もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2012年04月14日(土) 雨の那須高原へ!(涙)

今日は栃木県の那須高原へ遊びに行って来ました!


・・・・・・・・生憎の天気ですが(涙)




本来は晴れの予報だった前日から雨が降り出し、翌日の予報も一日中
雨だと事だったので、いっその事諦めはつきましたがね(苦笑)


参加は俺、MICHEL、クラウザー、コチヤ、ミズカドオーの5人。
AM1:00頃自宅を出発した俺が茅ヶ崎駅前でコチヤを拾い、
MICHELを久し振りに二俣川の自宅前で拾い、尻手のクラウザー家を
目指す途中でコンビニで買出し後、元々クラウザーを拾う予定だった
吉野家の方とは違う道をナビが誘導したので急遽集合場所を変更し
尻手駅前のすき家の前に!


電話でその事を伝えると「吉野家って言ったじゃん〜」と泣き言を
言い出したクラウザーを「文句はナビに言え!」と一喝して
彼の到着を待ちます(マテ)


「ひ、久し振、りには、走った・・・・」とハァハァハァハァ興奮状態で
到着したクラウザーを拾って出発♪

世田谷でミズカドオーを拾い、メンバー全員集合です!
東京外環道路を使い東北道へ・・・
本当に久し振りに東北道を通りました。

全開通ったのは仙台へ救援物資を運んだ時(過去日記参照)なので
あの時と比べると復旧具合が桁違いですね〜



途中、SAなどにも一切立ち寄らずにノー休憩で運転手俺、助手席コチヤ
のまま茅ヶ崎から栃木まで突っ切りました(笑)

因みにMICHELは花粉症が酷くて後部座席でダウンしてます(汗)



栃木県内にて、高速道路が新しく作られた関係上、バイパスが出来たりで
国道なども道が変わっていたりして、俺の古いナビでは道が検索出来ずに
道路の青看板を頼りに進む羽目になりましたが、何とか無事に最初の
目的地に到着です(苦笑)


『烏山城址』
那須与一で有名な那須家の城。
御家騒動で分裂後は下那須家の居城となるが、豊臣秀吉の小田原征伐
時に那須家は遅参した為、所領と城を没収されてしまいます(汗)

その後、復帰が許されるものの、再びヘマこいて速攻で改易に(苦笑)


以降は明治維新まで藩主を何度か代えながら存続します。



以降は曲輪、土塁、空堀、堀切等々山いっぱいに広がっていますが、
何と言っても見所は石垣でしょう!
関東では珍しい石垣の残る山城です!!

震災の影響で一部崩落している石垣に震災の大きさを改めて実感
しながら、小雨が降る中を・・・・・・・・・・・・・
早朝5時半に野郎5人でウロウロと彷徨います!!!(爆)



・・・・いや〜普通に考えればこれは通報レベルだろう(汗)





朝から小雨の降る山中を彷徨いて
皆で程良く適度にウェットな感じになって見学終了♪

運転手をMICHELに変更して、次の目的地へGOです!



次は『勝山城址』へ向かいます。
勝山城址は現在は城址公園として整備されています。
下野の名門「宇都宮氏」の領土北部を守る城郭として鬼怒川を見下ろす
小高い丘の上に築城された眺めの良い城跡です♪

遺構も曲輪、大きな土塁、かなり深い堀と虎口に掛かる復元の大手橋と
堅城っぷりが伺えました!

それと・・・・・桜がこの辺りは丁度見頃になっていて思わぬ花見も
堪能する事が出来ました(笑)


・・・・・・・・・・ま〜雨は徐々に強くなっていきますがね(泣笑)




お次は源氏に連なる名門「塩谷氏」の居城『御前原城址』へ。
初めに築かれた塩谷氏の館が徐々に拡張&堅固になっていったのが
城の始まりと考えられているそうです。
その後、宇都宮氏の支配下に置かれるのですが、誅殺され一時断絶
するも再興し、最後は秀吉の小田原征伐→関東平定に最後まで背き、
東北へと逃れて行く際に廃城になります。
曲輪、土塁、空堀、土橋と遺構が残りますが、昭和40年までは
とても広大な遺構が残っていたらしいですが、昭和40年以降に
一気に開発されて工場地帯になってしまいました(涙)
現在はシャープの工場団地に四方を囲まれた中、辛うじて本丸が
残っています(汗)


さ〜って、途中のコンビニで朝食を食べて、一旦雨に濡れて
冷えた身体を回復させて『黒羽城址』へと向かいます。
黒羽城は1576年に戦国武将の大関高増が築城。
関ヶ原合戦に際し、徳川へと見方した大関氏は黒羽城にて上杉景勝の
動きに備えて防備を固めます。
その際、徳川方から援軍や武器・兵糧の援助と言った軍事援助があり、
黒門・中門・北坂門などが新たに設けられ、塀・築地が構えられるなど
修築が加えられたと云われています。

その功績もあり、大関氏は明治4年の廃藩置県までの295年間一度も
改易も転封も無く黒羽城を本拠とし続けました。
これは関東の外様大名としては極めて異例の事でした!

