| 2015年06月30日(火) |
ガチョンのおじさんの通夜 |
数日前に連絡を貰いました。
闘病中だったガチョンの親父さんがお亡くなりになりました。
29日、お通夜の 30日、告別式との事でしたが どうやっても月末の追い込みやら集計やらがあり、どちらにも参加 出来そうにない不義理な状態で、迷惑になると思い非常に悩みましたが 仕事後に顔を出させて貰う事にさせてもらいました。 変わりに母に連絡をして、お通夜に参列して貰いました。
25年以上のお付き合いのあるガチョン一家なので どうしても最後に直接ご挨拶をさせて欲しかったのです。
29日、仕事が終わらず 結局一旦店を閉めてから帰宅して着替えて速攻で新横浜駅前の 斎場へと急ぎます。
行きの車の中ではただ急いで斎場に着きたい一心でしたので 大急ぎで車を走らせました。
斎場に駐車場がなかったので、入口の歩道にベタ付けで駐車です。
すぐにガチョンの兄ちゃんと会えました。 3月に結婚した兄ちゃんとそのお嫁さんにご挨拶を・・・ 本当だったら結婚のお祝いの言葉を贈りたかったのですが、お互いに 何と言って良いか状態で・・・
係りの人と話がある兄ちゃんと受付で別れ、お嫁さんに案内して貰い おじちゃんと対面させて貰えました。
手を合わせて貰っていたら仮眠室からガチョンが起きて来てくれて
少しだけでしたが2人で話せました。
俺には頑張れしか言えなかった
自分の経験上これからの大変さがある程度分かってしまうのですが、 それでも当たり前の言葉しか出てこなかったです
終わってから言える言葉、今かけられる言葉は違って 伝えたかった言葉は全部終わってから言える言葉だったわけで、 今かけられる言葉は・・・頑張れしか出てこなかったよ 役に立てずにスマン
明日も早くから告別式で、その後も大変なのは知っているので これ以上邪魔にならない内に退出させて貰いました。
帰りの車内や店に戻って閉店作業の続きをしながらも
どこの家もそうだと思うけど、友人の母親との思い出より 父親との思い出って圧倒的に少ないんだよね ま〜昼間、遊びに行っている時に働いているから当たり前ですが
それでも、小学校時代にご近所の何家族かで集まってバーベQをした時に うちの親父と飲んでいた一コマとかたまたま近くにいてお酌をした事とか ガチョンの家に遊びに行った時に少し話した事とか 新横浜で家族ぐるみで一緒に飯を食いに行った時の事とか 大人になってから久しぶりにガチョン宅へとお邪魔した時に 態々居間から顔を覗かせて挨拶してくれた事とか ガチョンの結婚式で一緒の卓に座らせて貰った時に色々と話した事とかが ずっと頭の中に過ぎっていました。
しかし、どうしてどこの家も父親ってのは早くに逝ってしまうのかね?
でもおじちゃんは 2人の息子の結婚を見届けて、ガチョンの息子=初孫を抱いて 凄く満たされて旅立ったと思う
それだけでガチョンは立派に親父さんを見送れたと思うよ
まだまだ非日常が続いて、日常に戻るのも罪悪感を感じてしまったりも あると思うが、生きている人間が日常に戻って生きていくのが 本当の意味で供養だと自分は思っています。
もう少しだけ踏ん張って頑張って、後は心置きなく日常に帰って来てくれ
おじちゃんのご冥福と、これからも日常を過ごしていくご家族の皆様に 心からお祈り申し上げます。
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