もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2011年05月10日(火) 雨の琵琶湖にて・・・

今日は雨〜
朝から夜まで降水確率が平均で70%〜



・・・・・・・・そんな中、滋賀県は琵琶湖に行って参りました(汗)




鳥取の時も降水確率が酷かったですが(過去日記参照)、今回は
あの時とはレベルが違う!!


参加者
俺、ミッキー、コチヤ、キタイ、
そして過去の偉業により家族会議の末、めでたく(?)自宅謹慎コース
だったのですが、度重なる交渉の末、自宅謹慎→遠距離移動禁止→
門限0時までと頑張って状況を改善させ、今回特例で参加まで漕ぎ着けた
勇者王ことユウキ、


壮絶雨男ゲレゲレ、



の6人。





・・・・・・・・・今日は間違い無く雨ですな(涙)





仕事後のミッキーに皆を拾って来て貰い、我が家の駐車場にて
セレナに乗り換えて出発です。

今回のイベントは5人以上だったので、新愛車の初登板となりました♪



運転は、珍しく全日から2連休だったのでバッチリ睡眠OKな
ゲレゲレに任せて、寧ろ最近ゲームのやりすぎで寝不足な俺は
寝ます・・・・(マテ)




途中、東名のSAにてユウキが行方不明になって探したら
晩飯代わりの静岡おでんを貪っていたりと色々ありつつも
ゲレゲレの運転で西へ進んで行きます!(笑)

・・・・・何だか後部座席でご機嫌でキタイと盛り上がっている
ミッキー・・・・・・・・・寝ろよ!?

朝、ゲレゲレが限界を向かえたら運転はお前だからな(汗)


ま〜
最近まで、ずっと免許の残点1でしぶとく頑張ってきたゲレゲレさん
ですが、この度メデタく左折禁止を左折して御用になりフィーバー!

もう何度目になるか忘れましたが、またまたまたまた免停確定です(爆)


なので今回のドライブが免停前のライトランになります♪

そんな感じで降りしきる雨は、きっと彼の涙雨なのでしょう(笑)







朝、取り敢えず最初の目的地である琵琶湖の東に位置する
米原市にある『近江上平寺城址』へと到着です!


・・・・雨は非常に小降りです!!


何だかんだ車内で爆睡中のユウキを置いて出発です(ヲ)


京極氏の居城であった上平寺城。
京極氏の源流である佐々木氏は、鎌倉時代以前より近江(滋賀)にあり、
近江源氏とも称された由緒ある家系で、鎌倉時代に近江他数ヶ国の
守護に代々任じられていた佐々木氏の末裔が京極氏。

更には南近江に拠点を持った六角氏の祖でもありあます。


・・・ま〜六角さんとは敵対しますがね(笑)



麓の上平寺には京極氏の館が築かれ、その周りには城下町が形成されて
いました。
何でも日本最初の城下町形態とも言われ、館跡までの大手道両サイド
には重臣の邸跡などが並んでいたそうです!
館跡である伊吹神社より整備された道を50分ほど登りますと
城の址に着くのですが・・・・・・・・・
朝から50分の山道はさすがに・・・・・・・ね?(苦笑)

しかも天気も何時まで小康状態を保ってくれるか分からんし・・・

神社の横の看板に「ハチ、猪、クマに注意!」って書いてあるし(汗)


神社に続くまでの城跡には庭園跡も残っていて、かなりの規模の城
だった事が伺えました。
流石は名家の本拠地♪

この城は応仁の時期の京極氏本城ですが、遺構は浅井氏時代のもの
らしく信長と戦った時には活躍したそうです・・・





続きまして、同米原市内にあります「鎌刃城」なる城郭を
目指したのですが・・・・・・・・・・・・・

「林道を4km進む」とネットには書かれていたのですが、そもそも
その林道までの道で既にヤバイ狭い!薄暗い!!地面が土!!!


