さ〜本日のイベントは
県内!
近場です(笑)
延々と行けていなかった横浜市内の博物館巡りです。 面子は俺とミッキーと久しぶりに参加のキタイの3人 コチヤは体調不良で急遽不参加に(汗)
13時に根岸駅に集合だったのですが、俺は12時には着いて しまったので駅前のファミレスで昼飯を食ってから駅前にて ミッキーとキタイと合流。
まず目指すは『横浜市電保存館』 駅から歩いて20分くらいかな? 神奈川県横浜市磯子区にある、1972年3月に廃止された 横浜市交通局の路面電車に関する資料を保存・展示する施設です。
横浜市電として使用された車両 500型(登場時の塗装)、1000型、1100型、 1300型(登場時の水色と白色のツートンカラー)、 1500型(1150型の一部に一時期施されたクリームと 薄いチョコレート色のツートンカラー)、1600型(登場時の塗装) 10型(無蓋電車)など実車が展示されており、中にも乗る事が出来て 当時の中吊広告などや路線図も見ていて面白かったです!
車両だけではなく、整備部品や工具、横浜駅の東口に 設置されていた大時計(稼動状態に復元)なども展示されていました。
歴史展示コーナーでは横浜市の発展に伴い拡大されてきた 市電の歴史と、バスに移行していく時代の移ろいが分かりやすく 展示されていて、こちらも元・横浜市民としては感慨深いものが ありましたね〜 後、単純に懐かしいものもあって楽しかった(笑)
で、横浜市電の運転シミュレーター
これが最高に面白かった!! 赤信号交差点にノーブレーキで突っ込んだり 交差点の真ん中で停車したまま動かずに警笛を鳴らしまくったり ・・・・もうね オッサン3人で大爆笑な運転テクを披露しあってました(笑)
で、次の目的地へ移動する途中でキタイが見つけて来た 『旧柳下邸』へ立ち寄って見学!
旧柳下邸の建物は明治〜大正期の有力商人であった柳下氏により 大正中頃に建設されました。 大正12年(1923年)の関東大震災では一部倒壊したものの、 大部分は損失を免れ、その後、戦争など激動の昭和史の中を柳下家の 人々により大切に守り受け継がれてきました。 横浜市が平成8年(1996年)に敷地を取得し建物の寄附を 受けて、出来る限り創建当時の姿に復元し 「根岸なつかし公園 旧柳下邸」として一般公開されています。
建物は東館、西館、洋館、蔵から構成されています。
洋館の屋根は規模は小さいですが、元々高台に建っている事もあり 周辺の町並みからは突出した高さを持っていることから、近隣でも 存在感のある存在となっています。
東館、西館の屋根は「むくり」を持たせた入母屋造りの 和瓦葺きです。 東館は棟の向きが直交しているため、4つの入母屋屋根の複雑な 構成になっています。 洋館の屋根にはフランス瓦が葺かれていて、ドーマー窓、銅の棟飾り がついています。
各館には確りと特徴があり立ち寄って良かったです☆
さ〜旧柳下邸を後にして再び歩きだします。 目指すは『根岸競馬場一等馬見所跡』
本当は馬の博物館と言う博物館に行く予定だったのですが この博物館 マジでやる気が無くて、コロナが始まってからずっと 殆ど営業自粛で閉まってます(汗) しかも今回みたいに諸々の規制が解除になっているタイミングでも 自粛が多く、今回は珍しく開いていると思えば 「展示品入れ替え作業の為、臨時休業」だと!? 自粛中に終えてろ愚か者が!!!(怒)
取り敢えず、ここに行く気はもう無くなったので後は建物が 崩壊するまで営業自粛してようがどうでも良いです(嘲笑)
ってな訳で、博物館(仮)を通過して 巨大な公園を黄色く染め上げる大銀杏の木々を眺めながら 進んで行くと、凛々しく聳え立つ3基のエレベーター塔。 凝ったデザインの丸窓やアーチ型のアクセント、そして壁面を 覆い尽くす緑の蔦。 根岸の丘の上に屹立するこの圧巻の廃墟こそ 旧根岸競馬場一等馬見所です。
幕末に日本初の洋式競馬場として建設され、東洋一の規模を誇って いた根岸競馬場。 当時は人々の社交場として賑わいましたが、第二次世界大戦により 閉鎖され、現在では旧一等馬見所のみが残されています。 旧一等馬見所の内部の見学は出来ませんが、外側から見学する事が 出来ます。
