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2002年01月09日(水) もしも明日が・・・。

新年あけてのお正月は、何年かぶりに家族揃って島根ですごすことになった。
家族揃ってというのも何だか、両家の事情を考えると意味合いとしては少し不自然な感じもあるのだが・・。
しかも、タケルには何年か前のお正月に家族でここにいた記憶がないから、この大変な事態(?)は初めてに等しい。
ともかく、それは新年明けての4日に父が東京から合流する形で実現し、妙な緊張感とともに一家団欒の一日が始まった。


滅多にあることじゃない4人の“水いらず”に、上手に水をさしてくれたのは”おばあちゃん”だった。
高石家とは離婚後も、石田家に送るのと同じように、畑で取れた野菜や地方の名物を宅急便にのせて送り、押しつけがましくない程度の世話を続けていた。
その素朴であたたかで、何一つの不自然さもない思いやりに、母はいつも素直に感謝していたし、時折、礼を言う電話口で涙していたことさえあった。

「百人一首」でもするかと父が言い、ひとしきり遊んだ後は、堀こたつに入ってみかんを食べながら、テレビのバラエティ番組などをやたらと見た。
雪が降っている間はとにかくおとなしくしているしかないのだから、退屈とはいえ、そんな時間もたまにはいいものだ。
そんなことを言い合いながらみかんをほおばる父と母が、なんだか少し年老いてしまったように見えて、タケルは不思議な気分でそれを見つめた。
そして「お兄ちゃんも食べる?」と兄に差し出したみかんに、ヤマトが「タケル、剥いて」と甘えるので、兄もなんだかいつもと違って、タケルは思わず笑ってしまった。
そして雪がやむと、タケルはヤマトを雪遊びに誘い出し、両親は近くの大人たちと一緒に雪かきという大仕事に精を出す。
見かけよりも信じられないくらい重い雪を相手に格闘し、家の前に道をつくる。
汗をびっしょりかきながら、それでも父と母はなんだかとても楽しそうだった。
雪のあとの空は青くて、空気はきらきらと澄んでいて。
街の中で暮らしていては、いくらお金を出しても得られないものばかりだから。
都会ではあまりにも、その時間の流れが早いから、心も体も、なんだか置き去りになってしまっているような気がしていたのかもしれない。
それに比べて、田舎の時間の流れはひどくゆっくりだ。一日が、3日くらいに感じられてしまうほど。


それでも一夜明ければ仕事に追われる父は東京に戻り、母は取材に鳥取へと旅立つ。
帰りは兄弟ふたりで6日までいて、のんびりと〈新学期ぎりぎりではあるが)新幹線の旅で家路につくことになっている。
4人揃っての最後の夜の(といっても、もともと1日だけの予定だったのだし)食卓に、手製のおせち料理とお雑煮を運んでくれ、今年は例年より早く積雪があったとか、ゆうべ近所のトメさんちに孫が生まれたとか、そんな他愛もない話に花が咲く。
母が、何1つの不自然さもなく、父に「お雑煮おかわりする?」と差し出した手が妙に嬉しくて、つい笑みを浮かべて隣にいる兄を見上げると、兄はどうやら長い正座に痺れたらしい自分の足を苦笑いを浮かべて見下ろした。
その「助けてくれ」と言わんばかりの表情に、思わずタケルがくすくす笑い出す。

・・・・幸福な食事風景。
   これはやっぱり夢かな? 
   もしかして初夢かな?

<あの>最後の戦いで、ベリアルヴァンデモンに見せられた夢が、ふっと心の中を過る。
あの夢から醒めた後の、胸の絞めつけられるような絶望感は・・・。
「タケル?」
にっこりと微笑む母と目が合って、はっとしたように現実に引き戻される。
現実に引き戻される。ということは、どうやらこれは夢の中ではないらしい。
箸を置いて「ごちそうさま」と両手を合わせると、たくさん食べてくれて嬉しいと祖母が笑顔で言ってくれる。
「本当だ。今日はたくさん食べられたね」と母が笑み、父が「えらかったな」と小さい子に言うように言った。
なんだか恥ずかしくなって、微笑みながら隣の部屋に行くと、兄の鞄の中で携帯が鳴っていた。
「お兄ちゃん、デンワ」
「おう」
答えて兄が痺れた足を引きずるようにしてやってくると、鞄の中から携帯電話を取りだし、耳に当てる。
「はい・・・ ああ、空? ああ、まだ島根。うん・・・・タケルも」
電話が空からだと知って、タケルはさりげなくその場をたつと、縁側の廊下に出て、ガラス越しにまた降り出した雪を見上げた。
「本格的な降りになってきたわねえ・・・」
食後のお茶を飲みながら、母が呟くように言った。


