すげー久しぶりに土日イベント! ・・・日帰りですが(苦笑)
行き先は愛知・・・岐阜との県境付近ですが
ずっと気にはなっていた明治村へ初の見学に行きます!
面子は俺とクラウザーともりへー
本当だったらコチヤも参加予定だったのですが、現在体調不良で 通院中の彼は「近場の遊びだったらOK」と医者に言われていたので 参加する気満々だったのですが、医者に行き先を聞かれて 「愛知」と言ったら「遠い!!!」と怒られ不参加に(滝汗)
・・・・・近所だよね??(苦笑)
1時前に伊勢原駅で2人を拾って出発♪ 秦野中井ICから東名に乗って西へ西へ!
ま〜途中、新東名では無く東名を使ったので久しぶりに浜名湖SA に立ち寄って小休止・・・
飲み物や夜食を補給して、後は一気に目的地の 最寄りPAである守山に明け方到着して仮眠を取ります・・・
いや〜行き先が近所で回る箇所も少ないから 休憩多めで余裕ですわ〜〜(笑)
朝、起床して再出発 高速を降りて、やや山道を通りやって来ました『明治村』
最初、明治村って聞いて 「日光江戸村の明治時代ヴァージョンでしょ?」 って思っていましたが・・・
明治時代の建造物等を移築して公開し、また明治時代の歴史的資料を 収集したかなりガチな施設でした(汗) 1960年代、第四高等学校(現在の金沢大学)の同窓生だった 谷口吉郎(博物館明治村の初代館長)と土川元夫 (名古屋鉄道(名鉄)社長、後に同会長となる) の2人は、戦後の 急速な経済成長の蔭で失われつつある明治時代の建築物のうち、 歴史上にも文化芸術上にも価値があるものを末永く保ちたいとの 意見で一致し、そのための財団設立を構想したのが「明治村」の 発端だそうです。
・・・・・志が崇高過ぎて尊い(笑)
入村する前に何故かハウスダストの発作で くしゃみが止まらずに大変な目に遭うトラブルに 見舞われ、くしゃみが治まるまで15分以上足止めを喰らう 羽目になりましたが、何とか入村(涙)
で、この明治村 広大な敷地に貴重な文化遺産が大量に移築されている テーマパークでは無く普通に博物館 屋外博物館です!!
目立つものだけでも
「西郷従道邸」 フランス人建築家レスカスによるものとされる、西郷従道の邸宅の 接客用の洋館。 明治10年代に建設。 木造二階建て銅板葺。 1964年(昭和39年)に西郷山から移築。 内部で展示されている調度品の多くは鹿鳴館や赤坂離宮で 使用されたもので、二階のベランダは雨水を流すため若干の 傾斜をつけるなどの細やかな工夫が随所に見られる素晴らしい 邸宅です!
明治村移築前は国鉄スワローズの選手宿舎として使われ畳を 敷いていたとされ、移築にあたっては名鉄が保存していた 国鉄キハ6400形蒸気動車の所有権を国鉄に返却し等価交換 してもらう形をとったそうです(笑)
「旧西郷従道住宅」として、1965年(昭和40年)に 重要文化財に指定されています。
「聖ヨハネ教会堂」 宣教師でもあるアメリカ人建築家ガーディナーの建築。 日本聖公会京都五条教会として1907年(明治40年)に建てられた 木造煉瓦造二階建て銅板葺。 1964年(昭和39年)に移築。細部はゴシック風。 「旧日本聖公会京都聖約翰教会堂」として、1965年(昭和40年) に重要文化財に指定。
「品川灯台」 フランス人技師レオンス・ヴェルニーらの設計。 明治3年点灯。 避雷針先端までの高さは約9m。 現存する洋式灯台では日本最古です。 1964年(昭和39年)移築。 「旧品川燈台」として、1968年(昭和43年)に 重要文化財に指定されました。
ブラントンの指導の下、竹内仙太郎が製造した「菅島燈台附属官舎」 イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンらの設計。 明治6年建設。 灯台守の宿舎として使われた煉瓦造平屋建て。 三重県鳥羽市の菅島より1964年(昭和39年)移築。
