もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2018年04月16日(月) 久しぶりの麦きり!

本当は前日の日曜日に予定したいた山形へ麦きりを久しぶりに
食いに行こうというイベントでしたが全員不参加で・・・・・・



流すか!!!


俺は麦きり食う予定なんだよ!!!!!って事で連休だった今日
予定が空いていたミッキーを誘って久しぶりの麦きりを食いに
行って来ます!






最初に言っておくと今回は色々と反省点が多い
イベントだったな〜(ヲ)

まず1つ目
俺は圏央道で行く気だったのでミッキーが伊勢原に来ると
ミッキーは東北道だと思い込んでいて家で待っていた
・・・・・22時頃には出発で来たのにすげーロスです(汗)
結局俺が家を出たのが23時過ぎ

2つ目
東名の集中工事だって事を忘れていた!
厚木〜横浜町田が通行止めになっていて大渋滞
知っていれば絶対にミッキーに電車で伊勢原まで来て貰ってた!

1時半過ぎにやっとミッキー宅前のコンビニで合流(涙)
首都高経由で・・・・・・
3つ目
首都高も工事中!!知らんがな!!!!(怒)
美女木が工事中で通行不可
結局そこで1度高速を降ろされて、所沢の市内をかっ飛ばして
所沢ICから再度高速に乗る羽目に!(怒)

もうね
イライラが1週して笑える(涙)

ここからはガンガン時間と距離を稼ぐぞ!って感じに
ノンストップで進みます♪
基本120kmで右車線爆走☆(マテ)

7:30までノンストップで爆走した俺は頑張った!
流石に眠い(涙)
朝日の道の駅で仮眠をとり、序でにミッキーに運転を交代して貰い
更に寝ます・・・・


最初の目的地に着いたのが

山形県の『温海温泉』

あつみ温泉の誕生は今から1000年以上も昔に遡ります。
弘法大師の夢枕に童子が立ち、その示現によって発見したとか、
傷ついた鶴が草むらから湧き出る湯に足を浸しているのを木こりが
見つけた、など諸説語られております。
庄内藩主酒井忠勝公が入国した後、藩公の湯役所が設けられ
以来近郊の湯治場として栄えてきました。
温泉宿以外にも町営の温泉が幾つかありその中でも一番メジャー
な「正面の湯」へ駐車場に車を停めてから向かいます。

いや〜
桜が満開!!

川の両脇に温泉宿が立ち並んでいたり古い建物が並ぶ商店街や
宿通りが至る所で桜が咲き誇り、生憎の曇天でしたが
素晴らしい春の風物詩を見る事が出来てテンションが
上がります(笑)
正面湯午前6時〜午後11時が営業時間ってのは調べておいたの
ですが、その内の9:30〜12:00が清掃時間で
一時閉まるのは想定外だった〜(涙)
時刻は10:50

車に戻って寝るか?何て会話をしていたら
辺りをウロウロしているな〜と思ってみていた爺さんが
「どこから来たの?」と話しかけてきます。
ま〜適当に「横浜〜さっき着いたけど閉まってるからさ〜これから
どうしようかって思っててさ〜」と応対


「最近、町内会の連中が煩いからな!
時間外に開けるなとか何とか・・・・」

・・・・ん?
ここで地元ディスされても(汗)

「入るなら静かに入ってね」

管理人さんだったの!?

まさかの奇跡的遭遇と神対応で
時間外貸切で入浴出来ました(笑)

さっぱりしてから鶴岡市へ移動♪
やって来たのは『致道館』
庄内藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、文化2年
(1805年)酒井家九代目・忠徳公が創設した藩校です。
徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に
応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、質実剛健な教育文化の風土を
育む土壌となりました。
現在は、表御門、聖廟、講堂、御入間などが残っており、
国指定史跡として一般に公開されています。
この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のもので、
歴史的、文化的にも価値が高いものとして知られています。

ま〜知っていたのですが
実は今まで鶴岡に何度も来ているのに(過去日記参照)
別の場所を致道館だと勘違いして見ていたんですよね〜(汗)
しかも近所まで来ておいて素通りしていた馬鹿さ加減(滝汗)

ここのリベンジは今回の大きな目的でもありました(苦笑)

