| 2021年05月30日(日) |
地質のレアスポットへ! |
久しぶりに土日イベントです! 日帰りですけどね(苦笑)
面子は俺とクラウザーの2人
手堅く春の長野へ行って来ます♪
1時前に伊勢原駅前でクラウザーを拾ってから 厚木ICより高速に乗って長野を目指します!
車内では1年前に転職したクラウザーの新たな職場で 現在勃発している割とマジで洒落にならないトラブルの 顛末?修羅場中?の話でした(笑)
で、一旦山梨県に入り談合坂SAで休憩 神奈川県は無駄無意味な緊急事態のアレのせいで夜間飲食店は 高速道路上も全滅ですが、山梨県に入れば宣言が出ていないので 普通に飯屋はやっています♪
嬉しくなって深夜にガッツリすた丼(ニンニクマシマシ)で 食ってました(マテ)
で、再度移動を開始して諏訪の岡谷JCTで南下して南信州へ
最寄りの辰野PAにて車内で仮眠を取り 朝方に起床
まずやって来たのは『南原のフクロナデシコ畑』 南箕輪村南原の国道361号線、伊那谷から権兵衛トンネルへと 続く道路沿いに突如現れるまさにピンクの絨毯! 伊藤照夫さんと言う個人の方の畑です(笑)
あまりの規模と南アルプスに囲まれた一面の ピンクのフクロナデシコの風景は見事の一言! そしてそんな畑を維持して、更に無料で開放してくださっている 伊藤さんにはマジで感謝です☆
続いて近所にある『飯島陣屋跡』を見学 延宝5年(1677年)から190年間、南信濃の天領を支配した 陣屋跡で、明治維新後は伊那県庁が置かれた場所です。 明治4年、伊那県が廃止されて筑摩県に併合されると、飯島陣屋は その役目を終え、解体処分されました。
その後、1994年(平成6年)、飯島町内をはじめ、長野県内や 愛知県などに残る古文書を調査、また陣屋跡の発掘調査により、 現在建っている建物は当時と同じ位置、同じ構造様式で新築復元された 貴重なものです! 残念ながらコロナのせいで臨時休業中だったので、敷地の外から 復元された陣屋を見学して撤収(涙)
ここから一気に山奥へと入って行きます!!(汗)
南アルプスと伊那山脈に囲まれた 「日本で最も美しい村」連合にも所属している大鹿村へ 延々と山道を進んで到着です(汗) まずは村の入り口?に建立された『福徳寺』を駐車場に車を 停めて参拝です。 この寺は平治二年(1160年)に開かれ、鎌倉時代に入って建物が 完成したと伝えられています。 中世には天台仏教の道場で、元天台座主だった宗良親王が この地を拠点としたのも、この地に古くから仏教文化が根付き、 修験者の往還があったためと考えられています。
この建物は現存する信濃最古の建造物といわれ、天保十年には 老中水野忠邦が浜松に移築しようとして譲渡を求めましたが、 村民の反対によってこの地に残された伝承が残っています。
内部は公開されていませんでしたが、須弥壇の上に阿弥陀如来、 薬師如来が安置されており、脇に聖観世音菩薩と毘沙門天が侍立して いるそうです。
この後は目的地が見付からず若干迷子になりかけましたが 何とか見つけた『大河原城址』を見学! 大河原城は、南北朝時代に大河原、鹿塩、大草を領した 香坂高宗の居館があった場所です。
宗良親王は興国五年(1344年)頃に初めてこの城に入り、 その後もこの地を拠点のひとつとして行動していました。 碑の向こうは川の断崖になっています。 城の大部分は川の侵食によって崩落してしまい、現在は城跡の一部 と石碑が残っているだけでした。
ま〜ね 暑い! 天気が良くて空が高く、峻険な山々が青空に映えますが ・・・・・暑い!!! そしてセミが五月蠅い(汗)
山奥から温泉を目指しましたが、幾つかある日帰り出来る温泉は コロナで全滅。 飲食店も個人店は臨時休業 観光地も山奥の道が去年の大雨で崩落して、そのまま潰れた ままなので行けなかったりと、無駄に山奥を車でとは言え ウロウロする羽目になりましたが、山を少し降りて 村の方へ戻り『大磧神社』へ
秋葉街道から東にそれた小高い丘の上に建つ神社で 大鹿村は実は歌舞伎が有名で、ここは、春の大鹿歌舞伎が 演じられることで有名な所です。 現在でも毎年5月3日に定期開催されるそうです。 300余年も前から各集落の舞台で演じられてきたもので、江戸 から大正期には禁令とされ弾圧された時期もあったようですが、 奉納歌舞伎という名目でかいくぐって受け継いで来たのだそうです。
急な坂を上って行くと、いきなり木製の大きな鳥居が現れ 鳥居の奥には、2本の御柱が鎮座していました。
更に小高い丘の急坂を登った先にて『松下家』を見学!