模擬望楼が建っているのですが、生憎と工事中で接近する事は
出来なかったのですが、ま〜見る事は出来たのでヨシとします(笑)

遺構は曲輪、土塁、空堀、水堀とかなり高レベルな規模で残っており
嬉しいかぎりです!!
特に本丸西側の空堀とそこに掛かる橋の絵が中々に見応え充分でした!





さてさて、時刻は朝の9時ですが・・・・そろそろラストスパート!(ヲ)

マジです(涙)
しかも烏山城址から今迄3つと次の『大田原城址』は全部隣りの市とか
その隣りの市とかのレベルで近所なんですよね〜(汗)


ま〜ノリで後先考えないのは良くある事なので、今日もそんな感じで
生きますか〜(マテ)

小高い丘の上に築かれた大田原城址は現在は立派な城址公園に
なっていて、ここも綺麗に整備されていました。
しかもタイミング良く?桜祭り中でした!
でもタイミング悪く??桜祭り期間中のみ公園内に車乗り入れ禁止(涙)

駐車場を探して公園の周りをウロウロと坂を登ったり降りたりしていたら
バックする時に後方注意で後ろに居た車に突っ込みかけました(汗)

ギリギリ危険を回避して、色々探した末に駐車場が見当たらずに結局は
「こんな昨日も今日も雨の日に、朝から花見なんかやる奴居るか!!」
と、自分たちの事をすっかり棚に上げて人気の無い公園へと車のままで
突入です!(マテ)



確かに公園内はガラガラでした(苦笑)



適当に車を停めて、遺構である本丸を囲む土塁の上をグルリと
桜を眺めながら見学しました。
土の質がやや粘土層だったので、雨でぬかるんで皆して靴やズボンの
裾がドロドロに!
・・・あ〜車内が(涙)


室町時代に足利幕府の命を受けた大俵氏が、この辺りの豪族那須氏に
客将として入ったのが始まりで、その後、この地に大田原城を築き
それに合わせて名前を太田原へと改姓します。
以降廃藩置県までの326年間、大田原氏の居城として栄えます。

関ヶ原の合戦以前から江戸時代にかけては、奥州諸藩への抑えとして
この地は注目され、城の防備を随時補修したり、兵糧を常に蓄えたりと
奥州鎮護の役割を果たしていきます。

幕末戦争では新政府軍の拠点となりましたが、旧幕府軍に攻められて
落城寸前まで追い詰められますが、火薬庫の爆破炎上などの理由で
落城は免れましたが、その後の明治5年に兵部省に引き渡され、
取り壊されてしまいました(涙)


本丸の遺構や麓の三ヶ月堀などを見るに、かなりの城郭であった事が
伺えるので、全て現存していれば!と残念でなりません(涙)



さて、これにて史跡観光は終了です!
午前10時ですが終わりです!!!(ヲ)


・・・・・後は温泉に浸かって、ご当地グルメ食って・・・

本当は那須高原で馬に乗ったり何だりで遊ぼうと思っていたのに、この雨
じゃな〜(涙)



何て思いながら温泉を目指して進んでいたら・・・・・・・





事故りました!!!(滝汗)
油断していたMICHEL、前の軽トラに接触です!

・・・・その場で警察を呼んだり、一旦近所の交番へと移動して
相手方と話をしたりで暫しの足止めです・・・

ま〜幸い相手も此方も誰も怪我は無く、車も俺のセレナはやや薄傷のみで
相手の軽トラもバンパーと左のテールレンズが割れたくらいで済んだので
物損事故で済んだので、MICHELの免許にも傷が付かずに済んで
皆で一安心です・・・

ま〜後は示談って感じで、気を取り直して出発です!

山奥へと入っていき、4月の末ですが道路の路面以外は雪に覆われた
山道をオッカナビックリ進んで行きます(笑)

『北温泉』
温泉通には結構知られた秘湯!
那須高原の奥深く、未だに雪深い山間い一軒だけ建っている
「北温泉旅館」
江戸時代からの建物を何度も改築して今に至ると云う情緒有る
木造の旅館です。

入口を入ると、雰囲気のある木の造りにマッチした
薪のストーブと猫に出迎えられ、否が応にも期待が高まります!

