今日は埼玉県へ彼岸花を見に行って来ました!
去年コチヤに「埼玉の何処かで彼岸花の凄い所があるらしいですよ!」と ヒントらしいヒントも無しに振られてから、頑張ってチョクチョク探して おきました(苦笑)
因みに開花のタイミングも前年、今年のデータを集めた上での 決行日です!
メンバーは俺、コチヤ、ミッキー、キタイ、ユウキの5人です。
メチャクチャ混むと聞いていたので、埼玉県行きとは言え前日の夜出で 挑みます!
俺が0時半に家を出発して、茅ヶ崎駅前でコチヤを、 三ツ境駅でキタイを拾って横浜市へ!
途中何度かユウキに電話するも繋がらずに、嫌な予感がしたものの 何とか無事に菅田のユウキ宅前で救急隊員の様な手際の良さで 対象を捕獲! その後、隣町の神大寺にてミッキーを自宅近所で拾って2時頃に 全員集合。
今回はこのまま俺のセレナを出動させます!
ミッキーには早々に後部座席で寝て貰い、俺運転の助手席コチヤのペアで 突き進みます♪
早々に爆睡しているユウキも放っておいて、キタイと3人で和気藹々と 喋りながら川崎を通過して東京都へ・・・
面倒な首都圏を抜けるのか〜と凹んでいたら、ナビは首都圏を回避して そのまま多摩川沿いに西東京方面に入り、そのまま北上して行きます♪
埼玉の最初の目的地である彼岸花の名所として有名な『巾着田』には 明け方の4時半には到着してしまいました。 公園のオープンは7時です(汗)
ま〜近所のコンビニで飯を食ったり立ち読みしたり、仮眠を取ったり して時間を潰します・・・・・
1時間くらいしてからかな? 何だか如何にも同じ目的地へ行きますみたいな連中が、続々とコンビニ に立ち寄っては出発していきます。
公園が開いていないのに、行っても仕方が無いのでは?と思いつつも 取り敢えず俺らも向かってみる事に!
やや薄明るくなりつつある中、公園の入口の臨時駐車場で 係員のおっさんが豪快にライトを振り回して誘導していました(笑)
流石にまだ空きが一杯あった駐車場に、¥500払って早々に駐車!
少し車内で休憩してから、バズーカみたいな大型カメラを担いでいる シニア層に混じって俺らも出発です♪
公園自体はまだオープンしていないのですが、取り敢えず公園内への 立ち入りはOKでした! 入り口に係員が居ないから払うものも払えませんでしたがね(マテ)
日高市内を流れる、高麗川の蛇行により長い年月をかけてつくられた その形がきんちゃくの形に似ていることから、巾着田(きんちゃくだ)と 呼ばれるようになった、直径約500m、面積約22ヘクタールの川に 囲まれた平地は、彼岸花の群生地として有名です!
本当に凄いらしく、とても期待して園内に足を踏み入れます・・・・
いや〜凄い!
俺の人生において、之ほどの密度と規模で彼岸花を見た事は無いです!!
地面が真っ赤に染まっています! 明け方の明るい中で見るから綺麗ですが、これを夜中に一人で 見て来いって言われたら、結構怖いな(汗)
何だか早朝から彼岸花の群生地の中でコスプレして写真撮っている 腐女子が壮絶に浮いていましたが・・・・
って、言うか腐の近辺は皆が避けて通っていたので空間に空白が 出来ていました・・・・・
朝も早くから腐のオーラを垂れ流しに遠征お疲れ様です(嘲笑)
彼岸花を接近して写真に撮ったり、群生を撮ったり、珍しい白い彼岸花 を撮ったり、彼岸花の群生地から少し離れた所に咲いていた蕎麦の花を 撮ったりと、朝から凄い勢いで写真を撮っています(笑)
いや〜、でも本当に凄かったです!
