もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2011年03月06日(日) 新婚野郎と行く京都東(笑)

え〜っと、先の日記で書いた通りに京都へ行きます!
ナウ!

帰宅して、風呂入って飯食って直ぐに1時頃我が家に
キタイを拾ってやって来たクラウザーの車に乗り込み出発!!!




今回のメンバーは俺、クラウザー、キタイの3人と
大阪にて昨日、入籍はまだとは言え身内内で式を挙げた
新婚ホヤホヤなユースケの4人です(笑)



俺は一応、酒を最後に呑んでから6時間以上経つまでは運転する気は
皆無だったのでクラウザーに運転を任せて、後部座席でゴロゴロして
いました♪

明け方、クラウザーと運転を交代する気だったので直ぐに仮眠を
取りましたが・・・・・・・・・・・



給油は絶対に、たとえまだ余裕があっても浜松より手前でしろ!と
念を押しておきました(苦笑)(過去日記参照)




ま〜何だかんだで、俺も寝ては起きてを繰り返していたのですが
意外と今回は余裕なクラウザーさん。
・・・そう言えば、今日は土曜出発だったから休みだったんだね♪


結局、大阪のユースケ宅まで単独運転に成功です☆
いやいや、予想以上の頑張りにビックリだ!(笑)


大阪に7時過ぎに到着して、ユースケと合流。
何やらユースケは夕方から大阪にてバンドの練習があったらしく、
キーボードを車に積み込んだりとあったものの、
合流後は運転をユースケに交代して京都方面へと出発です。


出発直後から、最近恒例となりつつあるユースケへの差し入れタイムへ
突入です(邪笑)

俺が寝ていた間にクラウザーとキタイが共謀してSAで買い込んで来た
アンパン(つぶ餡)とアンパン(こし餡)、そしてアンパン(白餡)の
アンパン3連星☆★☆
そして、キタイよりドラ焼き型のキャンドルが渡されます(笑)
・・・・・そんなの何処で売っていた!?




・・・相変わらずにキタイが買って来る物は破壊力がデカイぜ(滝汗)
(過去日記参照)





途中、然したるアクシデントも無くアンパンを口に詰め込むユースケの
運転で京都へと到着です♪




まずやって来たのは、今回の旅でユースケからの唯一のリクエストで
あった『六波羅蜜寺』へとやって来ました。
六波羅蜜寺は踊り念仏で知られる市聖空也が平安時代中期の天暦5年
に造立した十一面観音を本尊とする道場に由来する寺で、平安時代末には
この付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が建てられた。
またのちに鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれたのもこの付近だった
そうです。

国宝の木造十一面観音立像は、12年に一度辰年にのみ開帳される
秘仏であるので見る事は出来ませんでしたが、それ以外にも
重要文化財である平清盛をモデルにしたと伝えられている木造僧形坐像
や、仏像としてはとても珍しい木造空也上人立像を見学して来ました!

木造空也上人立像↓Wikiの説明
鎌倉時代、運慶の四男・康勝の作。僧侶の肖像彫刻は坐像に表すものが
多いが、本像はわらじ履きで歩く空也の姿を表している。
疫病が蔓延していた京の街中を、空也が鉦(かね)を鳴らし、念仏を
唱えながら悪疫退散を祈りつつ歩くさまを迫真の描写力で表現している。
空也は首から鉦を下げ、右手には鉦を叩くための撞木(しゅもく)、
左手には鹿の角のついた杖をもっている。
空也の口からは6体の阿弥陀仏の小像が吐き出されている。
6体の阿弥陀仏は「南無阿弥陀仏」の6字を象徴し、念仏を唱えるさま
を視覚的に表現している。
六体の小像は針金でつながっている。


ま〜一見すると口から幽体離脱してるようにも見えます(マテ!)