食事を終えて、ひといきついて、堀こたつに入ってみんなでぼんやりテレビなどを見ていたら、母が突然とんでもないことを言いだした。
いや、とんでもないというほどのことではないのだが、タケルは思わず自分が赤面してしまっていることに気づいたから。
「遅くなるから、あなたたち、いっしょにお風呂入ってくれば?」
同調するように、父も言う。
「ああ、ばあちゃんちの風呂は広いからな。たまにはいいだろ、兄弟で入るのも」
“でも”とタケルが反論しようとするより早く、ヤマトがあっさりとそれに答えた。
「そうだな。入るか? たまにはいいだろ、な?」


(たまに、じゃないくせに・・・・)
胸中でぶつぶつ呟きながら、とりあえず急いでぱっぱと体を洗って、慌てたように湯舟に浸る。
風呂桶が、広い浴室に、カポーンと音を響かせた。
別に恥ずかしいとかそういうわけじゃなく、とにかく急がないと、あっという間に冷気で体が冷えてしまうから。
田舎の風呂場は、母屋から別棟にあり、どこからともなく外気が入りこんでくるため、体を洗うのもそこそこにしておかないと、体がすぐに冷えきってしまうのだ。
あたたかい湯に身を浸すと、思わずほっとしたようにため息が漏れた。
先に入っていた兄がそれを見て笑う。
「だって、おばあちゃんのお風呂、寒いんだもん」
言い訳のように言うと、湯舟の縁に肘をかけていたヤマトが頷く。
「だよな。だいたい冬になんて、今まであまりきた事なかったから知らねえよな、おまえ・・」
「お兄ちゃんは、冬もきた事あった?」
「おまえもいっしょに来てたけど、覚えてないだろ。小さかったから」
「そう・・なんだ。4人で?」
「いや、3人で」
「・・・・・お父さん?」
「そう、仕事」
「じゃあ・・・。もしかして、4人で来るのって、初めて?」
「・・・かもな」
「そう・・・」
「それはそうと」
「え? 何?」
「もっと、こっち寄れば?」
広い浴槽の端と端に分かれて湯に入っている不自然な図に、ヤマトが苦笑して言う。
「だって」
言われて少し赤くなって、上目使いでヤマトを見る。
「変なコト、しない?」
あまりな言われように、少し憮然とした顔になってヤマトが答える。
「しねえよ」
いくら両親が留守がちなのをいいことに、自宅ではしょっちゅう弟と一緒に風呂に入り、そのうえのぼせ上がるまで色々なことをしているからといって、両親と祖母のいるこの家の風呂で何が出来るというわけでもないだろう。
少し、そっけない口調で答えたためか、兄を怒らしたくはないタケルが、少し頬を染めておずおずと傍に寄ってくる。
そんなしぐさが可愛くて、ついヤマトはからかいたくなってしまう。
「ところで“変なコト”って何だ?」
その言葉に思わず真っ赤になって、くるりと背を向けると、また端に戻ろうとするタケルに、ヤマトが慌てたようにそれを背中から抱き寄せる。
「お兄ちゃん!」
「だから、しないって!」
泣き出しでもしそうな顔に強い口調でそう言って、それからおとなしくなったタケルをそっと腕に抱き包む。
「じっとしろって・・・」
「だって・・・・」
「離れると寒いから・・・そばにいろ・・・」
「・・・・うん」
ヤマトの腕の中で、少しずつ体の力を抜いて、タケルが背中からヤマトの胸に甘えてくる。
そのままじっと身を寄せていると、じんわりと体の芯からあたたまってくるのがわかる。
それでも湯に浸かっていない場所は冷やされてるから、頬や肩は少しつめたい。
「ゆっくりあったまんねーと、風邪ひくぞ。外寒いから・・・」
「・・・・うん」
パジャマをきっちり着こんで、その上に祖母の用意してくれる半天を着ても、母屋までの数歩がとてつもなく寒いのは既に経験済みだ。生半可なあたたまりようでは、すぐ湯冷めしてしまう。
「ねえ・・」
「ん?」
切り出しにくそうに、タケルが言う。
「なんだ?」
「あの・・・・さっきのデンワ・・・」
言いあぐねていることに気づいて、ヤマトが笑う。
「ああ、忘れてた。おまえに確認せずに返事しちまったけど」
「返事? 何の?」
「空が、また例のメンバーで6日に新年会やるから来ないかってデンワしてきたんだけど、ぎりぎりまでこっちにいるつもりだったから、俺とタケルは欠席にしておいてくれって。悪い、おまえに先きくべきだったよな?」
「え? ああ、そうなんだ・・・。でも残念だけど、僕もぎりぎりまでこっちに
いたいから」

