんだかとんでもないことをくっちゃべって、とんでもなく兄に絡んだような気がする。
僕はお兄ちゃんが、ずっと好きだったのに、それなのに、どうして関係ないとか言うの?! どうして僕の言うこと、本気にしてくれないの?!お兄ちゃんには、僕の気持ちなんてわかんないんだ! もういい、今夜は帰らないから! お兄ちゃんと一緒に寝るんだから!
・・・・・とかなんとか・・・・。

いや。
悪い夢だ。
そんな、まさか。
きっと夢だよ。うん。
大丈夫、大丈夫。
けど、これが夢だとしても、結構サイテーかも。

サーッと血の気が引いていく頭の中で、とにもかくにも夢だ夢だと自分に言い聞かす。

それを打ち破るようにヤマトは笑むと、いきなりタケルの顎を掴むと、その唇にチュッと音をたててキスをした。
「お! おにおにおに・・・!」
「オニはひでーな。いーじゃん。もう俺たち、両思いなんだしさ。ゆうべ、おまえから迫ってきて、何回もした後だし、別に今さらびっくりするよ
うなこともねえだろ?」
僕からキスした? せまった???
なななな何回も、したの!?
オニ、いや、そうじゃなくて、キスを・・・???

ゆ、夢だ!
まぎれもなくこれは夢だって!!
ほら、ほっぺたつねったって痛くないし!(ショックで)
誰が何と言っても、お願いだから、かならず、絶対、夢と言うオチで何とかよろしく・・!

「タケル・・」
混乱している頭でそう呪文のように唱えている隙をついて、ヤマトがそっと弟の名を呼ぶ。
「俺も、おまえのことがずっと好きだったから・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・え? ・・・・・・・今・・・・何・・・・・・?

「嬉しかった・・本当に」
言って、両の腕の中に、タケルの細い身体を抱きしめる。
裸の胸に顔を埋める形になって、タケルはどきっと全身を硬直させた。
汗が吹き出る。
「好きだったよ。ずっと・・」
「お、おにいちゃん・・・!?」
胸が苦しい。
苦しくて、息が出来ない。
でも。
ここだけは。
今だけは。
夢じゃないと、いいのにな・・。
なんて、ちょっとゲンキンすぎるか。


タケルの項からやわらかい金の髪に両手を差し入れて、愛おしげにヤマトが小さな顔を包み込み、上向かせる。
からかわれてばかりで、さすがに疲れたというような顔が、また可愛い。
それを見下ろして、ヤマトが少し照れくさそうに言った。
「さっき目が覚めた時な。光の中におまえがいて、回りがなんか真っ白にぼんやりして見えたから・・。一瞬、天国に来たのかと思って、正直慌てた・・。俺、いつの間に死んだのかなあって」
自分で言って、気恥ずかしくなって自分で笑う。
「それで、これは現実じゃなくて夢の中かとそう思ったけど。よかった。ユメじゃねえよな・・・?」
「・・夢じゃ、ないの・・?」
「・・・だろ?」
そう?
そうなんだ・・・。
夢、じゃない。
じゃあ、酔っぱらって「お兄ちゃんを好き」だと勇敢にも告白し、自分からお兄ちゃんにキスし、一緒に寝ろと迫って、結局1つベッドに寝ていたというのも(でも、一緒に寝てて何もされてないというのもちょっと怪しい)。
全部・・・現実?
「ああ、俺の天使は、ちゃんとこうして俺の腕の中にいるもんな!」
「・・・・は・・・?」
誰、ソレ?
誰のこと、言ってるの?
いや、やっぱ夢だ。
お兄ちゃんのキャラが違うもん。
そんなこと、恥ずかしげも無く言うわけがないって。
あの照れ屋のお兄ちゃんが。
騙されないぞー。

