紅葉を見に新潟へ!
・・・ま〜現地の紅葉の状態なんて全く調べて無いし(ヲ) 天気予報は雨模様なので期待もしていませんがね♪(マテ)
参加は俺、クラウザー、キタイ、もりへーの4人です。
仕事終わりに俺が自宅を0:00頃出発し、大和でもりへー。 瀬谷でキタイ。尻手でクラウザーを拾ってから関越に乗ったのが 2:00頃でしたかね?
ま〜今夜もクソ工事だのゴミ警察だのが多くて思うように 進めずにイライラですわ(怒)
途中の赤城高原SAで一休み・・・ 俺は晩飯も食わずに出てきたので、ここでやっと晩飯タイムです(涙)
食後、クラウザーに運転を交代して貰いまして、俺は仮眠をとります。
朝起きると最初の目的地である『奥只見』に到着していました! 新潟県と福島県と群馬県の境に位置する奥只見エリアは、冬場はガチで 進入禁止になるほどの豪雪エリアで・・・って、完璧に山の奥地なので 当然か(苦笑)
越後三山只見国定公園内にある秘境! 昭和36年に完成した日本有数の規模を誇る人造湖である奥只見湖でも 有名です。
紅葉ですがマズマズの見頃で山肌の木々が黄色や橙に色付いていて 綺麗です♪
それと、山頂部分は雪で真っ白なのに中腹くらいから黄色や橙に 変わっていく山肌は中々不思議でもあり季節の移り変わりを感じさせて くれました。
・・・ま〜そんな雪国の山奥で早朝 しかも小雨が降っている状況=メッチャ寒い!!!
底冷えって言葉がピッタリだ(汗)
レストハウスで朝食を食ったのですが、オープンしてまだ時が経って いないせいでストーブは点いていても全然空気が温まっておらずに シンシンと寒かった〜(涙)
寒さと小雨に耐えながらも、それはそれコレはコレ紅葉を楽しみ撤収!
帰り道は俺が運転したのですが、奥只見でもう一つ有名な 「奥只見シルバーライン」を通っての戻りになりました♪ 「人生で一度は通ってみたい道路」とも言われる県道50号線。 元は奥只見ダムを作るために資材運搬用道路として建設されたトンネル なのですが、異様なのがその長さ&景色!!! 全長22km(爆) 更にその内の18kmは19のトンネルが繋っていて、最長トンネルは 4km弱とそこそこですが、ほとんど外からの明かりがないのでトンネル が長い所では約11kmも続いています! しかも所々で岩肌が露出しているため、普通のトンネルよりも雰囲気が あり、狭いと言うか圧迫感もあり、なのに真っ直ぐ道なのに先が見えない と言う凄まじい場所です(汗)
何とか抜けた時には日が目に眩しかったです(苦笑)
平野部に戻って来て、お次に向かったのは『目黒邸』 昔から米どころだった新潟には豪農が多く、未だに現存している物も 数多くあります。この目黒邸もその一つです。 元々は会津蘆名氏に仕えた目黒家が帰農したと伝えられている一族で、 目黒家住宅は寛政9年(1797年)に11代五郎助が建てた割元庄屋 (大庄屋職)の役宅をかねた豪農住宅です。 豪雪地帯の農家の特徴を備え、近世村役人層の典型的な住宅として 貴重な遺構となっています。
何だか眠気が全然覚めないは、昨日の朝から両足が原因不明の筋肉痛で 痛くて痺れて歩行困難だはで俺はグロッキーだったので、クラウザーに 運転を頑張って貰います(汗)
お次は『西福寺』 通称「西福寺開山堂」と呼ばれる曹洞宗の寺です。 室町時代後期に開山したとされ、芳室祖春大和尚によって開かれました。 約500年ほどの歴史を持つ古刹です。 開山堂とは、その寺を開いた初代の住職を奉る御堂の事を言います。 寺院自体も趣のある良いものでしたが、ここでのメインはやっぱり 開山堂でしょう! 建築の様式は、鎌倉時代禅宗仏殿構造。 屋根は茅葺き二重層、上層部入母屋造り、総欅五間四方、唐破風向拝を 有した立派なお堂です。 ・・・・ま〜難しい言葉が並んでいますが、気になる人は自分で調べて みておくれ(笑)
また開山堂内には、幕末の名匠、石川雲蝶の素晴らしい彫刻と絵画が 施されています。 とにかく凄い! 躍動感のある彫刻と今尚色鮮やかな塗装 天井一面どころか、堂内全てを一つの作品として作り上げられているかの クオリティに感動です!!
