22sentimental



2005年07月04日(月)

また、タイミングやらが合って
あやつと、また仲良くなりつつある。

自分の中の気持ちは変わってしまったけど
きっとまだどこかで変わらない気持ちもあることはあるよ。

この間、岩崎さんと村石さんとで
ご飯に行ったとき、岩崎さんと村石さんはあやつの直属の上司であるから

(なんでかアタシは行く場所行く場所で居る人と仲良くなれてしまう力があるようです。)

共通の話題としてあやつの話をよくした。

誉めすぎてもいかんと思って、やたらけなしてしまったが
それが今日とかに伝わってるかと思うとちょっと穴に入りたい。

(それにしても仲いいからって、岩崎さんにばらしすぎだろーばかばか)

そして、岩崎さんは
都合よく解釈できてしまうようなことをアタシの目を見ながら言ったけれど
もう自分の都合のよい解釈から生まれる勘違いに振り回されるのは
ご免なので、

都合よくなく噛み砕いて呑んだ。

それが、今後の自分のためだ。


仕事を辞めるときがいつになるのかわからないけど
仕事を探してることや、説明会に行ったことや、東京に行きたいことも
全部いまの会社の人には言わないで

誰にも相談しないで、事後報告で済ませようと思っている。

誰かに言ったら、きっとどこかからそんな話が出てきてしまう気がして
人づたいに聞かれるよりも
最後に自分で言いたいと思った。

水くさいけど、人に言ったら決意が揺るぎそうだから
それくらい今の仕事場に、いろんな幸せな関係を持っていて
それが今、一番、いい時期で、どこにいってもいい関係を築けている。
離れがたいと思ったら最後、引き止められたら最後な気がする。

それにあたって、事後報告をしたら
あやつはどんなことを思うんだろうとよく思いをめぐらせる
別れの手紙に何を書こうかとも思う。

それを考えてみると、いまの自分の心が少し見えてくる。

それで、自分は
いつでもあやつの幸せを願っているとゆうことに気付いた。

別に
自分があやつを幸せにさせられなくても、他の誰かと一緒でも
それが君の幸せならそれでいいと思えてる。

あやつが、幸せであってくれればいい。
幸せであればなんでもいい。

自分は、きっとあやつと一緒にいれることが幸せだと思うけれど(きっと)
それがあやつにとって幸せと感じれるかどうかは、わからない
人の気持ちは操作できないし読めない、それは仕方ないことなのは
痛いこと知った。

アタシが心の中でどう思うかなんてことは
勝手だろっちゅーことも、知ってる。


「いつも幸せでいてほしい」


きっと、そうやっていつも生きてきたんだって気付いて
そうだそうだと同意する自分がいる。
それでいいそれがいい、めんどうくさいことはぬきで、ずっとシンプルで
いい。

アタシがいなくなっても、女にふられても、仕事がきつくても
どうかいつも幸せであってほしい。



21才の梅雨、
人を思うことはその人の幸せを願うことだと知った。


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