| 2018年11月12日(月) |
懐かしい出雲へ!(前) |
11月も旅は続く(笑)
今回は1泊旅です。 メンツは俺と老ちゃんとキタイの3人!
場所は去年、余りの値段の高さと空席の少なさに 諦めた出雲!(過去日記参照)
ま〜去年よりはマシとは言え今年も予想していたよりも 高くてキレそうでしたが(怒)
って言うか、これだけ無駄に高いと、もう余程の事が無い限りは 出雲に行く事も無いかな〜ってすら思う(汗)
でも折角、色々考えて少しでも安くなるように頑張ったので メイッパイ楽しみたいと思います!!
0時に我が家を出発し、三ツ境駅でキタイ 横浜駅で老ちゃんを何時もの様に拾って『羽田空港』へ
6時の便だったので少ししか車内で眠れませんでしたが、全く 寝ていないよりは遥かにマシです(汗)
5時頃に起きて空港内へ移動 搭乗手続きを済ませて、少しでも仮眠(苦笑)
羽田空港を定刻通りの6:05に出発して山陰地方へGO!
島根の出雲空港は便は空きが殆ど無いは、有っても程よい時刻 のフライトは追加料金が往復でとは言え何万もプラスになる クソ仕様だったので、お隣の鳥取の『米子空港』へのフライトです。
空は少し荒れていて機内は若干揺れました。 怖いって言うよりも、貴重な睡眠時間が揺れで起こされて邪魔される イラつきですね(汗)
定刻よりやや遅れて8:30頃に到着。
レンタカー屋に電話をして迎えに来て貰います。
迎えのバスに乗り込んでレンタカー屋へ 手続きを済ませて、さぁ観光スタートです♪
まずは山陰道を使って島根県へ移動!
やって来ました1発目! ・・・・・・・・・『三刀屋城址』
はい 早速マニアックです(笑)
城の歴史としては、承久の乱で功のあった諏訪部(三刀屋)扶長が 地頭となってこの地に下り、三刀屋城を築いたと云われています。 この城を居城として、三刀屋氏は約360年に渡ってこの地を 治めました。 山陰と山陽とを結ぶ街道沿いに位置する交通上の要衝で、 三刀屋氏は戦国時代、尼子氏の配下として活躍しており、三刀屋城 は尼子氏の居城・月山富田城の防衛拠点「尼子十旗」の3番目に 数えられました。 現在は城はなく、三刀屋城址は公園として整備されいます。 ・・・・・・山城!?と思いきや車で山頂付近の本丸の近くまで 登れる親切で優しい山城でした(笑)
遺構は郭、土塁、堀、石垣 本丸から見下ろす深い山々に囲まれた町並みは 素晴らしい景色でした♪
さて、腹が減った! 昨日の夕方から何も食っていない俺(涙) 丁度、今いる場所が『雲南』エリアですので、ご当地グルメ 「うんなんオムライス」を食います!!!
平成23年4月、『たまごのまち』をめざして 「うんなんたまごプロジェクト」が始動。 そもそも雲南地域は昭和40年代から養鶏が盛んで、現在でも 9か所の養鶏場で約20万羽の鶏が飼養されていて、年間約6千万個 の卵が生産されています。
今回は朝早くから営業している店から候補を絞り、道の駅内の 食堂に決めました! 店舗ごとに特徴がありますが、ここは正統派の昔ながらのオムライス!
早速開店直後の店に突撃して、まだ準備が終わっておらずに 店員がウロウロしている中で「編オムライス!!大盛りで!!」と 元気にご挨拶♪(ヲ)
いや〜美味かった!
