Scrap novel
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2001年11月06日(火) 遠くて近いあなた。

いつもなら、兄を待つ時は正門の外で待つことに決めていた。
出てきそうな時間を見計らって、少し離れた場所からずっと出てくるのを待つ。
けれども、今日はそうは言っていられない。
クラブ活動が終わって、真っ直ぐに小学校から走ってきた。
早く、早く、早く会いたくて。
それでも、さすがに校内に入るのはちょっと抵抗があった。
背中のランドセルが「僕は小学生です」と言っているし、誰かに咎められでも
したら、兄に迷惑がかかるかなとも思ったから。
それで、放課後のひっそりした廊下でさえ、静かに音を立てないように歩き、
なんとか誰にも気づかれずに目的の音楽室にたどり着くけれど、そっとドアを
開けてみて、タケルは心からがっかりした。
誰もいない・・・
「どこにいるんだろう・・」
つい声に出して言ってみて、
「ヤマトなら、体育館だぜ?」
と背中から掛けられた声に、思わず猫のように飛び上がって振り向いた。
2,3人の男子が顔を見合わせながら、フシギそうにタケルを見ている。
「おまえ、ヤマトの弟か?」
唐突に言われて、ドキリとする。
「え?アイツに弟なんていたっけ?」
「いるじゃん。しょっちゅう、弟がどうとか言ってるぜ」
「そうだっけ?」
“弟がどうとか”って何の話をしてるんだろうと気になるけど、今はそれより
兄を見つける方が先決だ。
タケルはにっこりして、どうやらクラスメイトらしき彼らに礼を言うと一目散
に体育館を目指した。

(なんで今日に限って体育館なんだろう・・・)
心の中で重い溜息をついた。
音楽室を訪ねるだけでも、相当勇気を振り絞ってきているものを。
体育館のそばまで走り、それからちょっと立ち止まって深呼吸する。
そして、その大きな扉を開くと、舞台の上に立つ兄たちの姿と、それを見に
集まった5,60人のギャラリーが目に入り、予想通りの光景に溜息もさらに
重くなってしまった。どうやら音あわせの最中のようだが、それはまるで、
ミニコンサートのようで、声など掛けられるはずもない雰囲気だ。
(どうしよう・・・)
タケルは、深々と頭を垂れた。実は、こういう光景は苦手なのだ。
兄の歌う姿は好きだけれど、人気の兄を持ってちょっと誇らしい気もするけれ
どそこで歌っている人は、なんとなく、自分の大好きな兄とは違う人のような
気がしてしまうのだ。
扉から舞台までのこの長い距離以上に、兄との距離をまざまざと感じてしま
うから。
(・・・やっぱり、外で待とう・・)
なんとなく、孤独感を募らせて、タケルがヤマトのいる舞台から背を向け、
その扉の外に出ようとした時、ゴト・・とマイクが床に置かれるような音がし
た。その音に振り返ると、ヤマトがひらりと舞台から降りタケルの方に向かっ
て、駆け寄ってくる。
視線がタケルに集中して、タケルは思わず、気恥ずかしさに頬を染めた。
そのまま、ヤマトがタケルの腕を掴み、体育館の外へと引っ張っていく。
「あ・・ゴメン。練習中に邪魔して・・!」
何しに来たんだ!と叱られるのかと思い、慌ててヤマトの背中に声をかける。
「いや、全然構わないけどな。アイツら、うるせーから」
体育館の影に来て、ヤマトが思いがけない弟の来訪に嬉しそうに笑った。
怒っていないと知って、タケルが少しほっとしたような顔になる。
「それより、どうした?」
「あ、えと、ううん。やっぱり後でいい」
「そうか? なら、もう少しで終わるから。ここで待ってるか?」
「うん」
「じゃ、待ってな。出来るだけ急ぐから」
言って行きかけて、ふと気がついて慌てた様子で戻ってくる。
「何?」
タケルが不思議そうに見上げるなり、その肩にバサ・・とヤマトの上着が掛け
られた。
ヤマトの匂いのするグリーンの制服。体温の温もりがまだそこにある。
「寒いだろ、着とけよ」
「あ、あの、お兄ちゃん!」
「ん?」
振り返るその顔に、なんだかわけもなくドキリとして、後からと思っていたの
に口が勝手にしゃべってしまう。
「僕! 僕、レギュラーに選ばれたんだ! 今日、さっき、決まって・・!
それで、それでお兄ちゃんに・・・」
言い終わらないうちに、兄の腕がその身体を抱き寄せた。
「一番に報告・・」
ぎゅ・・・と抱き締められて、声が小さくなる。
「だ、誰かに見られたら・・・」
「構わねえよ。そうか、そうか! おまえ頑張ったもんな。おめでとう」
「あ、ありがと・・」
「よかったな。お祝いしような」
「・・・ん」
髪をくしゃっと撫でられると頬を染めて、さも嬉しそうにする弟に、ヤマトが
肩を抱き寄せて、その顎をくいと指先で持ち上げる。唇が、そっと重なる。
「お、お兄ちゃん」
「前祝い、な」
言って微笑むと、もう一度、今度は深く口づける。
そして、笑みを残して体育館に戻っていく兄を見送って、タケルはその壁に
凭れると、今、兄が触れたばかりの唇にそっと自分の指で触れた。
肩には、ヤマトの制服が掛けられている。
バンド活動のおかげで人気もあり、いつも歌っている兄に距離を感じて時折
辛くなっていたけれど、そんな風に遠くに感じる時に思いかけず傍に来てく
れる。そういう時の嬉しさはまた格別だから、そして自分がヤマトにとって
特別な存在なのだと思わせてくれるから。
こういうことがまたあるのなら、もっと兄のライブに積極的に行くのもいい
かなと小さな優越感を感じながら、タケルはヤマトの上着に背中を抱かれる
ようにして、兄を待つ時間を楽しんだ。




えと、777HITリクに書いたお話の番外編という感じのお話です。
タケルがレギュラー決まって一番にヤマトに報告に行ったというとこが
本編(?)では書ききれなかったので。
それと、ヤマトのあのグリーンのブレザーの制服姿がとても好きなので、
あれ、タケルの肩にかけてあげてくれたら嬉しいな〜っとv
そういう妄想もあってのお話でございました。





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