見学後は続いては超・メジャー所『銀閣寺』へ!
正式な名前は慈照寺と言い、足利義政が鹿苑寺の金閣舎利殿を模して
造営した楼閣建築である観音殿は銀閣、観音殿を含めた寺院全体は
銀閣寺として区分されています。
義政の祖父である3代将軍義満が建てた金閣と対比されて用いられる
通称であります。

キンキラの金閣寺を比べて、銀箔が貼られていた痕跡も無く
まさにいぶし銀!って感じの黒く落ち着いた佇まいの国宝銀閣と
同じく国宝の東求堂、庭園の織りなす風景はまさに日本の美!

詫び寂びって言われても良く分かりにくいけれど、ここに来て
「こんな感じの!」って言われれば分かり安いと思うな(笑)


銀閣寺を満喫後はそのまま外へと出て、車を駐車場に停めたまま
『哲学の道』を暫し散歩してきました♪

まだまだ桜は咲いておらずに、やや寂しい感じでしたが銀閣寺を見た後
だったのでそんな哲学の道も「これも悪くないな〜」と単純に
楽しめました(笑)

そのまま歩いて行き、銀閣寺の近所にある『法然院』へと足を伸ばします。

法然院は落ち着いたと言うか、鄙びたと言うか、静かな趣きをもつ茅葺で
数奇屋造りの山門と辺りの山林の雰囲気がとても素晴らしい寺で、
寺の起こりは江戸時代に、知恩院の第38世である萬無が、法然ゆかりの
地に念仏道場を建てることを発願し、門弟の忍澂と共に再興したのが
起こりと云われています。

何より拝観料が掛からないというのが素晴らしいの一言です!(ヲ)



見学後は、再び哲学の道を通過して駐車場へと戻ります。
泣く泣く高い駐車料金を払い出発です(涙)



続いて向かったのは紅葉で有名な『真如堂』
真如堂は通称で、正式には真正極楽寺と言う結構幸せそうな名前の
お寺です(マテ)

残念ながら紅葉の時期では無いので・・・っつーか、紅葉の時期にこんな
場所にノコノコ土日の昼前にやって来たら、マジで河津に片道6時間
以上かけた奴と同類になってしまう(汗)(過去日記参照)
本尊の阿弥陀如来は「頷きの阿弥陀」とも呼ばれており、慈覚大師が
「修行者を守護して下され」と祈ると首を横に振り、
「衆生、特に女性をお救い下され」と祈ると頷いた、という伝説がある。

・・・・何だかんだ、よく読むとセイみたいな如来だな(爆)


ここの見応え十分な本堂、三重塔を見学した次は、当初の予定には
無かったご近所の『金戒光明寺』へと歩きで立ち寄ります!

金戒光明寺は通称をくろ谷さんと呼び、知恩院とならぶ格式を誇る
浄土宗の大本山の1つです!!


ま〜巨大な敷地を誇るお寺で、やはり迫力のある立派な御影堂をはじめ
山門、阿弥陀堂、文殊塔(三重塔)等を見学してきました。

ま〜何分迫力十分な広大な境内なので、過去に幾度も「大奥」「新撰組」
などの時代ドラマ、時代映画のロケで使用されています。

・・・・「極道の妻たち」のロケもあったみたいですが(苦笑)


その他にも幕末期に、会津藩主松平容保公が京都守護職に就任すると、
京都守護職会津藩の本陣となった場所でもあります。
藩兵1000人が京都に常駐し1年おきに交替しました。
会津藩士のみでは手が回りきらなかったため、守護職御預かりとして
新選組をその支配下に置き治安の維持に当たらせた・・・
この流れは有名ですね♪

この黒谷の地では今でも鳥羽・伏見の戦いで戦死した会津藩士の
菩提を弔っているそうです・・・・
境内には、その他にも春日局の墓もあるそうです。



朝からユースケ以外は殆ど何も食べていないので、いい加減に腹が
減ったのですが、流石は京都?
コンビニやら牛丼屋やらマックやら僕らのホームな店が
中々見当たらない(汗)

そうこうしている間に、車は進み次の目的地へと到着!
ここもまた有名ですね!『南禅寺』です。
日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる
別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ
臨済宗大本山である南禅寺は、駐車料金も大本山級の格式です(?)
・・・・・・・・覚悟を決めて駐車します(涙)


まずは駐車場より直ぐに見える三門!
歌舞伎の『楼門五三桐』の二幕目返しで石川五右衛門が
「絶景かな絶景かな・・・」という名科白を廻す「南禅寺三門」が
これです!
・・・・・・ただし実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った
寛永5年の建築なんですよね〜(汗)


しかも!この絶景かな〜を見ようとすると、まさかの三門に登るので
別料金が発生するという悪魔のような罠が!!