・・・お兄ちゃんといっしょにいたいから・・・。

「大輔、待ってるかもな」
なんとなく、笑いを含んでいるような兄の声に、いぶかしむようにタケルが答える。
「なんで、大輔くんなの? ヒカリちゃんとかじゃなくて」
「いや、別に」
くっくっと笑うヤマトに、少し膨れたようにタケルが言う。
「何、もう。だいたい、大輔くんは僕のことなんか嫌いなんだから」
タケルの台詞に゛鈍いよな、おまえって”と心の中で呟いて、何も言わずに後ろからそっと上気したタケルの頬に口づける。
そのキスの意図がわからず戸惑いながらも、ヤマトにキスされることはとても好きだから、タケルは素直に嬉しげに微笑んだ。
「お兄ちゃんは?」
「え?」
「早く、東京に帰りたい?」
「どうしてだよ?」
「だって、デンワ・・」
空のことを言っているらしいタケルに、一笑してそれに答える。
「おまえがいっしょなら、ずーっとここにいていいと思うし、タケルが帰りたいってのなら帰ってもいいと思うけど」
「僕次第?」
「そ、おまえ次第。おまえの望むように」
「ふうん・・・」
小さくうなずいて、それからしばし沈黙して、じっと立ち上る湯気を見つめる。
外には、しんしんと降りしきる雪の気配が・・・。
「雪の音がするね・・」
「ああ・・また、降ってきたな」
「積もるかな」
「どうかな・・」
「あんまり積もると、お父さん、帰れなくなっちゃうもんね・・」
「そうだな」
「ねえ、明日も橇遊びしようね?」
「ああ、いいぜ」
「積もったら、雪だるま作ろう。あ、ピカチュウの」
「ああ、わかった」
「それから・・・」
「ん?」
「お兄ちゃん・・?」
「なんだよ」
「来年も・・・・」
「え?」
「ううん、なんでもない」
「・・・タケル?」
「何でもない・・・」
それからしばらく口を閉ざして、そして、同じように黙ってしまった兄に、ふと心配げに肩越しにヤマトを振り返る。
弟を心配するような兄のやさしい瞳に合って、タケルが思わず“大丈夫”というように笑顔を見せた。

・・・・わかってる。来年のことなんて、言わない。
   今年が特別なんだから。
   毎年、こうあってほしいと、そんなことは望んじゃいけない。
   望んだりしない。
   わかってるよ、お兄ちゃん・・・。

胸の中で呟くタケルに、ヤマトが慰めるようにその唇に口づける。
唇が離されると同時に、体の向きを変えて、ヤマトの胸にしがみつく。
その背中を暖めるように、兄の腕が抱き寄せた。
「ちょっとね・・・今、すごく幸せだから・・・少し・・・こわくなっただけ・・・・」
「ああ・・・」
今年はたまたま偶然が重なっただけ。もうこんなことは、ないかもしれないのだから、期待なんかしちゃいけない。
そう自分に言いきかせている弟がかわいそうで、いじらしい肩を抱きしめる。
今、たとえ幸せでも、次の瞬間からそれが壊れていくのではという不安と怖さを、この子はいつも抱えているような気がする。
だから、夢を描いたりすることもなるべくしないようにしてる。
そんな気さえしてしまう。
「タケル?」
「・・・ん?」
「大丈夫だ・・・俺は、ちゃんといるから。どこにもいかない。おまえのそばに、ずっといるから・・・」
「お兄ちゃん・・・?」
「もしも。おまえが何かに、誰かに裏切られたとしても、俺がそばにいて、ちゃんと慰めてやるから。だから、あきらめずに、しっかり前を見ろよ」
「・・・・お兄ちゃん・・・」
「おまえが望めば叶うことは、いくらでもあるから・・・・」
タケルの手をぎゅっと握りしめて、凍えた頬にあたたかなキスをおくる。
いとしい腕に抱きしめられて、やさしい胸で少しだけ泣いて、白くけぶった湯気の中でタケルは小さく頷いた。

そんな兄弟を包み込むように、外はしんしんと雪が降りしきっていた。
“いっぱい積もるといいのにな・・・”と、兄の胸にもたれながら、タケルは小さく呟いた。



次の日の朝。
夜の間に降り積もった大雪に、父は東京に戻る事を諦めざるを得なくなり、母はそれを聞いて、あっさりと仕事の約束を一日延ばしてもらうことを決めた。
そして、水いらずの時間は丸一日増えた。

タケルはそのことに少し驚いたように両親の顔を見比べていたけれど、やがて、ひどく嬉しそうな顔で笑って兄を振り返った。
そのはじけるような笑顔が、ヤマトはひどく嬉しかった。



・・・・な? 
   望めば、かなうことだってあるだろう・・?
   おまえの望みは、さっそく1つかなったぜ・・?








ええっと、私的に「ヤマタケ理想のお正月」でした。
有り得ないよ〜と思う自分と、いやこういうのもきっと有りと思う自分がいます。最初は夢オチでもいいかなと思ったけど、それではあまりに新年早々タケルがかわいそうなので、やっぱりこれは現実である。ということにしてしまいました。
なんとなく、「大輔は実はタケルが好きらしい」しかし「タケルはそれに気づいてない」。でも「ヤマトはそれに気づいている」という2等辺三角形的三角関係(なんだ、そりゃ)を今年は書いてみたくて、そういう前フリも入れてみたり。
なんか続きモノも書いてみたいなあ。自分で自分の首絞めるだけのような・・。
・・・というワケで、今年もよろしくお願いします。


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