今日は日帰りイベントです! 最後の夏、最後のイベントです。
行き先は上越から西会津に掛けて。 今までメインで行った事の無いエリアへの出陣です!
メンバーは俺、ミッキー、老ちゃん。 ・・・・・・・・・・・・・・N山(マテ)
いやね 一昨日の仕事終わりに 「27日お互い休みだな〜」 「何か予定あるんですか?」 「何時もの旅行」 「いいですね〜自分は特に予定無しですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・来るか?」
「いいんですか!?マジ行きますよ!」
的なやり取りがあってサクっと参加決定です(笑)
26日は実家に行って買い物をしたり諸々の手続きを済ませたり して過ごしました。 夜。 仕事を辞めて(ヲ)支配から卒業したスーパーフリーダムミッキーに 我が家まで来て貰い、家でヤマトのアニメを見たりしてマッタリ過ごして から出発! 途中の豚丼の店で、これから人と合流するのに知った事かとガッツリ ニンニクブチ込んで貪り食ってから、東海大学前の駅前のN山を 拾います(マテ) ミッキーとN山は初対面ですが、どっちもイカレ具合が近いものが あるので、間に入って会話を盛り上げたりとかは一切無く放置しても 勝手に盛り上がっております(笑)
横浜にて老ちゃんを拾って全員集合!
運転はそのまま継続してミッキー
夜の首都高は難易度が高すぎるね(汗) 唯でさえ解りにくいのに工事中で車線規制とかマジ鬼畜! 更にナビが意味不明なナビを始めたので、無駄に都内を走る羽目に なりました。・・・更に雨まで降ってくるし(涙)
ま〜遠回りしましたが、関越に乗ってしまえば後は進むのみ!! 最初のSAで都内を抜けるのにグッタリしてしまったミッキーと 運転を交代してあげます(苦笑)
途中、マジでワイパー最速でも処理しきれないほどの豪雨が 何度か降りましたが、新潟県内に入れば雨も上がり晴れ間が見えて 来たので一安心です♪
関越を降りる前に再びミッキーと運転を交代して俺は仮眠を 取ります。
最初の目的地である『江上館』へ到着。 戦国時代上杉謙信の下で活躍した中条家の本拠地です。 中条家は上杉家の会津・米沢への転封に付き従い、上杉家の侍大将と して代々仕えた名家であり、転封に伴い廃城に。 住宅街の中に、突如として現われる土塁と水堀にビックリしますが 曲輪の中も館跡などが確りと整備されていて中々に良かったです!
続いては『水原陣屋』へと向かいます。 中世城館の水原城跡に立てられた陣屋なのですが、城の遺構は皆無(涙) ただ陣屋としては陣屋表門、陣屋屋敷が当時の図面より正確に復元 されていて見応えありでした♪ 江戸時代、幕府はこの地(水原)は収穫高の良い肥沃な土地柄であった ので、天領(直轄領)として陣屋を置き直接支配しました。 幕末、会津藩預りとなるものの、新政府軍の侵攻により廃棄されました。
近所に『新潟府址』を見つけたので急遽立ち寄ります! 新潟府?と思いますが、実は元々新潟は府だったのです!! 江戸時代末期、越後には高田藩、新発田藩、長岡藩、三根山藩、村上藩、 村松藩、椎谷藩、与板藩、糸魚川藩、黒川藩、三日市藩の11藩が 置かれており、更に他にも新潟をはじめとする天領などが入り組んでおり、 金山のあった佐渡は丸々天領でした。 明治になり、越後の旧天領を管轄するため新潟裁判所が置かれ、その後 すぐに越後府に。更には新潟府と改称して県の北部を統治。 因みに新設された柏崎県が南部を管轄しました。 佐渡には佐渡裁判所が置かれましたが、その後佐渡県となり、最後は 新潟府に併合されました。
その時代の府庁が置かれた場所で、現在は公園として整備されていて 越後府平面図と当時の写真を参考に、ほぼ同位置に越後府矢倉が復元 されていました。
さて、だんだんと太陽がギラギラしてきて厳しくなってきましたが 頑張って進みます!(苦笑) 新潟から福島への県境に向かって進む途中で『村松城址』へ 村松藩主堀家の居城跡が公園として整備されています。 現存では無いのですが、城跡の一部土塁や水濠を復元してあり 変に存在すらしていない天守閣モドキを建てるより当時の様子を 感じられました。 ・・・ま〜好きですけどね、天守閣モドキ!(笑)
地味に公園内をマッタリ散策していると園内に廃線となった蒲原鉄道の 車両がそのまま展示されていて、ぶっちゃけ皆してそっちの方が 盛り上がりました(マテ)
さてさて 何だかんだで結構汗をかいたので、ここらで一旦サッパリしたいと 思います♪ 道中にて『鹿瀬温泉』へとGO! この温泉は平成2年に旧鹿瀬町によって掘削に成功した比較的新しい 温泉です。 「赤湯」とい言う日帰り入浴施設に行ったのですが、名前の通りに湯が 赤(茶)く、鉄分をたっぷり含んだ湯は・・・・・・・・・・熱い!!!