「旧菅島燈台付属官舎」として主屋と倉庫がそれぞれ、1968年 (昭和43年)に重要文化財に指定された。
「札幌電話交換局」 防火の観点から札幌軟石を用いた石造で建てられた一階はアーチ窓、 二階は楣窓を採用しており二階窓下には花紋が連続しているお洒落な 建物。 1898年(明治31年)建設。 1965年(昭和40年)移築。 「旧札幌電話交換局舎」として、1968年(昭和43年)に 重要文化財に指定された。
「呉服座(くれはざ)」 1892年(明治25年)に大阪府池田市に建設された木造二階 建杉皮葺き。 歌舞伎や芝居の他、演説会場としても使われ、尾崎行雄、 幸徳秋水も演説を行っている由緒ある施設。
「旧呉服座」として、1984年(昭和59年)に 重要文化財に指定された。
「三重県庁舎」 1879年(明治12年)の建築。設計は清水義八。 「旧三重県庁舎」として、1968年(昭和43年)に 重要文化財に指定。
「東山梨郡役所」 東山梨郡役所として1885年(明治18年)に日下部村小原西 (現山梨市)に建設。 山梨県初代官選知事藤村紫朗の推進した「藤村式建築」と呼ばれる 擬洋風建築のひとつ。 木造二階建、桟瓦。壁は漆喰。大工棟梁は赤羽芳造、 工事請負人・左官は数多くの藤村式建築を手がけた土屋庄蔵。 正面にベランダを配し、両袖に入母屋の平屋が附属した 左右対称形は当時の官庁建築としては典型的である。 玄関天井には土屋庄蔵の手がけた漆喰絵が残されています。
東山梨郡役所は1879年(明治12年)に根津兵衛宅であった 東山梨郡平等村(山梨市)の平徳寺に開庁。 明治18年に長鯉淵忠富をはじめとする有志により寄付が募られ、 同年7月7日に起工され、同年8月28日に上棟、同年10月10日に 完成。 1923年(大正12年)3月の郡制廃止まで郡役所として利用され、 1927年(昭和2年)3月から1962年(昭和37年)まで 日下部警察署庁舎となりました。 その後は山梨市の鶴田栄一が所有し、1964年(昭和39年)に 明治村に寄贈され、同年10月3日から1965年(昭和40年) 7月15日にかけて移築が行われました。
「宇治山田郵便局」 1909年(明治42年)建設。木造平屋建銅板葺。 設計は当時の逓信省の技師白石円治。 三重県伊勢市(旧 宇治山田市)の伊勢神宮外宮前に所在した 郵便局舎で、外観はハーフティンバーを基調としている明治時代の 木造郵便局舎としては現存する唯一のものです。 「博物館明治村簡易郵便局」として普通に営業中(笑)
「旧伊勢郵便局舎(宇治山田郵便局舎)」として、1999年に 重要文化財に指定。
「東松(とうまつ)家住宅」 1901年(明治34年)の建築。愛知県名古屋市中村区船入町から 移築された木造建築では珍しい三階建て。 「旧東松家住宅」として、1974年に重要文化財に指定。
「旧西園寺家興津別邸(坐漁荘) 1919年(大正8年)の建築。 「旧西園寺家興津別邸(坐漁荘)3棟」として2017年2月23日 比較的最近に重要文化財に指定された施設です。 1971年に当地へ移設。
そして最大の見どころ(俺的には!) 「帝国ホテル中央玄関」 フランク・ロイド・ライトの代表的作品!! (関東大震災と同年の1923年竣工)として知られ、同ホテルの 建て替え構想が発表されると、即時に日・米両国で保存を求める声が 高まった名品!! 記者会見でコメントを求められた佐藤栄作首相により、明治村に 再建する案が提示されました。
1967年にホテルは取り壊され、1976年から十数年の歳月を かけて移築工事が行われ、1985年に再建。
