もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2010年08月25日(水) 夏の小さな旅企画!5〜福島古城巡り〜

イエーーッス!
夏ももう終わるけれど俺の夏はまだまだ終わらんぜ〜!(笑)



うちの団体の恒例イベント
夏の大規模旅行が足並みが揃わなかったせいで御流れになった
腹癒せでバシバシ企画していた夏の小さな旅企画も最後!(マテ)


今まであまり行っていない福島の太平洋側を
古城や東北4大焼そばの一つを食しに行って来ます♪
(今まで食べたのは横手、黒石(過去日記参照))



メンバーは俺、ゲレゲレ、キタイの3人の予定だったのですが、
ゲレゲレが出発日(前日)の昼過ぎになって「熱が出て行けない」と
言い出したから、さぁ大変だ!(汗)

3人人数が揃わないと御流れになってしまうのが、このサークルの
イベントのルールです!

夏の最後でお流れか!?
何とかそれは回避したいので、ゲレゲレのキャンセル料を見込んで
金欠で不参加っぽい連中に声を掛けていくと・・・・・・



まさかのジュンさんGETだぜ〜〜!!!
流石はエース!
頼りになるぜ!(色々と)

何でも、昨日イキナリ25日が休みになったと言う奇跡っぷりに
乾杯です(笑)




ってな訳で、俺、ジュンさん、キタイの3人で出発です♪

仕事後に俺がキタイを自宅まで迎えに行き、そこから下道を
工事渋滞に巻き込まれながらタラタラ進み、川越に到着!

久しぶりの川越です♪

そして久しぶりのジュンさんと合流です(笑)


「最近全く車の運転なんかしていないよ」と言いながらも
運転席に颯爽と乗り込むエース(爆)



俺は後部座席で心置きなく寝られます♪



相変わらずの変わる事無い安心と信頼のドライビングで
起きた時には最初の目的地である栃木、茨木に近い福島県の
棚倉に着いていました(笑)

まず最初の目的地『棚倉城跡』

織田信長の重臣であった丹羽長重が江戸時代に入ってから築いた城で
会津戦争で焼け落ちてしまい、今では建物等は残っていませんが
本丸の水堀や高土塁、大手門の虎口の形状などの保存状態が比較的
良い城跡です。

そんなお堀の周りやらを土塁沿いに眠気覚ましに散歩して来ました・・・



時刻はAM7時ですが・・・・・もう既に暑いです(涙)


続いて近所にあった『八槻都々古和気神社』へ向かいます。
更に近所に『馬場都々古和気神社』が在り、そのどちらもが
陸奥の国の一ノ宮を謳っています(汗)

更に更に!
過去のイベントで行った「鹽竈神社」も陸奥の一ノ宮でしたよね(汗)
(過去日記参照)


・・・何のこっちゃ??



て、両方行って見てきたものの、八槻都々古和気神社は森に囲まれた
比較的小ぢんまりした境内で「奥州一宮」と書かれていて
馬場都々古和気神社の方は、忌々しくも警察寮が目の前に在り心象が
悪かったですが(ヲ)
先の八槻都々古和気神社に比べて大きな森の中に鎮座していました。
そしてそこには「陸奥一宮」と書かれており・・・・・・


紛らわしい上、そこまで違いが分からん(汗)
言い方が少し違うだけでないのかい??



結局、3人で頭を抱えてもサッパリ分からずに撤収!(笑)


続いて少し北上して『石都々古和気神社』へ・・・

名前が前の2つと似てますよね?


えぇ・・・・ここも「陸奥の国の一ノ宮」を謳っているんです!(爆)



もう好きにして下さい(涙)



この神社、小山の頂上に鎮座しているのですが、実は平安時代には
この地に建てられていたと書にまで書かれている古刹!

そして、当時この地を治めていた豪族石川氏の居城「三芦城」の
跡地でもあります!

役場に車を停めて、裏手の石段を登って見学へ・・・

大した高さの山でも無いくせに、城を建てたのも分かる防御力の高い=
登りにくさに泣き言が続出(汗)

恐らくは、防衛の一環として利用されていたであろう巨石群や
崖など見応えのある天然物を見ながら社へ汗だくで到着〜


城跡としては、残っている遺構は社の裏手に長い規模で土塁が残されて
いるだけで、後は石碑と案内板程度です(汗)


それよりも・・・・・この炎天下で山登りは頂けないね〜
帰り道の事を考えると・・・(涙)



更に汗ダクダクのダクダクで下山して、車に乗り込み
エコ?知らねーよそんな事!!とばかりにエアコンMAX!!!



