今日は今期のアルバムの写真を担当キタイに渡すついでに 何処か行こう!って事で近場ですが集まる事に♪
面子は俺とキタイとコチヤ
都内を電車で周る予定なのでマッタリ昼に集合 都営地下鉄三田線の板橋区役所前駅に13時に集合です。
まずは忘れる前に今日のメイン 写真データをキタイに渡して置きます!
で、駅前から徒歩数分 『植村冒険館』へ到着! 植村冒険館は、東京都板橋区にある文化施設で管理運営は 公益財団法人植村記念財団。
日本が世界に誇る冒険家植村直己さんの偉業が展示されている 施設です。 植村さんは大学を卒業し日本を飛び出した、昭和39年 (1964年)5月から昭和43年(19688年)10月までの 約4年半にわたる外国放浪の旅が紹介されていたり 植村さんのご家族から譲り受けた装備品や彼の活動を伝える写真の 展示。 1970年(昭和45年)5月、日本人として初めて世界最高峰 エベレストの頂上に立った時の詳細な記録。 世界の名だたる山々を踏破したり、アマゾン川を筏で横断したり 北極圏を犬ぞりで横断したりとミラクル連発です!! 更には世界初の五大陸最高峰登頂者となる偉業も成しえています!
そんな彼が拠点としたのが板橋区。 エベレスト遠征に出発する前の1969年(昭和44年)の 夏のことです。 仲宿商店街から一本奥に入った三畳一間のアパートが 最初の住まいでした。 家具はトランクと寝袋だけ(笑) 冒険から帰ったら、また次の冒険の準備を始めたそうです。
カッコいいな〜 歴代4人目の国民栄誉賞受賞者でもあります。
そんな彼ですが、昭和59年 世界初の冬季マッキンリー単独登頂へ挑み 登頂成功を伝える無線交信を最後に消息を絶ちます・・・
熱い冒険野郎の足跡に触れ、まだまだ俺も頑張って 遊ばないと!と決意を新たにします(ヲ)
近所のコンビニで昼飯を買って パンを齧りながら移動(笑) 埼京線十条駅から赤羽駅まで1駅電車に乗って移動
駅から若干迷子になりつつ結果5kmほど歩き 荒川の土手に建てられた『荒川知水資料館』を見学です。
荒川知水資料館。通称(アモア)は、荒川の洪水・水害の歴史や 自然環境などの情報発信拠点とした施設です。 北区の荒川で見られる魚の水槽展示。 荒川の上流から河口までを概略地図。 荒川の全長や架かる橋、放水路区間の長さ、 荒川知水資料館の位置なども分かる巨大地図。
昔の荒川や放水路を作るきっかけとなった洪水、工事の様子など、 歴史の紹介。 都市化が進んだことで荒川下流部に新しく発生した問題。 防災水害についてなど、かなり詳しい説明内容に興味を惹かれます。
特に面白かったのが荒川放水路建設に関わった代表的な 技術者たちの紹介です。 世界でも有名なパナマ運河。 その建設には一人の日本人がかかわっています。 旧岩淵水門、荒川放水路の工事を指揮した土木技術者である 青山士(あおやまあきら)です。 青山は日本人で唯一パナマ運河建設工事に携わった人物です。 まさかあのパナマ運河建設に日本人技師が携わっているとは思わず 思わず感心・・・ 因みに、このパナマ運河の完成のおかげでカリブ海と太平洋が 結ばれ、マゼラン海峡やドレーク海峡を回り込まずにアメリカ 東海岸と西海岸を海運の利便性が向上したのです。
原罪でも埼玉県と東京都の東部を流れる荒川の水量を調節し、 東京の下町を洪水から守るためにつくられた迂回水路として 重要な役割を担っていますが、流石に当時作られた水門だけでは 足りなくなり新たに「荒川ロックゲート」が平成17年10月に 完成し、荒川と旧中川とを結ぶ新たな閘門となっています。
そもそも閘門とは、水面の高さが違う2つの川のあいだを 船が通行出来るようにするための施設であり、世界的には パナマ運河が有名です。 荒川と旧中川は水位は荒川の方が3.1mも高くなっています。
施設の外に当時の「船堀閘門頭頂部」が展示されているのを見たり 屋上から荒川河川敷の風景を眺めたりしつつ 荒川の土手を散策に出掛けます♪
まずは遠くから見えていた『新岩淵水門』の麓まで歩いて 行って間近で見学! 岩淵水門は、東京都北区志茂において現在の荒川と隅田川とを 仕切る水門。 かつて「荒川放水路」と呼ばれた人工河川を現在は荒川と呼び、 かつての荒川を「隅田川」と呼びます。 この水門はこれらの分岐点にある門で、新水門はその色から通称 「青水門」と呼ばれます。 旧水門の老朽化、地盤沈下対策、また洪水調整能力の強化を考えて、 旧水門より300mほど下流に作られました。 1974年(昭和49年)に着工し、1982年(昭和57年)に 完成しました。
続いては勿論『旧岩淵水門』へ見学(笑) 旧水門はその色から通称「赤水門」と呼ばれます。 1916年(大正5年)に着工し、1924年(大正13年) 10月に完成した当初の水門。 9m幅のゲート5門で構成されています。
1960年(昭和35年)3月に通船のために5番ゲートが 改造されました。 完成以来、最大2m以上にもおよぶ地盤沈下や、左右岸の 不等沈下が発生するなどの問題に悩まされ、新水門完成に伴って その役割を終え、取り壊されることになりましたが、地元の人など から惜しまれ保存される事になりました。
地元民マジGJ!!!
のちに、土木建築物としての価値が高いと再評価され、1995年 (平成7年)には産業考古学会によって推薦産業遺産に、1999年 (平成11年)には東京都選定歴史的建造物に選定されました。 場所によって赤、青の水門が並んで見えてとても綺麗です♪
因みに水門上は歩行者自転車専用橋として開放され、川に囲まれた 中之島(水門公園)に渡る事が出来るので行って見る事に!
水門公園には「草刈の碑」と呼ばれる大きな石碑がありました。 これは1938年(昭和13年)から1944年(昭和19年)に かけて付近の荒川土手で行われた「全日本草刈選手権大会」を 記念して作られたもので、「農民魂は先づ草刈から」という 碑文が記されています。 ・・・・・・・・・って言うか、そんな大会があったのか!? しかも優勝賞品が牛1頭ってのが凄いな(苦笑)
「月を射る」というタイトルの彫刻や「水位標柱」など 色々あって楽しめました。
帰る前に荒川の土手沿いを歩いていたら 荒川下流河川事務所が、荒川の管理のために水位を観測する為に カメラを設置している『岩淵水門水位観測所』があったり しました。
そのままマッタリ歩きながら駅を目指し、コチヤとキタイは 赤羽駅、俺は手前に出て来た東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅で 電車に乗る事にしたのでメトロの入り口で解散!
いや〜ただ写真を渡すだけってのが勿体なかったから 取り敢えずでブッこんだイベントでしたが、予想以上に何処も 見応え十分で非常に楽しめました♪ 流石は東京! まだまだ探せば楽しそうなところがありそうですね!
日帰りイベントの弾数が少ないので頑張って探します(苦笑) ま〜まずは今日もお疲れ様でした〜〜
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