途中で車を雑木林に停めて徒歩のままトライするも・・・・・・・・・




先が全く見えない大自然を登のは辛い〜〜(涙)


どんどんと林道上に設置されていたカーブミラーが割れていくし、
人工物が見えなくなるし・・・・・・



終いには、僅か十数m先の山の中を、横幅2m弱。高さ1mほどの
灰色の毛の塊が凄い速度で横切って行ったのを目撃して・・・・・・・・




終了〜〜〜〜&撤収〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!


たぶん猪だと思うけど、麓で「熊に注意!!」って看板が出てる
くらいだし・・・・・・熊とのリアルファイトは誰も望んでいないので
大人しく帰ります〜(汗)






やたらと疲れましたが、気を取り直して出発です!
天気は今のところ小康状態を維持です♪



せっかくなので、城っぽい物を見よう!と近所にある『長浜城』へ
寄り道します!


秀吉が城主を務めたことで有名なこの城も、今は中が博物館になって
いる復元天守閣が建つだけですが、ま〜中々に立派なので
城分を補給します(笑)



序に、駐車場に傍にいた非常に人懐っこい黒猫に癒されて気力は
回復です!


・・・・・・・ま〜天気は悪化しましたが(涙)




結構降ってきた雨の中、琵琶湖を逆時計周りに北上して国宝の
十一面観音像を有することで知られる渡岸寺観音堂『向源寺』へと
立ち寄り、土砂降りの中でサクッと本殿などを見学して来ました(汗)

いや〜びしょ濡れです(涙)



・・・・・・・それにしても、うちらは滅多に傘を差さないね〜
俺も傘が車に積んであったけれど、面倒だからって何時も通りに
そのまま行ったしね(マテ)



その後は若干予定を変更して、これ以上北にあるポイントは後のイベント
と一緒にする事にして、「今津港」へと向かいます。



これより今津港から船に乗り、『琵琶湖』をクルージングして
「竹生島」へと渡ります!
今回の旅のメインです!!

本来は2便目の10:50発の船に乗る予定だったのですが、現時刻が
まだ8:30過ぎで、思っていたよりも道も空いていて間に合いそう
だったので1便目の9:40の船に乗る事にします!




・・・・・ま〜順調に進んできたのですが、最後は思っていた以上に
コジンマリとした波止場に気が付けずに辺りで迷子になったりして、結局
出航時間ギリギリになってりまい、近所の無料駐車場に車を停めてから
走って乗船場に駆け込んでの乗船になりました(汗)


平日の朝一の便で、生憎の雨だったので乗客は俺ら以外は5人ほど・・・
船内では、職業「クルーズアテンダント」なユウキが大はしゃぎ☆

釣られて俺らも大はしゃぎ!!(マテ)



コチヤ、キタイと後輩コンビが大人しく乗船しているのにも拘わらず
雨の中、勿論貸切状態な展望デッキで写真を撮ったり叫んでみたりで
年上4人組は馬鹿丸出しです♪(マテ)



20分ほどのクルーズを終えて、竹生島へと到着です!
往復乗船券と入島料がセットになっていて、今津から¥2900ほど
だったのですが、・・・・・・・・まさかの別途拝観料が掛かると言う
悪魔的罠が!!!!!


足下見過ぎだろ、宗教法人め!!!(怒)




ま〜シノゴノ言っていても此処まで来た以上は仕方が無いので
払いますよ(涙)




・・・・・・・・・・・ん?
ゲレゲレは何やってるの???


えっ!?
15人から団体割引が付くって?

・・・・そんなの俺らには全く関係無いだろ!?





・・・・・・・・で、何?
その珍妙なポーズは(汗)




「俺、分身の術使って15人になる!」






誰か!
お医者様を呼んで下さい!!
頭と心のお医者様を!!!!

今すぐに!!!