格式の高さは料金の高さに比例すると言ったところですかね(ヲ)
ま〜その分境内見学は無料なんだけど・・・・駐車料金がね〜(涙)


そのまま三門を潜り進んで行き、国宝である方丈も見学です!
(方丈は簡単に構築でき、また簡単に解体する事ができたため、
僧侶や隠遁者に愛用された建物です。)



方丈も三門も勿論立派ですが、正直ここのメインは之でしょう!
『水路閣』!!
南禅寺境内にある琵琶湖疏水(琵琶湖の湖水を、京都市へ通ずるために
作られた水路)の水道橋で、レンガ造りのアーチがまたオシャレで
カッコイイんだわ♪

ま〜俺が「ここって「けいおん!」のOPで出て来たよね?」と
余計な一言を言ったせいでクラウザーが過敏に反応し出して、更に
ユースケが無責任に煽るから・・・・・・・
何だかんだ2人して飛んだりハネたり、不思議なポーズをとったりして
写真を撮って遊んでいました(滝汗)




さて!



いい加減に腹減ったぞーーーーーーー!!!!!
南禅寺周辺は湯豆腐が有名ですが・・・・・・・・高いんじゃーー!!

料亭ですか?
そんなところで腹一杯豆腐を食ったら諭吉さんが何人お亡くなりに
なるとお思いですか!?

だんだんと俺まで挙動不信気味になり出してきたりして(汗)
しかも、結局歩いて移動中に手頃なレベルの飲食店は出て来ずに次の
目的地へと到着です(涙)

『永観堂』正式名は禅林寺。
浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院で、一般には通称の永観堂の呼び名の
ほうが有名です。

ここでは勿論、京都にて有名な寺なので、「高麗門」と呼ばれる形式の
総門。
「薬医門」と呼ばれる形式の中門。
総ケヤキ造の御影堂。多宝塔。方丈と見事な物を見させて貰いましたが、
ここは何より有名な「木造阿弥陀如来立像」も観て来ないと!!
「みかえり阿弥陀」の通称で知られる、頭部を左(向かって右)に
向けた大変珍しい姿の像で、横から呼んで振り返っているようなポーズを
とっています!
・・・たぶん、こんなポーズをしている仏像は日本で
此処だけでしょうね〜(笑)



さて!
いい加減に腹が減ってイライラしてきたので、永観堂の目の前に在った
蕎麦屋に値段も見ずに突撃!!

ま〜ヤバクなったらクラウザーかユースケ助けてね♪(マテ)


早速注文!
頼むは京都名物「鰊蕎麦」
蕎麦の上に身欠きニシンの甘露煮を載せた読んで字の如くな代物です♪

確りと甘辛く味付けされた鰊が蕎麦の汁と混ざり、その甘さや塩気が
引き立ち美味し!!
久しくぶりに腹に入った獲物に美味し!!!(ヲ)

値段は大盛りで¥980
・・・・京都で普通の蕎麦屋で大盛りを食べたにしては普通かな?




ある程度腹が満たされ、生き物として心にゆとりが生まれて後半戦へと
向かいます!


一旦南禅寺に戻り、車に乗って出発です。
短い距離ですが、歩くにはダルかったので横着して車で移動(汗)
やって来たのは『無鄰菴』

無鄰菴は明治の元勲山県有朋ゆかりの池泉回遊式と言う様式の庭園で、
琵琶湖疏水の水を引き込んだ、水の流れを感じる庭園です。


ま〜それよりも、日露大戦がこの無鄰菴で決定されたと言う事実の方が
俺的には萌ポイントですがね(ヲ)


そんな歴史的な背景を考えながら、水のせせらぎを感じながら暫し
ボケ〜っとしてきました(笑)



で、続いては『平安神宮』へと向かいます!