肌が痛いレベルでは無いですが、炎天下の中で入るには長湯は不可能な 熱さです(汗)
お陰で風呂上がりの牛乳が最高に美味かったです!(苦笑)
これにて新潟県を後にして福島県へと突入〜 長閑過ぎる道を延々と進んで行きます・・・
眠気と速度の出し過ぎに注意だね(汗)
福島県一発目は『円満寺観音堂』 室町時代後期に芦屋氏の菩提寺を改修して建てられた観音堂で、 会津地震などで倒壊しても何度も建て直された入母屋屋根の渋い社です!
見学後・・・・・・・・・・腹減った(涙) 朝から碌に食ってないからね〜 急遽予定を前後して『山都』へ!!!
何気に蕎麦の産地である福島で、知る人ぞ知る蕎麦の名所山都。
「やまびこ」と言う蕎麦屋にてガッツキます!!
・・・・・・・・ま〜大盛りが+¥350と想定外の高さで 焦りましたが、勿論大盛りでザル蕎麦を注文しました!!!
値段はイイ値段しましたが、コシ、香りともに上ランクで 汁も東北の蕎麦だけあって濃い味で俺的に良かったです♪
食後、ますます上がる気温と強くなる直射日光にウンザリしながら 移動開始です・・・ 少し来た道を戻って『立木観音』を参拝です。 十一面千手観音菩薩を祀る寺院で、正式名は「金塔山恵隆寺」 大同三年(808年)に弘法大師が観音菩薩の霊感を受け、根が付いた 状態(立ち木)で巨木の枝を切り、彫刻されたことから「立木観音」と 伝えられています。 本尊の大きさは8m50cmあり、一木彫で根の付いている仏像としては 日本最大級の大きさ! また、本尊の左右に安置される脇侍の二十八部衆、風神・雷神の30体の 仏像が全て揃っており、密教様式を忠実に表現しており全国的にも 大変珍しく貴重な仏像です。 更に何と30体の眷属が揃っているのは京都三十間堂とこの立木観音堂 だけとも言われています!!
続いて喜多方まで進み『長床』を見学です。 長床とは1055年に源頼義に勧請されたとされる新宮熊野神社 の拝殿の事です。 平安時代の寝殿造りの建物で、直径1尺5寸の円柱44本等間隔に 5列並んでおり、全部吹き抜けになっている非常に珍しい造りの 拝殿です。
今の時期は違いますが、この寺院は立派な銀杏が幾つも生えているので 秋に来ると辺り一面が落ち葉で金色に染まります♪ ・・・後、辺り一面銀杏スメルで汚染されます♪(マテ)
併設された宝物殿なども見学して撤収!
お次は、この旅まさかの温泉第二弾!! 『熱塩温泉』 喜多方の奥座敷と呼ばれる。示現寺の開山源翁が開いたと伝えられる 含土類食塩泉で、子宝の湯(笑)
現在このメンツで不必要な効能ご苦労さんです(爆)
「夢の森」と言う日帰り入浴施設に入浴にやって来たのですが、この施設 はデイケアセンターみたいな施設と併設されていたので、館内の雰囲気が 病院チックで、入浴に来たには凄い違和感が(汗)
ま〜温泉に入ってしまえば、露天風呂もあり! 更に湯の温度も熱くなくて入りやすく♪ 序でに外も風が吹き出したので、湯に浸かったり露天から出て風に 吹かれたりとマッタリ過ごしました〜・・・
そして風呂上がりは勿論牛乳です!
そして風呂から上がって出発! 今回最後の目的地『神指城址』を目指します。 慶長5年(1600)会津領主上杉景勝は、周囲が開けており大川の 水を利用できる神指原の地に対徳川を見据えて築城を始めました。 しかし、この築城工事が徳川家康に上杉征伐の口実を与えたと云われ、 数ヵ月後の6月10日、会津征伐が間近に迫ったことから工事が中止。 神指城はそのまま破棄されて未完に終わります(汗) 面積は会津若松城の2倍とも云われ、完成すればまさに奥州を代表する 巨大城郭が出現するはずだったのに〜〜(涙)
現在は土塁の一部と二の丸の一部と本丸跡が僅かに残って いるのみです。
それでも案内板と近所の地形を照らし合わせてみると、如何に巨大な 城郭を築こうとしていたのかが伺えて燃えてきますね!!
見学自体はサクっと終了〜 いい加減に外も薄暗くなってきたので帰路にt着きます。 ま〜ICの乗り口近くにある城跡なので帰りは非常に楽チンです♪
磐越道から常磐道へ 何時もの美野里PAで家族が迎えに来てくれた老ちゃんと別れ 更に都内で予想通りの渋滞に若干嵌りつつも20時頃には横浜に 到着です。
ミッキーと別れて俺とN山はヨドバシへ(笑) ま〜欲しかった1HG購入して撤収!
小田急伊勢原駅で俺は降りるのでN山よりも先に降りて解散です。 一応N山には次の予定や飲み会などの事も話しておいたので、予定が 合えばまた参加するそうです(ヲ)
駅前にて面倒だったので晩飯を食って帰りました。
いや〜 それにしてもヒータに続きバイト君2人目の参加になりましたが・・・
職場で居場所が無くなったらどうしよう(涙)
ま〜でも懲りずにまた誰か誘うんだろうな〜
こんな感じで参加者が増えていくのもイイもの・・・・だよね?(苦笑)
それでは今回も皆、お疲れ様でした〜
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