玄関部分だけとはいえ、明治村最大の建物です。
「明治村帝国ホテル中央玄関」として、2004年2月17日に 登録有形文化財登録。
普通に中に入れ、寄せ木細工のような複雑な建造物は内部も 複雑でありつつ統一感のある素晴らしいとしか言えない 芸術品の様な建物です・・・
ま〜上記だけでも大量にあり、かつ観光地のメイン級ですが それ以外にも鉄道、郵便、酒造業、病院、裁判所、芝居小屋、学校、 教会、灯台、鉄橋など多岐に渡り大量に移築された建築物の オンパレードで、歩き続けても全然見終わらない(泣笑) 9:30に入村して、当初の予定ではサクッと見学して昼には 出発して次の目的地へ移動する計画でしたが・・・・・
トンデモナイ(涙)
12時過ぎでまだ半分弱しか見終えておらず、もりへーの アプリの万歩計が既に1万を経過(汗)
途中、空腹に心折れそうになりましたが、当時の味を再現した と言うカレーを食って回復して残りも歩き続けて 15時過ぎ・・・・
何とか1周して見終えました(汗)
もう、この時点で今日の計画は狂いまくりですが 非常に面白かったのでオールOK(笑)
ま〜でも折角なので次の目的地を目指して疲れた体に 鞭打って出発です(涙)
県境を越えて岐阜県へ 『土岐』のご当地グルメ「てりかつ丼」を食いに行きます♪
てりカツ丼はトンカツを卵とじにするカツ丼と違い、どろッとした 独特のソースがかかったカツ丼です。 福井県や長野県のソースカツ丼と同じ形ですが、てりカツのソースは もっと洋風な雰囲気です。 イメージとしては、ケチャップにドミグラスソースを加えてさらに 和風だしで味に奥行きを出した感じ?
ご飯の上に千切りキャベツが乗り、その上にサクサクのトンカツを のせてから、甘酸っぱいソースを仕上げにかける。これがてりカツ丼 の定番スタイルとの事。
「ちちや」と言う発祥の店で食います!
・・・ま〜予定が狂ったせいで 土岐に到着した時には既に夕方で、丁度昼休憩中(涙)
一応、近所に車を停めて、土岐駅前だったので駅を見学して 路線図や終電時間を見たりして楽しんだり? 時間を潰せる場所が駅前なのに何も無くて コメダ珈琲に入って、コーヒーにケーキなど頼んでマッタリ 食ったりして時間を潰します(笑)
で、コロナのせいで通常よりも夜の開店時間が遅くなっていて 散々でしたが、営業はしてくれていたので一安心です(汗)
勿論3人ともてりかつ丼を注文! 味は見た目よりもソースがさっぱりしているので そんなに重くも無く食えました。 ソース味でもケチャップ味でもドミグラスソース味でも無い 不思議な味でしたが美味かった♪
食いながら「予定通りだったら、もう今頃は伊勢原に戻って 居酒屋で飲む?ってやってた時間なんだけどね〜 まだ岐阜に居るね〜」と凹みます(泣笑)
さ〜食ったら帰るよ〜〜
最寄りICまでの下道が丁度帰宅ラッシュの時間にぶつかり 混みましたが、高速に乗ってしまえば後は全速力て東へ進みます! 東海環状自動車道経由で東名へ ま〜流石に時間も時間なので、途中2〜3箇所でやや渋滞に ハマり、疲れから眠気にやられ浜松SAで休憩を取ったりしつつ
22時過ぎに伊勢原駅で解散〜
いや〜 明治村
テーマパークだと思っていてマジでごめんなさい(苦笑)
予想以上に凄い施設でした! ゆっくりと見て回ったら、ここだけで1泊2日のイベントが 出来ますよ(笑) 特に明治時代好きや建築物好きには堪らない場所でしょう(笑)
久しぶりの土日イベント 予想以上にハードコースでしたが、その分楽しさも予想以上 だったので結果、大満足です♪
それでは今回もお疲れ様でした・・・ 割とマジでお疲れ様でした(苦笑)
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