ヒンヤリしながら海側へ抜ける前にもう一箇所寄り道します♪


近辺の住所をナビにセットしているのに見当たらず、何度も行ったり
来たりを繰り返し、やっとの思いで案内板を発見し辿り着いたは『常盤城』

常盤城は「石橋山の戦い」に敗れて落ち延びた源頼朝を見つけた時、
寓生で頼朝を覆い隠し身の安全を図った熊谷直実の子孫である
熊谷直則によって築かれたと云われています。
その後、播磨赤松氏の一族常葉顕則が城主を努めたものの
当時この地を虎視眈々と狙っていた相馬氏の手によって滅ぼされて
しまいました。


現在は館山公園として城跡一帯が整備され、二層の模擬天守が
建てられています。





・・・・・・・・・が!

ここ、本当に公園か!?
マーチに大人3人乗っているとは言え、ローギアで辛うじて登る事の
出来る急斜面を登らないと辿り着けない公園って(汗)

しかも、比較的街中よココ??(滝汗)




登り切ったら登り切ったで


・・・・・・・・ぅお〜い責任者〜
この地では荒地の事を駐車場って呼ぶのかな?


遊具らしきものが若干見えるものの、全ては草木に埋もれて
城と共に歴史の中に消え去りそうになってますよ〜(汗)


かなりガチで草木を掻き分け、何やら草むらから出て来そうな山中
(もはや公園に非ず!!!)を突破!!!

やっと木々の隙間から見えて来た
天守らしき物を目指してラストスパート!



・・・・・・・シャッター付きの天守閣モドキですか〜(涙)
鬱蒼とした山中に、放置され過ぎて草木が育ちまくり、誰も辿り着け無い
ようなレベルに上がった城の防御レベルだけは認めますが、そもそも
この時点で公園を名乗る事に疑問は無いのかね?

何でもこの辺りは、カブトムシとかクワガタがよく取れるのか
その手の観光施設が多々近隣に在りましたが、ココでも
さぞ良く取れるだろうよ!!!
・・・カブトムシどころか見た事の無い虫とか蛇とか居そうだし!
ツチノコとかミューツーとかだって取れそうだぞ!!(ヲ)


さ〜常盤城の素晴らしさで車内は大いに盛り上がってまいります!(笑)


早朝に軽くコンビニで食べただけだったので、そろそろ腹も減って
きましたし!
本日のメインイベントへ向かいますか〜!!!



やって来ましたは『浪江』
福島のやや北部の太平洋側に位置する、古くから漁業、農業、工事労働者
たちの集まる田舎町で、その彼らの腹を満たすところから始まった
「浪江焼そば」
特徴は何と言っても極太麺!!!
その麺を彩る濃厚ソースと、蒸し麺ではなく、茹でてから冷水で締める
事で更に麺にコシを!
そして植物油では無くラードで炒める事によって更にガッツリ感を
出している、まさに腹に確りと溜まるガテン系ヤキソバ!!!

今回選んだ店は「宝来軒」と言う昭和33年に浪江ヤキソバが発祥
した時から作り続けている本場の店です。


昼食時に有名店へ行ったので覚悟はしていたのですが、たまたま運良く
直ぐに席へ座る事が出来ました♪

浪江ヤキソバ、安いよ〜
普通の店の2〜3倍入っている大盛りで¥650だもん!
具はモヤシと豚肉のみ!
肉もスライス肉では無く、もっと肉厚のゴロゴロした肉が使われており
ボリューム感タップリです♪

「ヤキソバはファーストフードじゃねぇー!」の一家言を持つ
店長のコダワリで茹で置きの麺は一切使っていないので15分くらい
待ちましたが、その甲斐あって激・美味なヤキソバが食えました!

東北ヤキソバ、コレで3つ目になりますが外れ無しです!!



腹も満たされて、そろそろ後半戦へと突入です!

