22sentimental

2002年10月01日(火)
暴風域。
まさに、暴風です。暴れる風です。 in千葉ありえないほど、現在風が吹き荒れております。
がしかし、さすが無駄に柱が多いだけあります藤本家(爆) さすがです。 だってさー8畳に13本の柱(普通6〜7本)…。。。。。 ありえねぇ〜ある意味おもしれぇ〜ガハガハ 設計トヨコが間違ってたんだよ(爆)
さてさて、まぁね、たぶんタイフーンなんて明日にはどっか行ってるでしょう
今日は始業式もなく、めちゃめちゃフッツーに授業があったんですけど まぁここでね、今日のいろいろ楽しかったこととか書くのもいいんですけど
ちょっと今日は、それは置いといて、 マジメモードで書くでげす。
あんね10月1日、まぁ正式には9月30日はアタシのクラスメイトが 交通事故で亡くなった日なんです。 うん、去年。だから、高3の時のことね。
そいで、今日花買って、事故現場に供えてきました。
ホントひぃばあちゃんとか死んだって、まぁ90過ぎまで生きたしって 思って葬式なんか出ても、どーとも思わなかったんだけど
ホントあの時は、何が悲しいんだかわかんないくらい悲しくて 現実を受け止められないってこのことを言うんだろうな。 だから彼の名前の上に「故」が付いてても 「本当に死んだみたいじゃん。やめてよ。」そー素直に思えたくらい。
遺影の写真だって、本当は就職活動のために撮ったもので それは未来を開く写真であって、 決してこんな遺影なんて形で使われるものじゃなかったのに。
でも、そんな現実を拒否してても やっぱり顔を見れば、彼はもう生きている人でなくて。決してもう動かないと すぐわかった。事故だったから、決してキレイな顔ではなかったし それでも、事故にしてはきれいな方らしかった。
彼は、即死じゃなくて一週間重体とゆう期間があって亡くなった だから、その間千羽鶴を作ることもできたのに 先生から回復に向かっている。と聞いてたアタシたちは、彼が亡くなる 3日前にやっと鶴を折り始めた。
間に合うはずもなく、そのことはすごく後々からも後悔してる。 生きている間に彼に鶴を見せてあげられなかったこと、
あと、彼が亡くなった夜アタシたちのクラスは 文化祭の打ち上げをしていて、彼のことを考えてもいなかった だからアタシたちのこと見限ったのかな?そー思わずにはいわれなかった。
彼が亡くなった日からクラス全員、残りの鶴をひたすら折った 一つの部屋に40人がいて、誰も話さないで、 あのとき本当の静けさってのを味わった。
一瞬スッって空気が引くような感覚、
全てが憎らしくってしょうがなかった。なんで振替休日なんてあったんだろう 普通だったら学校来てて普通に過ごしてればこんなことには、
事故が起こる一週間前は文化祭で、あんまり話さない彼とも装飾とかで話して 一緒に作業もしたし、変なことで笑かされたし、 いろいろ協力してもらって、当日の朝も準備のために早く来て装飾を手伝ってくれた
その朝撮ったビデオに彼が一瞬映ってて、あぁまだこのときはあと二週間の命だったなんて 知らなかったのに。文化祭で撮った写真がたぶん最期で、動いてるのを記録してんのは あれが最期だったんだろーなー。
去年の今日はアタマが痛くなるほど泣いて、 あれから丸一年たったけど、思い出すことは多くて たぶんもう忘れることはないと思う。
今日花を供えに行ったら、2束菊の花がすでに供えてあって それが、友達だか、先生だか、もしくは加害者の人やその親類の人かもしれないけど 同じ気持ちでみんな今日を迎えたんだなって思った
アタシの代だけ限定でHPがあって、みんな卒業しても どこで暮らしても、ケータイさえあれば繋がっていれる状態なのです
今日みたら、彼を忘れないってメッセージがたくさん書いてあって やっぱウチの友達いいなって思った みんなアタシと同じ様な一年を過ごしたんだ、 言葉に出さなくても、ちゃんと心に残ってるんだって。
花を供えて、手を合わせたら言いたかったことあったのに いざとゆうときになって、無心になっちゃって、いろいろ言えなかったな ただ最後に「ありがとう」って言って
イマまでいろんな先生に会ったけど、一番のことを教えてもらったのは彼ですから がんばって生きます。
っつーことで、あい、暗くてごめんちゃい。 でもね、ちゃんとこーゆーのは書かねばね!! 明日はふっつーにくだらな日記に舞い戻り(爆

|