大鹿村南部、険しい山上にある重要文化財建築! マジで急で狭い道を登ると小さな集落が見えて来ます。
かつては山上が秋葉街道メインルートで、川沿いは多発する水害の ため居住不可だったそうです(汗)
係員のおじいちゃんに案内して貰いながらの見学です♪ 数年前まで松下家の方が居住していた家なので北半分には未だに 生活の痕跡が見受けられます。 かつて豪農のため南半分に豪華な部屋があり見所が満載! 圧巻は中央の巨大な黒い梁と一間ある大きな囲炉裏。 特に1本ものの巨大な梁で、木を1本丸まる使っているそうです。 そしてこのサイズの梁は松本城でも使っていないそうです!!
後は、建築材には不向きな ブドウの木(不均一で曲がりくねっている)を上手に贅沢に 使用した床の間の梁とか最高に素晴らしい!
マジで見る所が多々あって面白かったです☆
で、流石に腹が減ったので 道の駅なら何か食えるだろうと思い 『大鹿村』にある道の駅「道の駅歌舞伎の里大鹿」に立ち寄って 閉店間際のレストランにてギリギリ滑り込みセーフで 地元で獲れたシカを使った 俺は鹿のステーキ定食を クラウザーはジビエカレーを食いました!
食後、道の駅で土産を買ったりしてから 『市場神社』へ こちらは毎年秋に歌舞伎が奉納される場所です。 観光地化がされていないとても落ち着いた静かな場所でした。 ただ特徴的だったのは歌舞伎で使用する回り舞台が 神社の建物に併設していて珍しい造りをしていました。
さ〜再び山奥の道を進んで行き、今日のメイン? 『北川露頭』へ!!
実はここ、中央構造線の断面が自然に露呈して見る事の出来る 非常に珍しいポイントです! そもそも中央構造線とは、西南日本を九州東部から関東へ横断する 世界第一級の断層で、とても長大な断層です。 断層というのは、大地の中のズレ目をいいます。 「構造線」は、「断層」のうち、たくさんずれ動いた結果、両側に 違う岩が並んだ、異なる地質の境界線になっている断層をいいます。
駐車場に車を停めて、少し歩き出て来た階段を降りて行きます。 階段下から露頭を見上げると、垂直方向に、両側の岩の色の違いが はっきり分かります。
鹿塩川が蛇行して中央構造線を横切って掘り下げているので、川に 面して中央構造線の断面が見えます。
左側の赤〜褐色の方が内帯の領家変成帯の岩石(主に花崗岩)、 右側の緑〜黒色の方が外帯の三波川変成帯の岩石 (主に緑色片岩と泥質片岩)です。
今立っている大地の下のこのラインで2色の異なる地質で 分かれていると思うと不思議な感覚です(笑)
さ〜帰りますよ〜〜
最寄りのICまでは延々と山道を走り やっと高速に乗ったと思ったら、長野県内は順調に流れていたのに 山梨県に入ってから渋滞に(汗)
談合坂SAで休憩を取りつつ進んだり止まったりの渋滞に 延々と突入です(涙)
ま〜でも、途中からクラウザーと始めた周辺の車のナンバープレート の地名で県内、エリア内ビンゴをやり出したら、意外と揃いそうで 揃わなかったり、ドエライ遠いナンバーを見つけてテンションが 上がったりで楽しかった(笑)
ま〜最後まで渋滞に付き合う気は無かったので、相模湖ICで降りて そこからは・・・また山道を通過して帰りました(苦笑) 雨まで降って来るしね(涙)
15:30に北川露頭を出発して 伊勢原駅でクラウザーと別れたのが21時頃でした。 渋滞が無かったら20時前には解散できたのに(汗)
ま〜渋滞は土日イベントの宿命で諦めていますが それ以外は予想以上に盛りだくさんで楽しい一日でした!
温泉とこの辺りには見たい場所もまだあります。 メインの場所はコロナの影響で長期休業中ですので コロナが落ち着いたら、そこをメインに周辺も再度観光しに 来ようと思います!
今日もお疲れ様でした☆
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