いや〜広いね〜大きね〜〜
敷地面積は約10000坪だって!
しかも併設された「平安神宮神苑」を含めると約20000坪も
あるらしいよ(汗)

明治28年に平安遷都1100年を記念して京都で開催された
内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏の一部復元が
計画された際に5/8スケールで築かれた物を後日、平安遷都を行った
天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として建立された神社で、
歴史は新しい神社です。

高さ24mもある大鳥居や、鮮やかな朱塗りの應天門。
その両サイドに植えられた左近の桜と右近の橘を見て来ました!
・・・ま〜桜は咲いておらずに橘は鳥に突っつかれていましたが(汗)


その後、最後の目的地近辺へと車にて移動!
到着時刻は14時・・・・ユースケの大阪でのバンドの練習を考えると
時間的にはここら辺が潮時か!?

ま〜そろそろ駐車場代は未だしも、拝観料がとんでもなく財布に打撃を
与えて来ていますからね〜(涙)


最後の力を振り絞り(財布的に)やって来ました『青蓮院門跡』

一旦、近所の知恩院に車を停めて徒歩での移動になります。


青蓮院(青蓮院門跡)は、三千院(梶井門跡)、妙法院とともに
天台宗の三門跡寺院とされています。
「門跡寺院」とは皇室や摂関家の子弟が入寺する寺院の事であり、
青蓮院は多くの法親王が門主(住職)を務め、宮門跡寺院として高い
格式を誇ってきた寺院の一つ。
江戸時代に仮御所となったことがあるため「粟田御所」とも呼ばれる事も。
日本三不動の一つ「青不動」のある寺としても知られています。
残り二つは金剛峯寺(高野山)の赤不動と三井寺(滋賀)の黄不動です。


本堂、宸殿、小御所、華頂殿(書院)、叢華殿、好文亭(茶室)と
言った伽藍はそんなに古いものでは無いのですが、庭園と合わせた
眺めは中々のモノ!
特に、今回は見れませんでしたが例年春と秋に期日を区切って
夜間拝観を実施し、庭園のライトアップを行っている際の風景は
幻想的であり圧倒的です!!
マジで一見の価値有りですよ!!!!


さて、見学後は徒歩で『知恩院』まで戻り見学して行きます。
知恩院は浄土宗総本山の寺院で、開基はかの高名な法然さんです!

浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた
寺院で、徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め今尚巨大な寺院です。


石段を登ると(登る前から見えていますが)国宝の三門が見えます。
東大寺南大門より大きく、現存する日本の寺院の三門の中で最大の
二階二重門だそうです。
石段を更に登って行くと、徳川3代将軍徳川家光によって建立された
巨大な本堂や大方丈や小方丈等を見学。

もっと時間があれば、知恩院の七不思議を全部探して歩きたかったの
ですが今回は「忘れ傘」だけ見付けておきました♪


何だかんだ小雨が降って来ましたので、やはり今日は之にて
終了ですかね〜・・・・・



ま〜地図を見たら祇園が近かったので、最後の最後で立ち寄って
見る事にします!

そのまま徒歩で進み、少し迷子になりながらも到着。
やって来たのは『祇園巽橋』

御茶屋が建ち並ぶ、石畳の入り組んだ祇園らしい絵になる景色を
やや小雨が降る中、雰囲気満点でブラリと歩いてきました♪


ま〜この小路を外れると、今も昔も祇園は色街なのでそういったお店が
チラホラと(笑)

チラホラ見つける度にクラウザーさんがキョどっていて
猟奇的でした!(ヲ)



せっかくの祇園なので、この近所にある舞妓さんが小腹が空いた時に
食べる人気商品カレーうどんを創業85年の老舗「おかる」さんで
食べて帰る事にします!