余すところ無く写真を撮りまくり、公園のオープン時間前の 6:30に出発です! 本来の予定では7時から見学開始の予定でしたから、大幅に計画の前倒し です! ・・・・・・・・・今日は只でさえ、早く終わってしまいそうなイベント だったのに(涙)
え〜巾着田から車で1時間。 嵐山町にある『菅谷館跡』へと到着です。
菅谷館は、鎌倉幕府の有力御家人として知られる畠山重忠の館跡で、 畠山氏の没落と共に一旦歴史からその姿が消えますが、15世紀頃に 関東管領上杉氏の内乱でこの地で山内上杉家と扇谷上杉家が激戦を 繰り広げた際に、扇谷上杉方の拠点である河越城に対するおさえとして、 菅谷の旧城を再興したと云われています。
現在は敷地内に博物館?が建っていますが、博物館には今回は行く気が 無いのであっさりスルー(笑)
郭跡に土塁が確りと残っており、保存状態も良好な為、中世の平城の 城郭遺構としては非常に希少な城跡だそうです。
本郭内で犬の散歩中のお爺ちゃんと遭遇! 何と昔、六角橋に住んでいたらしく、マジで地元なミッキーと 盛り上がっていました(笑) 俺は全力で犬と戯れ中!!
続いて、同町内『杉山城』へ向かいます。 中世城郭の教科書と評価される、基本に忠実な階郭式縄張りが 確りと残された城マニア御用達の逸品!!(笑)
一度は訪れて見たかった城跡でした!
後北条氏の時代に築かれた城説と、先程の関東管領上杉氏の時代に 築かれた城説の2つがありますが、現状では資料が少な過ぎてどちらの 説が正しいのか不明な状態との事です(汗)
ま〜しかし、山の高低差を巧みに利用して十余りの郭を綺麗に 配置していますね〜 現存する遺構の保存状態も非常に良く、複雑に入り組んだ土塁や空堀が 本当に立体的で、当時の高度な築城技術に感動です!!
馬出しや枡形の塁線を屈曲させて構える「横矢掛かり」と呼ばれる 築城術の多用や、延々と続く横掘は、まさに基本に忠実な造りで 「中世城郭の教科書」と呼ばれるのに納得な出来栄えです! 実は杉山城の敷地は、全て私有地であり地権者の方々のご理解とご協力に よって公開されているものです。 しかも無料で駐車場も無料! 一時は、関越自動車道の想定ルート上にあるとかで、存続の危機も ありましたが、地権者の方々のご尽力でこうして今も残されている 事実に、ただただ感謝であります!!
城の遺構の素晴らしさに感動して、城跡に咲き誇るコスモスに 癒されつつも次の目的地へと出発です♪
お次は、ほぼお隣りの吉見町です。 やって来たのは吉見町のシンボル的観光地『吉見百穴』!
町中に突如として現れる穴ぼこだらけの岩山!
実は今から約1300年前の古墳時代終末期に掘られた横穴で、 発掘調査の結果、その出土品や横穴の構造から死者を埋葬する墓穴として 作られたものであることが明らかにされました。 大正12年に「吉見百穴」は、日本の代表的な横穴群として、国史跡に 指定され、現在219個の穴が残されています。
彼岸花を見てからずっと車内で爆睡中のユウキを菅谷館跡、杉山城に 続いてこの場でも車内に放置して、我々のみで見学です!(ヲ)
駐車場から吉見百穴までの道すがらに咲いていた金木犀が綺麗で 良い匂いが辺に立ち篭めていました。 今日は花に縁の有る日ですね〜♪
入場料を払って見学します。 そう言えば今回唯一の拝観料のかかる施設ですね(笑)
吉見百穴は外から穴を見るだけで無く、大きめの穴から 岩山の中へと入って行くことも出来ます。
と言うのも、昭和の時代に陸軍の兵器廠として利用された際に 下の部分が一部改造されているんです(汗)
あ〜勿体ない!
見学後は、丁度この裏山に位置する『武州松山城』に登城する為 車はそのまま停めたまま、入口の係員に聞いた「最短ルート」を 通って山頂まで行こうと、山の麓にある『岩室観音堂』の 山門を潜り山へと入ります!