宮城との県境に近い相馬市にて、この辺りの名家にして伊達家の
ライバル的存在である相馬家の本拠地『相馬中村城』へとやって来ました。

現在は相馬氏を祀る「相馬神社」や市営球場になっていますが
その所々に外大手一の門、門跡、石垣、土塁、堀、石碑などが
立ち並んでいます。

ここは相馬野馬追と言う、甲冑競馬および神旗争奪戦で有名です。
相馬野馬追は1600年前に平将門が野生馬を放し、敵兵に見立てて
軍事訓練をした事に始まると言われている神事です。


なので神社の境内には馬が居ました♪
大きな馬は丁度水浴び中で間近で見る事が出来ました!

その他にも小さいロバ?も居て小さい子も馬と触れ合える
馬馬した神社でした(笑)


俺も思う存分にロバを愛でておきます!



・・・・・ただね、少〜しだけ気になったのが、ロバの近くにあった
ゲージにウサギさんが2羽居たんですよ


いくら見ていてもピクリとも動かないので、心配になって
近づいてみても反応しなくて・・・・・・・


お腹を触ってもピクリとも反応しなかったんですよ〜(汗)


終いにはキタイが
「・・・・死んでません?」とか言い出すし!
ジュンさんも
「動物を触ったと言うよりは肉に触れた感じだ」とか言うし!!

良く見たらゲージに固定してあるはずの水のボトルが
ホルダーから外れて地面に落ちてるし〜〜〜!!!!!(核)




・・・・・・・・・何も見なかった、ココには馬しか居なかった
だって相「馬」神社で相「兎」じゃないもんな♪と自分に言い聞かせて
ギクシャクと撤収(マテ!)

駐車場までの帰り道で、放し飼い中の犬に突撃されて
身の危険を感じたのは呪いか!?


そして次に向かったのは選りにも選って『霊山寺』(爆)
霊山と言う、神聖視され崇拝の対象となる山に建てられた寺です・・・

修験道の山として知られ、山中には護摩檀跡などの名残も残っている
そうです・・・

さっきのウサギさんたちの(以下自粛)


実はここも城跡で、南北朝時代に南朝方の北畠顕家が「霊山城」を
築き、義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国の国府を置くなど、
奥羽地方における南朝方の一大拠点として機能していたそうです。

しかし北朝方が優勢になるにつれ、霊山の南朝軍も追い詰められていき、
南北朝末期についに落城します。




続いて本日最後の目的地も城です!(笑)
『大森城』と言う福島市の市内に建つ城跡で、現在は城山公園として
福島県屈指の桜の名所としても有名です。

実はこの城は、伊達政宗の片腕として活躍する伊達成実が生まれた城
でもあり、伊達実元、成美、片倉小十郎景綱まで五十年余り伊達氏が
支配してきた伊達領の要所でもあります。

城の遺構は土塁や空堀くらいしか残されていませんが、城の北部に
物見櫓「風」の展望台があると言うので行って見る事に!






・・・・・・・・見るんじゃ無かった(涙)




マジで櫓風!
展望台入り口の看板にも
「時代考察は全く関係無しにテンションで押っ立てたぜオルゥラァ!」
と書かれておりましたが・・・・・・・・


この一体全体何処がどう物見櫓風なのか3日程問い詰めたいレベルの
建造物を見て「へ〜当時はこんな櫓がココには建っていたんだ〜」って
思う奴が居たらソイツは入院が必要だ!(ヲ)
病室でミッチリ歴史を学んで来い!!!


最後は妙に疲れましたが、これにて本日の行程は終了です!
福島市内にいるので帰りは直ぐに東北道に乗れたので
非常に楽でしたね♪


途中、福島県南部で土砂降りの雨に遭遇しましたが、これに直撃されずに
済んで良かったです(汗)



ジュンさんと交代交代で川越まで戻って来たのが
20時前くらいだったかな?
ま〜17時まで福島に居てこのタイムならマズマズではないかと(笑)


ジュンさんと別れた後、キタイと牛丼屋で晩飯を食べてから
マッタリと帰りました。

帰りはさしたる渋滞も無く順調に無事にキタイを家の前まで送り届けて
俺も帰宅です。

23時には家に帰って来られたので、やっぱり福島は近いな(笑)






今回の旅の一番の収穫はジュンさんに久し振りに会えた事でしょうね♪
変わっていなくて安心しました!

今は職場が大変で休みが取れないらしいですが、一刻も早く職場が
落ち着いて、こちらに復帰できる日を待っています!





・・・・後ね、キタイよ!
運転中に「アメイジング・グレイス」のCDとか掛けちゃダメ!!
マジで逝くよ!?


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