寝よう。
もっかい寝て、ちゃんとしっかり起きよう。
そうしよう。

「あれ? おまえ、また寝るのか?」
ごぞごそと布団に潜っていくタケルに、ヤマトが呆れたという顔をする。
「うん」
「どれだけ寝たら、気がすむんだよ。もう昼に・・・! あ、ヤバ・・・!」
「えっ?」
「みんなで、昼過ぎに集合して、初詣に行く約束してたよな?」
「あ! 本当だ! うわ、お兄ちゃん! 待ち合わせまでもう後20分しかない!!」
「うわー! 急げタケル! 太一のヤツ、こういう時の時間はやたらとうるせえからなー」
「そういや大輔くんも! 遊びに行く時は絶対、遅れると後でブツブツしつこく言うんだよね!」
「とにかく、歯ブラシだ。ほら、新しいの!」
「わ、ありがと! っと、着替え着替え! 僕、ゆうべのそのまま着るしかないか! お兄ちゃんのは?」
「あ、乾燥機の中!」
「なんで、乾燥機? え、これでいいの!? くしゃくしゃだよ・・!」
「何でもいーさ。土台がいいからな!」
「そういう問題じゃないでしょ。身だしなみのハナシだよお」
「おまえだって、ゆうべのまんまじゃん」
「だって、これしかないんだもん!」
「歯、磨きながらしゃべると、服汚すぞ」
「だって、時間が・・! お兄ちゃん、しゃべるし」
「よーし、完了! あと14分!」
「お兄ちゃん! 髪の毛、といてないよ!」
「あ、そっか」
「すごい寝グセ!」
「うっせーな。おまえこそ、ボサボサだぞー。ヒカリちゃんに嫌われるぞ」
「そっちこそ、空さんに・・・!」
「・・・・・!」
「あ・・・・」

玄関で、スニーカーに足を入れてジャンパーを羽織って、いざ、鍵を開けようとしたところで。

夢から覚める、キーワードを言ってしまった・・・。バカな僕。


どくん・・。
と、心臓が鳴る。
夢、が終わる。
目がさめちゃう・・。

ああ、いい夢だったのに・・・・・。
もっと、浸っていたかったのに。
目覚めたくなんか、ないのに。

嫌だ、そんなの嫌だ!
夢だなんて、嫌だ!
これが夢だなんて、そんなの、嫌だ――!!



「バーカ」


「・・・・え?」
「夢じゃねえって、そう言ったろ?」
「・・お兄ちゃん・・?」

扉の前で、ぎゅっと目をつぶって目が覚めないようにと踏ん張るタケルに、ヤマトがやさしく笑んで言った。

現実だろ? ほら。
言葉と同時に顎が掬われ、確かな感触で、唇が触れ合う。

「タケルが好きだ」

唇を離すなりそう言うと、ヤマトは勢いよく玄関の扉を開いた。
光が、ばっと差し込んでくる。
「行くぞ、タケル!」
「あ、待ってよ、お兄ちゃん・・!」
追いかける手を、ヤマトが自分の手の中にひっぱって指を絡めた。
指をからめ合ったまま、じゃれあうようにマンションの階段を駆け下りる。
時が流れ出した。
夢ではなく、現実の。
「本当に、夢じゃなかったんだぁ・・・」
呟いて、繋いでいない方の手で、ほっぺたをつねってみる。思い切り。
痛い・・!
よかった、痛いのがよかったなんて、変だけど、痛くてよかった・・!
 
やったあ、夢じゃない。

「いつまでも、寝呆けてるなよ」
からかうようにヤマトが言い、タケルがそれにはっと驚いたように目を向けて、それから大好きな兄の顔を見上げ、にっこりとはじけるような笑みを浮かべた。



END




あれあれ?
なんでお正月SSがコッチにもアップしてるの?と思われた方、いらっしゃったらゴメンなさい。
いや、ここの更新が全然できてなかったもんで、たまには何か書いておかないと、日記きられちゃうかなーと思って(笑)
苦し紛れにコチラにもアップ・・。失礼いたしました。
また、ちゃんと書きにきますv


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