岩室観音堂は弘法大師が岩窟を選んで高さ一尺一寸(36.4cm)の 観音像を彫刻してこの岩窟に納め、その名前を岩室山と号したと 伝えられています。 松山城主が代々信仰し護持していたと伝えられており、天正18年= 1590年に豊臣秀吉が関東に出陣した際に松山城の落城に伴い建物の 全てが焼失しました。 現在の山門は江戸時代に復元されたもので、寧ろ山門しか残っていない です(苦笑)
ま〜山門自体は結構確りとした作りの立派な木造の門でした。 「ここから山に入り、山道を登って行くと最短か〜」と思いながら 山門を潜ると・・・・・・・・
道が無ぇーーーーーーーー!!!!!
門を潜って速攻で傾斜角40度近くの、坂と言うより寧ろ崖が 待ち受けています!!!
・・・・たしかに最短っぽいけどさ〜(涙)
降りる時に怖いので下で待ってますと言うコチヤと別れて 残りの3人で決死の登山を開始します!!!
岩肌を両手両足を使い頑張って登って行きます(汗) しかも上から流れ落ちてくる湧き水のせいで、滑りやすく難易度が べらぼうにアップしております(涙)
登ったら登ったで、今度は木々が生い茂りまくり獣道すら立ち止まって 何度も探しなおしながら進むコースが待ち構えていました(汗)
何度も「係員に騙された!」 「最短って、埼玉県人の基準はこうなのか!?」と愚痴りながらも 何とか無事に山頂へと到着。
確かに最短だ! 10分くらいで到着です。
武州松山城は扇谷上杉氏によって築かれた城です。 城主の上田氏は、後北条氏が上杉氏に夜襲をかけて一気に戦況を 引っくり返した1546年の河越夜戦で山内上杉氏が大敗を喫した後、 主の山内上杉氏に見切りをつけ、後北条氏に寝返ります。 以後、松山城は後北条方の城となり、城の守りは引き続き上田氏が 引き継ぎます。 その後、越後へ逃げた関東管領上杉氏の要請で上杉謙信が何度も 関東へと進出しますが、何度目かの侵攻の際九万とも云われる大軍を 率いてこの城へと襲い掛かります!
軍神が率いる9万の兵ね〜・・・・・・・・無理だね(ヲ)
予想通りに城は落ち、再び上杉の城となります。
が、謙信が越後へと引き返すと、今度は後北条が同盟関係にある 武田家と連合軍を持って攻め込みます!
以降は後北条の城となりますが、豊臣秀吉の関東侵攻を受けてやっぱり 責め滅ぼされます。 その後の江戸時代初期には廃城になりますが、その後この地には陣屋が 置かれ幕府の直轄地となります。
現在、城の遺構は曲輪・土塁・空堀・竪堀・井戸跡が残っており、藪に 覆われている部分が多いものの、それでもこの城の堅牢さが伺えます。
帰りは最短ルートは諦めて、逆側に見付けた降り口から ゆっくりと降って行きます(笑)
・・・・と言っても、こちらも結構キツい坂道ですがね(汗)
ま〜さっきの最短ルートよりは遥かにマシな道だったので良しとします!
で、滑り落ちないように気を付けながら 未舗装の坂道を降って行き、山を出て道路を歩いて山の麓をグルッと 歩いて駐車場方面へと戻ります。
・・・・・上り口の岩室観音堂まで15分強で帰って来れました。
・・・・・・・・・・あれ?
確かに最短と言えば最短だけれども・・・・・・・あの道を態々危険を 冒してまで登る意味はあったのか!?(爆)
首を傾げながらも「ま〜いい話の種が出来たかな?」と思ってしまって いる時点で皆して頭が湧いてますな(苦笑)
車に乗り込み出発します。 現時刻10:00!! これから飯処へと移動して、到着予想時刻が11:30 丁度イイ感じの時間に付きそうです♪
埼玉県を出て、東京都へと戻って来ました。 来る途中で深夜に通過してきた『東村山』を目指します!