心底頭の悪い子を眺めていると、しかもそのポーズのままバランスを
崩して「をわっ!」とか言って石段から落ちそうになっています(滝汗)



・・・・・・・・・・・・そのまま琵琶湖まで転がって堕ちていけよ






ま〜脳内壊滅状態な子は放って置いて、竹生島内に建立されている
『宝厳寺』と『都久夫須麻神社』を拝観します。


宝厳寺
開基は行基とされ西国札所三十番でもあり、古来より琵琶湖の聖地と
して信仰されてきた古刹で、本尊は弁才天で江ノ島、厳島と並び
日本3大弁天としても有名です。

国宝の桃山時代の迫力ある彫刻が目を引く「唐門」
弁天を祀る「本堂」

西国三十三箇所観音霊場第30番札所で、本尊の秘仏千手観音立像を
安置する「観音堂」
因みに秘仏千手観音立像の開扉は、何と60年に一度だけ!!


宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ屋根付きの廊下で、豊臣秀吉の
御座船の用材を用いて建てたという伝承から「船廊下」の通称で呼ばれる
「渡廊」


等々、見応え十分なラインナップを辛うじて回復してくれた
曇り空の下、結構急な石段をヒーコラ言いながら見て回りました(笑)


江戸時代までは神仏習合であり、隣接する宝厳寺と一体化していた
都久夫須麻神社。
浅井姫命を祀る小祠が作られたのに始まると伝えられています。
明治時代の神仏分離令で一旦は宝厳寺との合併の話もあったものの
全国の信者の働きかけによって免れ、明治時代も寺、神社が
並び建って共存する事になったそうです。

本殿は、関白豊臣秀吉が時の天皇の迎える施設として伏見城内に建設した
「日暮御殿」を豊臣秀頼が移建寄進したもので、内部は狩野永徳、
狩野光信の作品と高台寺蒔絵によって黄金色に飾られている迫力のある
建物で、安土桃山時代の文化を伝える建造物として国宝に指定されて
います。

また、本殿の対面に位置する殿拝殿は琵琶湖に面する景勝地にあり、
眼下の断崖上に竜神拝所があります。
ここから土器を湖に投げると願いが竜神により成就されるという
「かわらけ投げ」が出来るそうで・・・・・・



ミッキー出番だよ♪(邪笑)

過去にかわらけ投げで手痛い目にあった彼にとっては
雪辱の良い機会ですね!(過去日記参照)



此処はかわらけに願いを書いて投げるスタイルだったのですが、願い事を
書くのをモタモタしていたら、後から来た小学生集団に巻き込まれて
スゲー投げにくい雰囲気に(笑)

だからさっさと投げておけば良かったのに〜




しかも今回も俺らは集団から逃れて外にいたので、ミッキーの
かわらけ投げを見た目撃者は無し!(爆)


いや〜ミッキー、次に期待してるね♪(邪笑)





参拝を終え、戻りの船が来るまでの30分ほどを
土産物屋にておでんを食べながらマッタリ待って過ごしました・・・


丁度、俺が買いに行った時にゲレゲレも着いてきたので


・・・・・勿論お会計はご一緒で♪です(ヲ)






流石に寝不足のまま騒ぎ続けていたので、帰りの船の中では
皆さん静かに御休みモードでした(笑)




再び今津港に戻って来たのが12時頃。

おでんだけでは足りずに腹も減ってきたのですが、辺りには何も
無かったので次へと進みます(汗)



続いてやって来たのは『大溝城址』

信長の弟、勘十郎信行の子である織田信澄が城主を務めた
明智光秀の縄張りによって築城の城。

近江高島駅前の公立総合病院の裏手に在るのを調べておいたので、病院を
目指して来たら・・・・・・・病院&その周辺が大工事中!!


・・・・ナビの情報が全くアテに出来ずに迂回路だらけの状況で
困っていたら、親切な工事現場のオッチャンが車の駐車スペースまで
色々と教えてくれたので助かりました♪



琵琶湖に浮かぶ水城だったのですが、明智光秀が信長を裏切った後に
光秀の娘を正室に貰っていた為に明智方と認識されて織田信澄が
討たれてから丹羽長秀、加藤光泰、生駒正親、京極高次が入れ替わり
入城するものの、現在遺構はあまり残っておらず、本の丸天守台の石垣が
残るだけです・・・


水城系は中々現存が難しいですな〜(汗)
でも天守台は、一つ一つの石の大きさに驚きでした!

