もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2014年05月15日(木) 四国の秘境へ!(後)



朝食無し&温泉でも無いので朝は超マッタリ!!



ただ、前日のピザのせいで喉の渇きが一夜明けてもヤバい事になって
いたので、その渇きで結構早く目が覚めた(汗)









で!
何故かの両手両足が激しい筋肉痛の様に痺れ&痛い!!
全く意味が分からん(汗)


もう、布団から起きるのも着替えるのも歩くのも過酷です(涙)




ま〜でもこのまま部屋にも居れないので、10時の定刻通りにホテルを
チェックアウトして出発です。
車に乗り込むのも一苦労で、手で足を持って車に乗る感じです(涙)




今日は高知から徳島に入り、第3期以来の『祖谷渓』エリアへと
足を運びます。

・・・昨日も今日も山奥ばかりです(笑)



まずは有名な『祖谷のかずら橋』へ
前回来た時は、丁度夏休み時期で大混雑でして
かずら橋が橋の上も前も人で渋滞でしていて、更に人数制限まで掛かって
いて、金払ってまでそんな橋渡りたくないぜ!と見学だけして帰って来て
いたので(過去日記参照)、今回はそのリベンジです♪

秘境「祖谷」にあるシラクチカズラ(重さ約5トン)で作られた吊り橋。
長さ45m。幅2m。水面上14m。
昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設であったそうです。
起源はその昔、弘法大師が祖谷に来たとき困っている村民のために
架けたと云う説と、鎌倉時代以降に平家の落人がこの地に潜み、追手が
迫ってもすぐ切り落とせるように葛を使って架設したとの説がありますが
定かではないそうです。

ほぼ植物で作られた吊り橋は、当たり前ですが人ひとり渡っても揺れ、
床面も「さな木」と呼ばれる丸太や割木を荒く編んだだけであり、
すき間から川面が見下ろせます。
これがまた結構隙間があって、流石に人は落ちないですが、踏み外したら
足なら隙間に嵌るほどに開いています(汗)





1歩目で気付き





2歩目で後悔し













3歩目で既に泣きそうになった(涙)










俺、現在両手足ガチガチに痺れ中じゃん!!(マテ)




特に両足!!!
足の感覚が無いの!

だから吊り橋の上を歩いているのに足の感覚がアヤフヤ(滝汗)


自分の足がちゃんと「さな木」に乗っているのかすら分からん!

1歩1歩、目で見て足の位置を確認して移動します(汗)



痺れているせいで足が上手く動かず、何度か隙間に足が落ちて・・・

なのに感覚が無いから、視界がガクッと下がるまで落ちたのが全然
分からないし!!(涙)




もうね!


超・怖い!!!!!!



マジで怖かった〜〜〜〜(涙)



余りの醜態にミッキーとキタイにもマジで心配されてしまった(汗)
ミッキー曰く「生まれたての小鹿よりも悲惨だった」との事



もう足が色々な意味でガクガクでした・・・

何とか橋を渡りきり、途中で滝なんかを見学して少し癒されます(泣)






足を引きずり移動
前回来た時には無かった大型のお土産屋&食堂&観光案内所の
複合施設に入って、折角なので『祖谷』名物の「祖谷蕎麦」を
食します♪

祖谷蕎麦はつなぎは使わず、通常の蕎麦に比べて麺の長さが
短いのが特徴。


山菜とかキノコが入った蕎麦を貪り食います(笑)


食後、土産物屋で土産を買ったりご当地缶コーヒーを買ってみたりして
から車に乗り込んで次の場所にGOです!



・・・・・相変わらず車の乗り降りすらキツイね(涙)


昨日は皆して風呂に入らず寝てしまったので、近くにある
『祖谷温泉』に立ち寄りサッパリしましょう♪
「ホテル祖谷温泉」にて日帰り入浴を堪能します!


服を脱ぐのも一苦労(汗)




でも風が気持ちいい中、丁度俺ら以外の客が上がりラッキーな事に
貸切りタイミングで露天風呂を楽しめました!!
今日も憑いてるぜ(笑)





相変わらず体。特に足が痛いですが、ま〜温泉に浸かって少し良くなった
・・・・・・・・気がするのでOKでしょう!(マテ)


風呂上り、雄大な祖谷渓のダイナミックな風景に途中、何度も
道幅に余裕のある場所に車を停めて写真を撮りまくりました!