この街でご当地メニューとして売り出している 「黒焼きそば」を食す為です!!
途中、ナビ設定が間違えていて無駄足を踏んだものの、それでも12時 には目的地へと到着。
イカスミと黒酢を使った黒い焼きそば・・・・
これに挑むべく向かった店は、ユウキが調べてきた 「中華料理ぼん天」
店内に入り、メニューを拝見。 載っている写真を見るに、量の割に値段がやや高い気もしましたが 観光地?価格とチェーン店では無い点を考慮すれば許容範囲内です。
一応、黒焼きそばと共にチャーハンも頼んでおきました(笑)
・・・・・・・で、やって来た黒焼きそば
運ばれて来た皿が予想以上にデカイです! 勿論焼きそば自体の量も初めから並み盛りなのに大盛り級です(汗)
・・・チャーハンもこのレベルで後から運ばれてくる事を考えると、 マジで大盛りで頼まなくて良かった〜(汗)
・・・・・俺と同じくチャーハンを頼んだキタイと、ハーフチャーハンを 頼んだユウキが絶句してました(笑)
で、ミッキーが追加で頼んだ生姜焼き丼が運ばれて来た訳ですが・・・
もう笑うしかないなってレベルです☆ ミッキー固まってます(涙)
黒焼きそばは、黒酢の影響か見た目の予想外に 思っていたよりも塩っ辛いと言うよりは無く、マイルドな後味が 癖になる感じです!
大量に入っている野菜のシャキシャキ感もGOODです♪ チャーハンも中々に美味でした!
ま〜俺が普通に食い終えて、満腹感に腹を摩っている間 ユウキが焼きそばを食い終えた時点でハーフチャーハンを半分 リタイヤ!
キタイ、ミッキーは無言だったり、ハァ〜〜〜!ふぅ〜〜〜〜!! と奇妙な喘ぎ声を出したり、・・・・・ウプッと何かを堪えていたり で大変そうです(マテ)
それを見ていたコチヤが「・・・・追加で頼まなくて良かった〜」と 呟いていましたが、恐らくそれが一番正解でしょう(ヲ)
何とか完食した2人を待って、店を後にします。
満腹過ぎて気持ち悪くなているミッキーと運転を交代して・・・・
帰路に着きます(爆)
・・・・・だって、他にこの辺で行き先が無いんだもん!!
途中、満腹感とあまりの陽気に眠気にヤラれて身の危険を感じたので 走行中に見付けたYAMADA電気へと突入し、色々とガンプラを 物色!!(笑)
いや〜目が覚めるわ〜
コチヤ「E.T先輩!自分、まだ誕生日プレゼント渡せてないので 何かガンプラプレゼントします!!何がいいですか?」
いや〜皆目を覚まして〜
・・・・・出来たらそっとしておいて下さい。 そう伝えてコチヤの申し出は気持ちだけ受け取っておきました(汗)
運転をミッキーに交代して、後は只管茅ヶ崎を目指します。
今回は夕方から珍しく茅ヶ崎で飲む予定だったのですが、予想以上に 渋滞に嵌ったりで、茅ヶ崎に到着したのが18時頃でした。
で、一旦皆を駅前で降ろしてから俺は車を置いて合流か!と思って いたら 「スマン、気持ち悪い・・・・・」とミッキー痛恨のリタイヤ(汗) 序にユウキも帰ると言うので、残ったコチヤとキタイに聞いてみると どちらも「飲みは13日に盛大にやるので、どちらでも良いです」との事。
ま〜それならばと、まさかのこの場で解散です(涙)
ま〜飲もうと思えば(思っていなくても)何時でも飲めるしね☆(ヲ)
そんな感じで終わった後期初イベントでしたが、まずまず満足のいく 内容ではなかったかと自画自賛♪(マテ) ま〜無事に楽しく帰って来れたで言う事は特に無いですがね☆
ただし・・・・食い過ぎは除く(邪笑)
さ〜って! この調子で後期も頑張ろう〜!!
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