田園に囲まれた立地ながら、目の前まで琵琶湖が迫ってきていて
水城の雰囲気は充分に満喫出来ましたね!!





さて、ここからやや内陸部(?)へと移動して『西教寺』へと!
天台系仏教の一派である天台真盛宗の総本山である寺で、この辺りを
善政をもって治めた明智光秀の霊を慰める為の供養塔がある事で有名。


裏切り者のイメージが強い光秀ですが、結構イイ奴だったんですよ
・・・・マジで


供養塔だけで無く本堂や客殿、勅使門、総門なども拝観してきました。

総門前の参道は左右に寺が建ち並び、雨上がりの雰囲気とマッチして
落ち着いたいい感じでしたね〜


何より人気が無いのがイイね!(ヲ)





続いて、江戸幕府に仕え「黒衣の宰相」とも称された天台宗の僧天海が
建立した『滋賀院門跡』へと訪れました。

門跡は、皇族・貴族が住職を務める特定の寺院を指します。



ま〜駐車場に車を停めたらパラパラと雨が降ってきて、結局殆どの連中が
車内で待っていると言うので、俺とゲレゲレとミッキーで駐車場から
走って行って来ました!
・・・・でも、拝観料払って中で入ったのは俺だけ(苦笑)

落ち着いた感じの建物も勿論良かったのですが、何と言っても
庭園でしょう!

広大な訳でも無く、色とりどりの花が咲き誇る訳でも無く・・・・
限られた空間に、有るべき物がそこに有る
そんな派手さは無いが充分に見応えのある庭園でした♪

ま〜襖や宝物、絵と色々展示されていたのですが、写真撮影禁止だった
ので其処は残念でしたね(汗)



また雨が強くなってきたので、急いで走り駐車場へと帰還します!


お次は近所にある『日吉大社』へと向かいます。



俗に山王権現とも呼ばれている日本全国に約2000社ある日吉・日枝・
山王神社の総本宮であるとても大きな神社です!


だんだんと強くなってきた雨の中、取り敢えず車で神社境内へと
進んで行くと、駐車場の手前で拝観料を払う場所があったのですが
後部座席で寝ているユウキが完全に死角になっていたので、受付の
おばちゃんに「5人です!」と言い切っての見学です(マテ)


西本宮と東本宮を中心に広大なの境内を持ち、猿を神の使いとして
崇拝する事で有名。


生憎の天気の中での拝観でしたが、木々が生い茂る境内は
意外と雨を除ける場所が豊富で、木々の下を雨宿りしながら
雨音を聴きながらの拝観も、また中々に乙なモノでした(笑)


東西の本殿、拝殿、楼門ともに見事な造りでしたし、境内に
建つ数々の神々を祀る摂社の並びに驚嘆したりと訪れてみて本当に
良かったです!
・・・・・ま〜次に来る機会があれば、次は流石に晴れている時に
来たいですね(苦笑)



で、撤収時に再びユウキを後部座席に押し込めて料金所を突破して
きました(マテ)



続いて訪れたのは、開基は最澄と伝えられている、比叡山の東麓、
琵琶湖岸に近い比叡辻に位置する『聖衆来迎寺』

この辺りでは唯一、信長の比叡山の焼き討ちを逃れた寺社で
数々の文化財が現代まで伝わっている事で(ある意味)有名!
聖衆来迎寺が織田信長の焼き討ちをまぬがれたのは、信長の家臣の
森可成の墓所がこの寺にあった為と云われています。



しかし、建物は折角焼き討ちから逃れられたのに江戸時代の大地震で
倒壊して、今ある建物は江戸時代以降の物(涙)


正直、坂本城の城門を移築したと伝えられている表門が見たかったので、
その為に寄りました(笑)