大迫力の山々や岩肌。
眼下を流れる清流。

更に山より霧が湧き出て来て、辺りを神秘的な風景にしてくれています。





道すがら、久しぶりに有名な『小便小僧像』も見て来ました!
断崖に、祖谷街道の開設工事で残った岩が突き出ており、その岩の上に
かつて地元の子供達や旅人が度胸試しをしたという逸話をもとに作られた
と云われている小便小僧の像が立っています(笑)






延々と山道を走り続け・・・って、昨日も今日も山道ばかりだな(汗)






うちのバイトのヒータは徳島出身。
で、そのヒータが住んでいたエリアへとやって来ました(笑)

この辺りを調べたら『池田城址』なる模造天守付の城址があると
ネットに書かれていたのですが・・・・・・・・




俺らも行った事のある大阪の池田城の模造天守(過去日記参照)の
写真が混ざって、そのHPに掲載されていただけだった事実にショックを
受けました(涙)

ま〜気を取り直して徳島の池田城の説明を・・・
1221年、承久の乱で功績をあげた小笠原長清が阿波国守護に
任ぜられ、その息子である小笠原長経が守護代として下向し築城
したとされています。
その後、天正13年(1585年)、蜂須賀家政が阿波国の領主となり、
阿波九城となったが、一国一城令により廃城となりました。

ヒータの母校の池田高校の敷地とその隣の幼稚園の一角が城址で、
幼稚園の半地下になっている裏手の駐車場の一角の石垣が実は
唯一の現存遺構だそうです(笑)





さて、お次は急遽行先に追加した『重清城址』へ

池田城と同じ時期に阿波国守護である小笠原長清によって
築かれた城です。
小笠原、長宗我部、三好と四国を代表する勢力の争いに何度も巻き
込まれた城です。

長閑な農村を何度も迷子になりつつも、やっと発見した時には
俺とミッキーで歓声をあげてしまいました(笑)
城の本丸には小笠原神社が鎮座していますが、かなり荒廃しており今にも
崩れそうな神社です(汗)
城は南側が一部宅地などによって遺構を損なっているものの、東側の土塁
と二重の空堀。南東隅部に土橋の架かる虎口。北東隅の石組み井戸と
それなりに見所があり、急遽追加で入れた場所にしては中々楽しめました。





さて!
最後だ!!
『半田』にてまた飯を食う(笑)


「半田そうめん」
徳島県つるぎ町の半田地区(旧半田町)に伝わる素麺で、四国三郎と
呼ばれる吉野川の豊かな水流を利用した水運が盛んだった江戸時代に、
当地の船頭たちが奈良の三輪地区から技術を持ち込んで冬場に素麺づくりを
行うようになったのが始まりであると云われています。
三輪や播州、小豆島などの他の産地では手延べ素麺は1.3mm以下と
いうのが一般的であるが、半田素麺は0.1〜0.3mmと太く、28
番手と呼ばれるサイズが標準となっており、そうめんとひやむぎとの
中間ぐらいの独特の太さという特徴です。

道の駅「貞光ゆうゆう館」にて実食♪


ご当地物なのに意外と安く、ぶっかけ¥500。釜揚げが¥400
だったので、迷わず俺とミッキーは「両方下さい!」(マテ)



そして・・・・・

何故だか一押しされていた


ワニの唐揚げ(爆)







敢えてそうめんを頼まずにそれをチョイスしたキタイ(汗)






運ばれて来て、食って一言
「・・・・・・・・・・・・・うん。・・・・・やっぱり微妙」







その前に何故頼んだ!?(汗)





我々は分厚いそうめんの様な細いうどんの様な・・・
不思議な太さの半田そうめんを温かいのも冷たいのもどちらも
美味しく頂きました♪


・・・・・・・・・・そうめんだけに一瞬で食い終わったがな(苦笑)




食後、道の駅の売店で土産や飲み物を買いました。



さっき食った半田そうめんが箱で売っていたので、3割引きの棚に置いて
ある商品をレジに持って行ったら、どうやらそれは3割引きじゃなかった
らしいのですが・・・


レジのオバちゃんがテンション高くて
「いいわ!これも3割!!」と値引いてくれました♪


道の駅を出発し、帰りは兵庫県の『明石海峡大橋』経由で本州に戻ります。



淡路島のSAにて、俺の足の不調を考慮して今までずっと運転してくれて
いたミッキーより運転を託されます!

今まで不甲斐無かった分を取り戻しますよ〜〜!!





時刻は19時
・・・・・皆翌日は仕事なので、さて急ぎましょうか(苦笑)





ま〜と言っても、さして渋滞に嵌る訳でも無く順調に車は流れて行き
16日AM1時には我が家に帰って来ました♪



いや〜
原因不明の足の痛みと痺れで散々でしたが、それ以外は高知も徳島も
秘境!って感じを満喫出来て大変満足な旅でした!!


残念ながら、4月が一泊が流れてしまったので、久しぶりの一泊旅行&
宿でガンプラ作成(ヲ)

態々四国まで行って、晩飯にホテルの部屋でピザを食ったのも
それはそれで楽しかったので良し!(笑)



来月もちゃんと一泊旅行が成功してくれる事を切に願います!!




それでは今回も無事に楽しくお疲れ様でした〜








PS
翌日、翌々日くらいまで足の不調が続いて大変でした(涙)
ま〜それ以降は治って普通になってますので一安心です♪


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