腹も満たされ観光再開!! 『須佐神社』へとやって来ました。 出雲国風土記にも登場する由緒ある古社で須佐之男命 (スサノオノミコト)が自ら御魂を鎮めた神社で、全国に数多くある 須佐之男命ゆかりの神社の中で唯一、御魂を祀り、島根県の文化財に 指定されている本殿は、出雲大社とともに代表的な大社造りの 建物です。
山間エリアから海側へと抜けて日本海が広がる海岸線沿いに作られた 『手引ヶ浦台場公園』を見学。 出雲神話からその名が生まれた手引ケ浦台場公園 幕末の頃、松江藩は外国船備えて海辺の用地に「唐船番」という 兵団を置いて監視を行ないました。寛政12年(1800年)に 出雲の国と石見の国との国境に位置する田儀浦(現在の田儀港)にも この唐船番が設けられ、文政3年(1820年)には「船乗組」と いう船団も編成されました。 この地でも、天然の良港である田儀湾の東の手引ヶ浦の高台と、 湾の西にある田儀川河口の2ヶ所に台場(砲台)を築き、 それぞれ大砲が3門ずつ配備されていたそうです。 復元された大砲は、鳥取県琴浦町の台場を参考に、大砲については 下関市立長府博物館所蔵の八十斤加農砲(様式大砲)の模型と、 新潟市郷土資料館所蔵の三貫目玉大筒(和式大砲)の模型をもとに 複製されたものが設置されて海へと睨みを利かせているので 中々に雰囲気のある砲台跡になっております♪
再び山間へと戻ります! 次にやって来たのは『神西城址』 築造期は1500年ごろと伝えれれており、戦国時代の尼子の武将 神西氏の山城だったそうです。 市内が一望出来、本丸跡に東屋などが建てられ整備されています。 眺めはとても素晴らしかったです! 西方向には、眼下に神西湖が見え、その向こうに日本海の水平線が 広がっています。 北東には出雲市街の景色も見えます。
因みに神西城は正式には竜王山竹生城と言うそうです。 今は城の原型はなく、曲輪と堀切と城跡の石碑が残るのみですが、 夏場には神西祭り時期に合わせて、お城の天守閣の形のライトアップ を行っているそうです! 城主の神西氏は、小野篁を祖とする小野氏の一派だったと伝えれれて おり、鎌倉時代には「尼子十旗」の七番目の城とされました。
因みに「尼子十旗」とは、尼子氏が、毛利氏の出雲侵略に備えて 守りを固めた、前略城重要な10ヶ所の城の事です。
さて、次は一気に市街地へと移動します。
やって来たのは『出雲大社』
今更説明不要の超・メジャースポットです(笑)
俺らにしては珍しく観光客の集団に紛れて観光(苦笑)
・・・ま〜流石は出雲大社 素晴らしいものは素晴らしい 何度見ても良い物はいいですね♪
今回は出雲大社の参道をメインに散策してみる事に
まずは出雲大社から参道を南下して行き出雲市大社町と 松江・JR出雲市駅を結ぶ私鉄一畑電車の出発点が神門通りの中ほどに ある『出雲大社前駅』を見学。 駅舎は昭和5年(1930年)に建てられた鉄筋コンクリート 平屋建て、ふくらみのある半円形の緑の屋根を持つ外観で 親しまれています。 内装は、白く塗られた内壁や高い天井、窓はステンドグラスに なっています。 勿論現行の駅なのでローカル線の穏やかな雰囲気も合わせて感じる事が 出来、久しぶりに電車の旅もしたいな〜と改めて思いました・・・
再び参道を来た道バックして出雲大社前の 「八雲」と言う蕎麦屋にて昼飯を食いました。
昔、出雲に来た時に入った蕎麦やと同じ店ですね(笑) (過去日記参照) 『出雲』名物の「出雲そば」とデザートに「出雲ぜんざい」を食って ご機嫌です♪
お次は参道から車で移動して海岸線へGO! 海岸線の駐車場に車を停めて徒歩で『因佐神社』へ参拝です。 途中には『屏風岩』があります。 この岩陰で国譲りの話し合いがされたとされてます。 「出雲国風土記」に「伊奈佐乃社」と記される古社。 祭神は、天照大御神の命により天降られ、稲佐の浜で大国主大神と 国譲りの話し合いをされた建御雷神。
武勇の神様として知られ、勝負・進学・受験の神様として 広く知られています。 地元では、速玉(はやたま)さんと呼ばれています。
参拝後、車を停めたまま海岸へ移動 この辺りの浜辺は『稲佐の浜』と呼ばれています。 出雲大社の西方1kmにある海岸で、国譲り、国引きの神話で 知られる浜です。 浜辺の奥に大国主大神と武甕槌神が国譲りの交渉をしたという 屏風岩があり、海岸の南には、国引きのとき、島を結ぶ綱になったと いう長浜海岸(薗の長浜)が続いています。 また、この浜は旧暦10月10日に、全国の八百万の神々をお迎え する浜でもあります。 稲佐の浜に一際目立つ丸い島があります。 地元では「べんてんさん」と呼ばれて親しまれている島で、かつては 稲佐湾のはるか沖にあったため、沖ノ御前、沖ノ島と呼ばれていました。
昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、 近年急に砂浜が広がり、現在では島の後まで歩いて行けるように なりました。
再び市街地へと戻り、先ほど歩いた参道を更に南下して『旧大社駅』 へとやって来ました。 1912年(明治45年)に出雲今市と大社間を結ぶ大社線が開通し、 それに伴い開業したのが「国鉄大社駅」です。 出雲大社の表 玄関口として参拝客など多くの人で賑わい、一時期は 東京・大阪・名古屋から直通列車が運行されていたほどでした。 現在の駅舎は1924年(大正13年)に改築されたもので、 木造平屋建て。 大社線廃止後、駅舎を調査した際 に発見された上棟式の棟札から、 設計したのは当時の神戸鉄道管理局の技手であった丹羽三雄氏で あることが分かりました。
木造建築の駅舎は全国でも珍しく、黒い屋根瓦に漆喰の白壁という 純和風のデザイン。 1990年の大社線の廃止により駅舎も惜しまれつつ役割を 終えましたが、豪壮な外観とその存在感は今なお健在です。
左右対称で社殿風な造りは出雲大社を意識しており、中央屋根 部分の両端には鴟尾(しび)、屋根の合掌部分には懸魚(げぎょ)が 取り付けられています。 また鉄道駅らしさを感じる動輪マーク入りの鬼瓦や、屋根の下り棟 の先端には様々な形をした亀の瓦も見られ、威風凛然とした外観に 遊び心を感じます。 建築にあたっては当時の建築界の先駆者であり、同時期に出雲大社 神苑の整備設計に携わっていた伊東忠太が助言をしたのではないかと 言われています。 往時を偲ばせる場所は駅舎の外側にも随所に残されています。 木製の改札口、忙しく動いていたであろう信号機、 たくさんの人が並び、列車に乗降していたホーム、 石製の団体用改札口。 二面三線の長いホームを持つ大社駅には今も線路が残されており、 三本目の線路にはSLの通称「デゴイチ」と呼ばれるD51774号機 が保存され、当時の光景を彷彿とさせてくれます。
駅前を通過して迷子になりつつもやっと辿り着いた 『阿須伎神社』 出雲大社の摂社で、こちらも「出雲国風土記」に記載がある古社。
主祭神は、大国主大神と多紀理比売命の御子神である 阿遅須枳高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)。 「出雲国風土記」には、三十九社の阿受伎神社が記されていますが、 合祀されて、今は一つになっています。
さてさて、後は宿へと向かうだけなのですが、阿須伎神社を探している 最中に見つけた・・・って言うか、阿須伎神社の近所にあった 『島根ワイナリー』へ立ち寄ってみました♪ 出雲大社から東へ約2km、国道431号線沿いにある地元産 ワインの大型テーマパークです。
実は大社町は、全国でも有数のハウスぶどうの名産地だそうで 特に4〜6月のデラウェアの出荷量は全国一で、この地のぶどうは 糖度も高く高品質と、市場でも高い評価を受けているとの事! その良質なぶどうを生かし、昭和61年にワイナリーが作られました。 南欧風の建物で、ワインはもちろんのこと、しまね和牛や ご当地スイーツなどグルメも充実! ワイン造りの工場の見学をさせて貰った後は売店へ・・・ ま〜運転手が俺のみなのでワインの試飲は出来ませんが ジュースの試飲があったり試食コーナーもあったので満足!
品揃えが充実していたので各自土産はここで購入しました(笑)
本日の宿はワイナリーから車で20分程度の 「ホテルサンヌーベ」と言うビジネスホテル。 飯無しプランだったので、行く途中で見つけたイオンモールへ 立ち寄って晩飯や晩酌用の地酒を購入!
・・・・立地は駅前って書いてあったのですが
流石は地方! 駅前だけどコンビニも無い!!! 飲食店?? ・・・・・・・すげー遠くに閉まっているシャッターが見える!(涙)
いや〜 イオンで飯買っておいて良かった(汗)
部屋で買い込んだ揚げ物だのピザだの刺身をガッツリ食って 就寝・・・・
目移りして色々買い過ぎたせいでかなり食い過ぎた(汗)
明日は米子へ戻りつつ行程をこなすだけなので余裕ですし 天気も今日と同じく良さそうなので楽しく行けそうです♪
それでは明日もがんばろー!
続く
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