何だかんだ天気が今更になってどんどん良くなっていくのが
ムカつきますが、そろそろラストスパートです(汗)


更に先程(西教寺辺り)から空腹で結構ヤバイですが、近辺に程良い
感じの飲食店が見付からずに此処まで来てしまいました・・・・



そんなこんなで最後の目的地に到着です(汗)

『坂本城址』



明智光秀が琵琶湖湖畔に築いた、安土城に次ぐ名城とまで言われた
豪壮華麗な城・・・・・・・跡(涙)

城は光秀が秀吉に討たれて直ぐに完膚無きまでに破壊されました。


琵琶湖の湖上に作られた城だったので、今は城の遺構の殆どが
琵琶湖の湖底に沈んでいます。

なので、城址の公園に碑と明智光秀像が建っているのと、聖衆来迎寺に
移築されている城門以外に目立った物が残っておらずに
非常に残念です(涙)



ただ、琵琶湖に隣接する公園内の湖畔や琵琶湖の水面下に
石垣の残りが見えますが・・・・・・何とも物悲しいものですね(汗)



過去、夏の猛暑の時に水不足が祟り湖面が干上がった時には
石垣や遺構が湖面から出て来たらしく、当時見に来れなかった
小学生の自分が悔しいです(涙)

・・・・・次、干上がったら絶対に見に行くと心に誓いました(ヲ)





まだ時間的には行けそうでしたが、そろそろ空腹が危険域に突入しそう
なので、今日は此処までに!
・・・・・折角天気が回復してきたのにな〜(汗)


大津市まで向い、色々迷ったりしたもののショッピングモールに
入り、最上階のレストラン街にて海鮮丼の店に入りました。



いや〜
海鮮丼の特盛り&うどん付きセット・・・・・・・
一気に食いきったね!(笑)


マジで一瞬で食切りました!




会計時にミッキーが頼んだセットだけ、うどんがセットでは無く
単品扱いになっていて、俺らよりも料金が高くなっていてレジで
トラブりましたが、ま〜無事に支払い完了!


で、俺は俺で今日発売の小説をモール内の本屋に買いに行ったのですが、
そもそも入荷すらされていない事実に激しくショック!!!


結局、ペットショップで犬に癒されながら、ペット用の飲み物を
眺めつつ「次はどれを混ぜるかな〜」と脳内で色々とミッキーの為に
試作しておきました(邪笑)




モールを出てからは、高速に乗って帰るだけです。

途中の名神高速道路で上りの多賀SAにて、前回立寄った際に
タイムオーバーで暗くてよく見えなかった『敏満寺城』にリベンジ
してきました。(過去日記参照)




・・・・・・・土塁がドックラン
・・・・・・・・・・・物見台跡がレストランの裏手のゴミ置き場

後は申し訳ない程度に案内看板と城址の石碑が建つばかり・・・・




切ねーーーーー(涙)







ま〜結果はともかく(苦笑)
リベンジも果たしたので帰ります。




流石にまだ日がある内に滋賀を出発しているので、帰りは時間的に
余裕過ぎるくらいに余裕です♪


ま〜途中で何度か休憩を挟みながら、最後の足柄SAにて
晩飯を食べてから、予定通りの0時やや過ぎくらいの
ベストタイムで厚木ICを通過して帰宅しました。



いやいや、今回の旅は船を使って琵琶湖をクルージングする
と言う滅多に無いプランだったので中々に楽しめました!

更に実は、今回の旅は信長が築いた坂本城〜長浜城〜大溝城と連なる
琵琶湖ネットワークをメインに周ってみました♪




・・・・・ま〜所々降ったり止んだりな雨には泣かされましたが(涙)


今回は大津の方面は行けなかったので、次回の滋賀行きのイベントで
周りたいと思います!



セレナの初登板イベント!!
これからのイベントもセレナを出せるくらいに人が集まる事を
切に願います!!!

皆、ヨロシクね〜!


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