続いて近所にある『大寶館』
大正天皇の即位を記念して大正4年(1915年)に建てられた、
赤いドームと白壁が特徴の洋風建築物。
開館当初は物産陳列場、戦後は市立図書館として利用され、
現在は、明治の文豪・高山樗牛や日本のダ・ヴィンチといわれた
松森胤保など、鶴岡が生んだ先人たちの偉業を讃える資料を
展示しています。

・・・・ま〜ここは過去にも何度か来ていますが
鶴岡でも桜が満開で、水堀と洋館と桜の画が素晴らしく
思わず立ち寄ってしまいました(笑)


さてさて!
メインイベント!!
『鶴岡』ご当地グルメ「麦きり」を食しましょう☆
何時もの「寝覚屋半兵エ」にて
俺とミッキーの2人で4〜5人用の盛りを更に大盛りにして注文♪

店員に注文を聞き返されたけど負けない(涙)


流石の麦きり!
安定の美味さ!!
めん類は喉ごし!!(ヲ)
あっと言う間に完食です(笑)


さて、山形を後にして新潟へと戻ります。
途中の海岸線沿いで少し寄り道して『笹川流』の景勝地を
ゆったり走ったり、道の駅に立ち寄って展望台から景気を
眺めたりとご機嫌です(笑)
笹川流れ・・・村上市にある11kmも続く海岸で笹川集落の名に
ちなんで付けられた笹川流れは、澄み切った碧い海と白砂の
コントラストが美しい場所として有名です。
また日本海の荒波の浸食によりできた奇岩、怪石などの岩礁や
洞窟など、変化に飛んだ風景が広がっています。


そのまま帰り道を進み、道中で『新発田城』へも立ち寄りました。
新発田城は、別名「あやめ城」とも呼ばれ、初代新発田藩主
溝口秀勝が慶長3年(1598年)に築城し、3代宣直の時に
完成しました。

新発田城は一般に多くある山城とちがって、政治・経済の中心として
交通の便利さを考え、平地につくった平城です。
石垣がすき間なくかみ合うようにきちんと積まれる「切込はぎ」と
呼ばれる美観を重視した技法でつくられ、北国の城特有の海鼠壁は
全国的にも珍しいものです。

新発田城はかつて本丸、二の丸、三の丸からなり、堀や石垣に
囲まれ、新発田川の水を巡らせた平城で、11棟の櫓と5棟の
門が並び壮観な景観を呈していました。
中でも、天守閣の代わりを果たしていたのが三階櫓です。
3匹の鯱を配するという独特の櫓で、全国にも例がない大変
珍しいものです。
平成16年に、この三階櫓と辰巳櫓が復元されました。

ま〜俺は2度目でしたがミッキーが見た事が無いと言うので
折角なので見学して来ました。


本当はこの後でもう一件、温泉に入る予定でしたが
日帰り入浴の時間が16時までで現時刻は17:00

ま〜この辺はまた来る機会があるので
その時にリベンジですね(涙)

さ〜後は帰るだけ!!
新潟の越後川口SAで土産を買ったり給油をしたり
飲物を買ったりしてから出発♪

圏央道ルートで帰ります!

帰り道は流石に工事で通行止めなどは無く進みます(苦笑)

中央道への分岐と八王子周辺で若干渋滞しましたが
ま〜許せる範囲です♪


海老名で解散だったので
・・・反省点4つ目
車内で話が盛り上がり過ぎて降りるICを通過してしまい
寒川北ICまで行ってしまった(汗)

で、反省点その5!


2人で山形
それも日本海側

距離、運転手的には余裕でしたが・・・
金額的にはきつかった〜(涙)
あまり考えずに行っちゃえ〜☆って感じでしたが
・・・・・・今回の予算
1人頭¥14000

流石に日帰りでコレは辛いね(滝汗)

最近、慣れ過ぎていて色々な事が適当になっている部分が
増えて来たので、これを良い授業料だと思って反省&修正して
いこうと思います!
ま〜麦きりは美味かったので悔いは無いけどね♪(笑)

財布的には辛かったですが、今回も楽しく無事に終えたので
結果的には良かったです!
お疲れさまでした〜!


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