・・・・・舞妓さんとカレーうどんって組み合わせが今一こう・・・・
ピン!と来ないんですねど(苦笑)


だって、白い服着ている時ですらカレーうどんを食べるのは半端じゃない
リスキーな行為だって言うのに、着物着用でカレーうどんに挑むとは
正気の沙汰じゃないよ!(汗)


ま〜カレーうどんは普通に美味かったよ!!(笑)



その後、やや迷子になりながらも駐車場に戻りまして、凶悪なほどの
駐車料金を支払い、朝から運転し通しなユースケから俺が
運転を引き継いで出発です。
結局、迷子とカレーうどんのせいでバンドの練習時間にギリギリに
なってしまったユースケを乗せて急ぎ最寄り駅へと向かいます!



駅前で、信号が赤のタイミングで迅速にクルマから降りて
トランクからキーボードを取り出したユースケと慌ただしく別れて
我々も帰路に着きます(苦笑)




帰りは高速に乗るまでは混んでいましたが、乗ってしまえば
あっと言う間に滋賀県へ到着です。
何時もは近い方の新名神を通りますが、今回は所用があり珍しく
久し振りに名神の方を通ります!


で、多賀SAに立ち寄ります!
・・・・・日本に城跡は数有れど、SA内に遺構があるのは
此処だけだろうさ!
『敏満寺城』と言う城の遺構がSA内のガソリンスタンド近くに
公園として残されています。

元々は敏満寺と言うお寺だったのですが、室町時代初期には湖東の
一大寺院と化し、その勢力で周辺の守護大名とも諍いを起こします。
応神の乱以降は要塞化され、僧兵の拠点として使用されてきた
城らしいです。

現在では曲輪・土塁・空堀・櫓台跡が残されており、中でも曲輪と
土塁はドックランになっていて、かなりウケました(笑)

ま〜外が暗くなってきてしまっていたので、あんまりじっくりとは
見れなかったので、今度滋賀にでも遊びに来た時にリベンジしますかね!


多賀SAにてクラウザーが「マテ茶」のジェラードをノリでご購入!
序に我々にも奢って下さると言うので俺はココナッツ、キタイは洋梨を
チョイス♪
・・・・・・ま〜何で敢えてお前はマテ茶に手を出した!?と言う
ツッコミは奢ってもらったアイスを食べて一緒に飲み込みます(笑)


・・・・・で、マテ茶のジェラードはどうですか?


「・・・・・・俺、良く考えたらマテ茶って飲んだ事無いから、そもそも
マテ茶の味が分からないんだけど〜」(凹)



流石、クラウザークオリティーはパナイッスね☆彡


「一口あげるよ!」


・・・・・・・・・・・・・・ゑ〜〜(汗)




キタイと一口ずつ貰って食べたものの・・・・・・・・
すげー重い甘苦さ(汗)


マテ茶食ったせいで、その後で自分のアイスを食べても殆ど
味がしないです(涙)






ま〜そんなこんなで進んで行き、途中の一宮付近で渋滞に嵌り
余りの眠気にクラウザーに運転を交代!


起きた時には静岡の中半まで進んでおり、運転交代を申し出るも
まだまだ行ける!と言うクラウザーを信じて彼の運転でそのまま
突き進みます♪


順調に!・・・・・そして無事に(ヲ)厚木ICを降りて
最後に寒川にて吉野家に入って晩飯を食べて帰りました!

最後は俺が家まで運転をして、我が家の前で別れたのがだいたい
0時前でした。


皆、特にクラウザーはお疲れ様でした〜!
最後まで気を付けて帰れよ〜(苦笑)

ユースケはバンドの練習間に合ったのか!?(汗)







ま〜今回のイベントも色々あったね〜
何より、今回はクラウザーの運転可能距離が格段に伸びてきているのを
実感出来たイベントでしたね〜!

ユースケは、式は済ませたもののまだ籍入れておらず、姉御と一緒に
住んでもいないので新婚っぽさは皆無だったしな(笑)






しかし、京都は駐車場代もそうだが・・・・拝観料が高く付くね(涙)
もう少し全体的に安ければチョクチョク行き安いのだがね〜

ま〜高く付くのを分かっていても、それでも何度でも行きたくなるのが
京都の良い(悪い)所だよね〜(苦笑)


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