大露天風呂が一つと普通の露天風呂が一つ。
内風呂が1つで3つの風呂が有り、まずは内風呂の天狗の湯へと
味のある旅館内を進みます。


男湯は、もう脱衣所とか区切られていない場所ですね〜(笑)
丁度貸切状態だったので、サクサクと脱いで入浴です♪

適度に熱く、薄暗い内風呂はまた雰囲気も良くて最高です!
・・・珍しく凹んでいるMICHELも癒されるかしら?(笑)


一旦風呂から上がり、服を着直して続いては露天風呂へと
館内を移動します。


隣りを流れる川を眺めながら入浴出来る露天風呂で、しかも
目の前に小さな滝が流れているので、小さい露天風呂ながらも中々に
ダイナミックな景色が楽しめました!
小雨の中で入る露天風呂って中々イイものなんだよな〜♪


最後は一旦着替えて、旅館の入口から外へ出て、
掘立て小屋の様な脱衣所兼、小さな内風呂に入り
内風呂で体を温めてから、これも川沿いに作られていて
川の流れを眺めながら入浴出来る大露天風呂へとGO!


いや〜
広いね〜〜〜〜
そして深いね〜〜〜〜(笑)


湯の温度も温めで、これは温水プールと言って良いかもしれん(笑)



しかも地味に混浴でした(爆)



・・・・・・・ま〜ほぼ貸切状態でしたから、正直
「混浴?意味有るの??」って感じでしたがね(涙)



温めの湯だったので、最後は内風呂で暖まり直して撤収です。


旅館のロビーで暫しマッタリしていたら、猫がMICHELの膝の上に
乗って寝出してしまい、まさかの足止めをくらいます(苦笑)
その後、俺の膝の上にも移動して来てゴロゴロしだしたので更に
マッタリ時間が伸びました(汗)




何だかんだマッタリしたものの、時刻はPM1:00




本当は那須高原で馬に乗ったりソフトクリームを食べたりとキャッキャッ
するつもりだったのですが、生憎の朝から雨でそれも断念!

・・・俺は雨の中でも馬に乗るプランで良かったのですが、全員から
拒否されてしまいました(涙)




ま〜そろそろ飯時でもあったので、考えるのは後にして、先に飯を食って
から決めましょう!

今日の飯は、那須塩原のご当地メニュー「塩原スープ入り焼そば」です!

読んで字の如く、焼きそばがスープの中に入っている物です。
何だか青森の黒石でも似たような物を食べましたね〜(過去日記参照)


店は「こばや食堂」と言うスープ入り焼そばの店としては有名な店です。


北温泉から1時間ほど車で走って到着。
早速注文して食べましょう!


・・・取り敢えず、値段は非常にリーズナブルで好感が持てます(笑)



運ばれて来た焼きそばですが・・・・・・・・遠くからの見た目は
マジでラーメンです(笑)


ま〜確かにソースの匂いがして焼きそば感は有りますが・・・




味は確かに焼そば!
黒石の汁入り焼きそばと比べると、あっちはモロにソース味が
強かったですが、こちらはソースを鶏ガラか何かのスープで割っている
のか、ややソースの味がマイルドでした。

具材も豚肉とキャベツのみと、非常にシンプルで美味かったです!








・・・・・・・食いながら今後の予定を決めるつもりだったのですが、
気が付いたら皆食い終えて店を出てました(汗)





=撤収です(苦笑)



PM3時前ですけどね(爆)






MICHELの運転でそのまま高速に乗って、特に問題も無く東北道を
通過します。
都内は流石に到着したのが夕方だったので混雑していましたが、ま〜許容
範囲内の渋滞でした。

世田谷でミズカドオーを降ろし、川崎でクラウザーを降ろし、
MICHELも帰りは大和に帰ると言うので、後は大和までノンストップ
で走ります。


・・・・・・・・・・・・・で、最後にもう一丁!
大和駅近くで狭い道を左折時に車後部を接触!!!!

・・・・・・・・・流石に今日は未遂も含めて事故多いだろ!(怒)



幸いにも今回も車に傷は付いていませんでしたので、良かったですが
本気で気を付けましょう!



大和でMICHELを降ろした後は俺の運転でコチヤを茅ヶ崎駅まで
送って行き、自宅に帰る前にマックに立ち寄り晩飯を買って帰りました。

・・・いや、流石にこんなに早く帰宅するとは思っていなかったので
親には「今日は飯いらない」って言ってしまっていたのですよね(汗)



まさかの21時頃には帰宅でした(苦笑)






ま〜今日は本当に車の事故が続いたね〜
本当に気を付けよう!!
運転手は少しでも眠い、疲れたと思ったら即交代!
助手席は起きてろ!

学生時代に徹底していた事を再度徹底し直そうと思いました。


ま〜それでも怪我無く楽しく帰って来れたので、それが何よりでしょう♪
それでは皆さんお疲れ様でした!


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