起床! 天候は曇り〜小雨
やや肌寒いですが・・・・1月ですから(笑)
駅前のホテルだったので、折角なので車を駐車場に停めたまま 電車で移動してみましょう♪
ローカル線の旅!(一部ですが(苦笑)) JR鹿児島本線に乗って、最寄りの黒崎駅から隣りの八幡駅へ
まずは有名な八幡製鉄所を目指して駅から徒歩で移動・・・
思ったよりも早く付き過ぎて 製鉄所の見学時間のだいぶ前に着いてしまったので、先に近所にある 『高田第一高炉』を見学しに行きます。 高炉とは鉄鉱石を溶かし、銑鉄を生産する施設の事です。 1901年(明治34年)、この地で操業を開始した 東田第一高炉は高さ30m、容積493.9㎥、 公称能力160トンで、建設にはドイツの技術が使われていました。 最盛期、八幡地区には10基の高炉が建設されました。
現在見ることができる高炉は、第10次改修高炉であり、 公称能力900トンを誇る日本最初の高圧高炉として建設されました。
1962年(昭和37年)8月の火入れから1972年(昭和47年) 1月の吹き卸しまで操業し、今日の超高圧高炉時代の先鞭をつけた 高炉です。
銑鉄生産の中心を担った東田第一高炉も、生産拠点が戸畑地区へ 移転した事などによりその役目を終え、一時は老朽化により解体の 危機に直面しましたが、保存を求める市民運動により、現在は 北九州市の史跡として文化財に指定されています。
無料で時間に関係無く中に入って見学出来る施設なのですが 遠くからでも聳え立つ巨大な建物ですので、中もかなりの大迫力で 高炉の歴史などが展示されていたりして中々に面白かったです!
小雨降る中を再度来た道バックして『八幡製鉄所』へ! 1901年の明治時代に操業を開始した福岡県北九州市の製鉄所。 恐らく日本で一番有名な製鉄所!(笑)
1887年から操業を続ける釜石鉱山田中製鉄所に続き、 日本国内で2番目の製鉄所です。 第二次世界大戦前には日本の鉄鋼生産量の過半を製造する国内随一の 製鉄所で、鋼板類や条鋼類、兵器材料の特殊鋼など多品種の鋼材を 製造していました。
当時としてはモダンな建築物で、構造は赤レンガ組みの2階建の 左右対称のデザインで中央にはドームがあり、天井の梁は 洋小屋組構造 (橋の技術を応用した三角形の組合わせで強度を出す クイーンポストトラス型)を採用し、屋根は和瓦葺、 外壁の赤レンガはイギリス式のレンガ積となっています。 事務所内は長官室、顧問技師室、技監室、主計室などがあり、 まさに製鐵所の中枢を担っていました。 1922年に新事務所が完成してからは、研究室として利用されてきた そうですが、老朽化のため現在は資料館として残されています。
ま〜今も現役で稼働している製鉄所 その工場施設内に残った史跡なので、危険もあり勿論内部に入る どころか接近する事も出来ません。 工場の行為で一部敷地に展望所を設けて頂けているので 案内の係の意図と一緒に遠くから見学です(涙)
ま〜年に数回あるらしい内部見学会は予約を撮るのが至難の業 らしいです(汗)
駅前まで戻り、小雨で濡れた体に強く吹いて来た風が地味に辛い ビルの2階の吹き曝しのホームで電車を待ち黒崎駅まで 戻って来ました(涙)
駅の改札を出て、来る時に眼を付けておいた「東筑軒」と言う 駅そば?で名物の「かしわめし」「かしわうどん」を朝飯に 食いました! かしわは、北九州で定番の甘辛い鶏肉のトッピングの事です。 そもそも「かしわ」は鶏肉を意味します。
何故かこのタイミングで雨が止み晴天に(苦笑) 駐車場から車を出して、近所の山を車で上って行き『黒崎城址』へ
黒崎城は福岡城の端城の一つでした。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦の功により52万石の大名として 筑前国に入部した黒田長政は翌6年から福岡城の築造にとりかかりました。 また同時に、国境の守りを固めるため同15年までの間に、この 黒崎城をはじめ六つの端城を築きました。
黒崎城には黒田二十四騎の一人、井上周防之房を城主として 任じました。
しかし、元和元年(1615年)幕府の一国一城令により、僅か十数年 で城はその役目を終えました(汗)
のち元文3年(1738年)この城の石垣は新田開作 (現在の黒崎駅付近)のための護岸に使用さてしまいましたので、 残る史跡は今では山頂に石垣がわずかに残るのみです(涙)
さてさて ここからは少し距離を移動して近隣に残る八幡製鉄所関連の史跡を 見て回ろうと思います!
まずは住宅地の畑の中にポツンと残る『遠賀川水源地ポンプ室』へ
遠賀川水源地ポンプ室は、官営八幡製鐵所の鋼材生産量の倍増を 目指す第一期拡張計画に伴い、製鉄のための工業用水が大量に 必要となったことから、新たに遠賀川から製鐵所へ送るための 施設として建設され、1910年(明治43年)に操業開始しました。
遠賀川のほとり、住宅地と畑の間に急に出て来て吃驚しました(笑)
ポンプ室の建屋はイギリス積みの赤煉瓦造で、デザインの アクセントとして灰白色の鉱滓煉瓦が使用されています。 丸窓や連続した半円アーチ窓が印象的な建造物です。
当初、ポンプ室の北側の棟には送水のための蒸気ポンプ、南側の棟 には動力源となるボイラーが設置されました。 ポンプ室はこれらの機械を覆う上屋として建設されたため、非常に 大きな建造物となっています。
ポンプ室の内部にある送水設備の動力は、1950年代に蒸気から 電気へ移り変わりました。
そして100年以上経った現在も変わることなく、 現役で鉄づくりのための水を送り続けています!