根岸競馬場が完成したのは幕末の1866年。 翌年に日本で初めての洋式競馬が開催され、その後76年間に わたってレースが行われました。 当初は居留外国人の娯楽として始まった洋式競馬でしたが、 やがて日本人、とくに貴族に親しまれるようになり、根岸競馬場は 日本人も含めた社交場として賑わいました。 競馬は春と秋の年2回開催、現在の天皇賞や皐月賞にあたるレースも 行われていたそうです。
日本各地に建設された競馬場のモデルともなった根岸競馬場ですが、 第二次世界大戦の激化により、1942年に競馬の開催が休止、 翌年には競馬場も閉鎖されました。
戦後、根岸競馬場は米軍により接収。 1969年に一部施設が返還されましたが、競馬場としての 再起には至らず、老朽介していた二等馬見所やパドックも解体。 唯一残された根岸競馬場の遺構が、この旧一等馬見所なのです。
現在残されている旧一等馬見所は、関東大震災によりそれまでの 馬見所が壊れた後、1930年にアメリカ人建築家 J・H・モーガンの設計で新たに建設されたものです。
当時は東京湾や三浦半島まで見渡せる眺望の良さで、貴賓室や レストラン、騎手室などを備えていました。
旧一等馬見所は、本格的な修復が行われることなく現在に至りますが、2009年にはその価値が認められて、経済産業省により 近代化産業遺産に認定されました!
米軍施設となっている正面側から見ることはできませんが、裏側と 横からその雄姿を眺める事が出来ます。
来た道を途中まで戻って、根岸駅では無く 隣りの山手駅まで3人で今日の感想などを言い合いながら 歩きます(笑)
駅で電車に乗って横浜駅まで移動 キタイはここで別れて帰るので、駅で別れて俺とミッキーは 飲み会モードへ!(笑)
『横浜』にて、まず本屋に立ち寄って買い物をしてから 始めてはいる相鉄口の「さがみ」と言う海鮮系の居酒屋へ
ま〜まずは乾杯☆
この先の旅の予定などを肴に2人で飲んでいたら、1時間後くらいに 飲み会から参加予定だったユウキから 「横浜到着。・・・旦那さん(ユージさん)も参加して良い?」と 連絡あり(笑)
マジでさっき「最近ユージさんと会って無いな。また飲みたいな!」 って話をしていたばかりなので渡りに船状態(笑)
やって来た2人と合流して4人で乾杯☆
結構店が混んで来ましたが、頑として退かぬ!と4人で 飲み食いし続けます(笑)
で、ここで仕事後のシゲとクロがそろそろ合流する感じだったので 店を代えましょうと退店。
で、やって来た2人と落ち合って近くの居酒屋へ突入して 2次会です!飲み直しです!!
ま〜酔い潰れてへべれけになるユウキは何時もの事なので 旦那さんに任せて飲むよ!
おっと!ユージさんから 「飲むのに邪魔だから1人であっちで寝てなさい」と 見捨てられてます(笑)
結局終電ギリギリまで飲み続け 会計も取り敢えず幾らくらい!と言ってドタバタと皆から金を 回収して、確認もせずに店員さんに渡して、お釣りを幾らか確認せずに 回収して慌ただしく解散(苦笑)
本当にギリギリ小田急の終電に間に合う電車に飛び乗って 帰りました(汗)
で、帰宅してから財布を確認したら ・・・・・・・・・・あれ? 予想以上に金が残ってる???
ま〜良いか☆(マテ) 取り敢えず馬の博物館はムカついたけど それ以外は概ね予想以上に楽しかったし 飲み会も楽しかったので良い1日でした♪
翌日、気になって一応皆に確認したのですが 誰も詳しく覚えているヤツが居ない(汗)
年下のクロとシゲが多く出してなければ良いか? 多分ユージさんが多く払っている気がするが ユウキに聞いたら「OKOK!大丈夫!楽しかったって!!」で 終了しました(ヲ)
いや〜
楽しかったのでこちらこそ是非また参加して欲しいですが・・・ 今度は確り精算額確認して割り勘しますので 今回はご容赦ください(滝汗)
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