・・・・ま〜感動しても腹は減る(ヲ) 時刻は昼過ぎ。朝から碌に食べていないので空腹も限界です(涙)
西福寺を出発して『小千谷』へ 名物の「へぎそば」を食します!! 昔から良質なそばの産地として知られた小千谷。 へぎそばは良質なそば粉をふんだんに使い、特徴的なのはつなぎに 布海苔を使って打ち上げます。 もりへーが調べてきた「わたや」と言う店に入り、4人で5人前の へぎそばを注文♪・・・・勿論俺が2人前です(笑)
コシの強い蕎麦と、つなぎに布海苔を使っているせいか微かに磯の香りが 口に残り、特徴的であり美味かったです!
食後、暫しマッタリしてから出発です! 『板土城址』を登城します。 上杉謙信の姉仙桃院の嫁ぎ先であり、直江兼続生誕の地として有名です。
この地は、越後から三国峠を越えて関東へ通ずる街道上にあり、古代から 軍事上重要な根拠地でした。 坂戸城は、この辺りの土地が一望出来る要衝の地で、南北朝時代に 南朝方の新田一族によって築かれたと伝えられています。
江戸時代に廃城となるまで、上杉家の関東進出への足場として、また 領国防衛の最前線として重要拠点として使われました。
山城ですので、本丸は山頂にあるのですが、登るだけで80分かかる らしいのでパス!(汗)
こんな小雨降る中で80分もハイキングしたくないです! ・・・「クマ注意」って看板も立ってるし(滝汗)
取り敢えず、ハイキングコース序盤の麓にある家臣団の館跡と土塁。 城主館跡と石垣を見学しておきました。
さてそろそろ日も暮れてきましたし、色々歩いて足の筋肉痛? も悪化してきた事ですし(マテ) じっくり湯治で治しましょうかね〜
『越後湯沢温泉』へ! 川端康成の名作『雪国』の舞台になった温泉町・・・・ですが、今では 上越新幹線が通り、関越自動車道が通り、スキー場がインター&駅の 近くに出来て、それに伴いホテルが建ち並ぶ近代観光地に なっています(苦笑) 駅近くにある小説「雪国」のヒロイン駒子にちなんで名前が付けらた 日帰り入浴施設「駒子の湯」でじっくりと足を揉み解しながら 小雨にあたり続けて冷えた身体を温めます・・・・・
風呂上がり、勿論瓶牛乳でクールダウンして出発! 空は暗くなり始めてきていますが、最後の一箇所へと向かいます。 やや山道で迷ったものの、何とか日が落ちきる前に『荒戸城址』を 発見に成功♪
上杉謙信死後に起きた家督争い「御館の乱」の際に小田原北条氏からの 養子だった景虎支援の北条勢の侵入に備えて景勝の命で築かれた城です。 国境を押さえる山城です。
風呂上がりに山城です(涙) せっかく少しは良くなった足の筋肉痛が悪化!!!
ヒーヒー言いながら山道を登って行きます(涙)
荒戸城は山城登城と言っても綺麗に整備されて雑草も少なく、筋肉痛が 無ければ全然楽勝なレベルです。 規模は小さいながらも曲輪・土塁・横堀・竪堀などの遺構が非常に良く 残り、特に山頂近くの大手口に到着してすぐに目の前に現れる 折り重なった土塁や空堀の光景は感動!!
更に紅葉が見事♪
・・・俺ら、紅葉の有名な場所に行った時よりも山城登城で見かける 紅葉の方が綺麗で見事なケースが多いな(苦笑) しかも俺らが行くようなマニアックな山城は人が居なくて空いているので 貸切状態で紅葉狩りが楽しめてしまう!(ヲ)
城の遺構と紅葉をダブルで楽しみ撤収です。
関越に乗って真っ直ぐに帰宅コースです。 関越で途中2回渋滞にハマったのですが、意外と都内は空いていて 22:00頃には世田谷でミズカドオーを降ろせました。 続いてクラウザー宅近所の吉野家で彼を降ろす序でに晩飯を食べて 帰りました。
食後、クラウザーとはその場で別れて出発! 瀬谷でキタイ、大和でもりへーを降ろして俺が帰宅したのは 4日の0時少し過ぎでした。
いや〜 紅葉も綺麗だったし、蕎麦も美味かったし、温泉も気持ち良かったし、 眠気が中々抜けなかったし、原因不明の筋肉痛が痛かったし、
・・・・・何だか大変な一日でした(汗)
幾つか見落とし&追加で見たい場所が増えてしまったので この辺りのエリアへはまたきっと来るでしょう(苦笑)
その時は元気に駆け抜けたいものです!
クラウザーには今日はそんなこんなで結構イッパイ運転を 頼んでしまったのでゴメンね(汗) お疲れ様でした!
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