住宅地を後にして南下して山へと入って行きます。
直線距離はそこまで離れていませんが、思ったよりも山深いエリア がすぐに出来てきます。 『河内貯水池』へやって来ました。 板櫃(大蔵)川上流にある日本製鉄株式会社による人造湖です。
また河内貯水池に架かる「南河内橋」は平成18年に国の 重要文化財(建造物)に指定されました。 レンティキュラー・トラス(レンズ型トラス)と呼ばれる 建築様式で建造された日本に唯一現存する鋼橋で、その橋梁技術 史上の価値が高く評価されたそうです。
湖の回りを奇麗な景色を眺めながら進み、湖をグルッと回って 再び市街地へ
八幡エリアを抜けて門司エリアへと移動します。
まず訪れたのは、前回来た時(過去日記参照)に夜だったので 目の前まで来ていてスルーしてしまった『和布刈神社』を 参拝です(苦笑)
社伝によると、仲哀天皇9年(西暦200年)創建とされ、 神功皇后が三韓征伐の後に創建されたと伝わる古刹です。
御祭神は、天照大神の荒魂「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命」 別称を「瀬織津姫」といい、潮の満ち引きを司る神です。
この神社、目の前に海と行き交う船 そして海の向こうには山口県の下関の町並み 見上げると関門海峡大橋が!と言う素晴らしいロケーションですが 「和布刈神事」という行事が有名で、神功皇后が三韓征伐からの 凱旋を祝って、自ら神主となり、早鞆の瀬戸のワカメを神前に ささげたという古事に由来する神事との事。
しかも境内には『和布刈砲台跡』がありまして この神社は知っていたのですが砲台に関しては全く知らなかったので 吃驚しました!!
ま〜ここは関門海峡が最も狭まっている地点であり、向こう岸まで 僅か1000mほどしかありませんし、潮の流れも複雑で早く、 座礁の危険性などを考えると、ここを通過する路はほとんど 一本道のようなものでしょうから百発百中が約束された砲台だったの でしょう。 残念ながら、ここには明治期に廃止された砲台跡地の史跡は皆無で 石碑が建つのみです。
次にやって来たのは『門司電気通信レトロ館』 1924年(大正13年)に「門司郵便局電話課庁舎」として 建てられた建物で特徴は、放物線とアーチの美しい大正モダンの 建物です。 また、門司で最初の鉄筋コンクリートの建物で、人間の鼻のように 見える正面玄関、頂上部付近に消火設備も設置されていました。
館内には、明治からの電信・電話のあゆみが一目でわかる貴重な 機器や資料が展示・保存されている史料館で、交換手さんが 電話をつないでいた時代の「手動式 交換機」や、なつかしい ベルの音がする旧型の「ダイヤル式」自動交換機での 体験コーナー、歴代の携帯電話の展示などもあり、2人で 懐かしがりつつ大盛り上がりでした(笑)
駅前のコインPに車を停めて徒歩で街を散策開始です!
今迄気にはなっていたのですが、辺りが入り組んでいて 車では面倒そうだったので今まで訪れた事の無い『三宜楼』 今回、やっと行って見ました。 門司港で豪勢で有名だった料亭です。 往時は、門司港料亭トップ3の一画とも伝えられています。
昭和6年に建てられた三宜楼は、木造3階建てで、現存する 料亭の建屋としては九州最大級です。 栄華を誇った三宜楼も、昭和30年頃には廃業。
その後平成17年には売りに出されることになりました。
それを聞いた地元の有志たちが、「三宜楼を保存する会」を結成し、 募金と保存を求める署名活動を開始。 1年の間に、募金1900万円と16000名の署名を集め、 平成19年には、「保存する会」が所有権を取得。 その後北九州市に寄贈され、平成24年保存修理工事に着手、 平成26年には本体工事を終えました。
甦った三宜楼は、門司港を愛する8つの団体によって 構成された「三宜楼運営協議会」が、建物を借り受け運営しています。
嘗ては料理店としても営業していたそうですが、昨今の情勢か今は 建物の見学のみを受け入れているそうです。
建物も豪勢でしたが、中も素晴らしく至る所に手の込んだ装飾が ちりばめられており、その装飾1つ1つにも意味があったりで 見ていて飽きなかったな〜 更に他に見学客が居ないタイミングだったので、係りの人に 屋上に上げて貰ったり、改修工事していない区画を見せて貰ったりと 非常にラッキーでした☆
ま〜流石にそろそろ腹も減って来たので 『門司』名物の「焼きカレー」を食いましょう!! 来る度に食う「伽哩本舗」へと今回もGO!(笑)
熱い熱い!言いながらもガッツリ貪り食ってから 『門司港』周辺をウロウロ散歩したり、何度見ても美しく 飽きの来ない『門司港駅』を見学したりしてマッタリと 北九州の観光の最後を楽しみました♪
余裕を持って門司を出発して、給油をしてからレンタカー屋へ 車を返却。
北九州空港へと戻って来ました。 土産を買ったりして時間を潰して、定刻通りに北九州空港を 21:20発の飛行機に乗ります。
今回は乗り遅れなかった!(マテ)
大した揺れも無く羽田空港へは23時前に着
いや〜
大反省の旅!!(滝汗)
マジで北九州行きは呪われてるとしか思えん(涙)
コロナのせいで下関の造船関係が見学停止だったり 行きたかった島へのアクセスが悪くて行けなかったりとあるので この辺りでもう1回イベントを打てそうですが、その時はマジで この呪いに打ち勝ちたい(汗)
ま〜今回は反省しつつお疲れ様でした(苦笑)
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