もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2010年02月27日(土) リッチに箱根一泊!(観光編)

前回の日記でお知らせした通り、西伊豆から帰ってきてから
中一日を置いて今日から再びお出かけです(笑)


今回は、近すぎてこんな機会が無いと我々は来る機会が無さそうな
箱根にマッタリと(最近、マッタリ系のイベントが多いな(苦笑))
一泊しようと言う企画!


俺は日程と予定の概略を作ったら、幹事をやってくれると言い出した
MICHELに丸投げ♪(マテ)




参加者は色々あって、クラウザーが直前で仕事のせいで不参加に!
なので俺、MICHEL、もりへーの3人と、日帰りなら参加可能だった
コチヤで開催です!!



MICHELともりへーは「こんな機会じゃなきゃ乗らないし」と言って
ロマンスカーで箱根入りの予定。

俺は、茅ヶ崎からロマンスカーに乗るには移動が面倒だったので
もういっその事、車で箱根入りしちゃいます!

せっかくコチヤが参加可能になったので、過去にコチヤと湯河原で
「坦々焼きそば」を食べた際に、序に神奈川県内をウロウロした時に
未到達の細かい場所を見て回る事に!(過去日記参照)





流石に今回は朝出発です(笑)
朝、10時頃にコチヤと茅ヶ崎駅前にて落ち合い出発!
最初にやって来たのは、お隣平塚市平塚駅前の『平塚八幡宮』
相模国の五ノ宮!
鎌倉時代以降は武人の信仰もあつく、源頼朝公の婦人(政子)の安産を
願って神馬奉納、徳川家康公の社領寄進など知らなかった事実が
続々発覚!

国道一号に面している為、車は裏手の市役所に(マテ)
受付のオッサンに「市役所に御用ですか?」と聞かれたので
「市役所(の駐車場)に用事があります!」と即答♪


見学後は、そのまま国道一号を西進して行きます。
やって来たのは大磯町『六所神社』
相模国総社六所神社と呼ばれていて、
国府本郷の神揃山や大矢場を中心に、一之宮(寒川神社)、二之宮
(川勾神社)、三之宮(比々多神社)、四之宮(前鳥神社)、
平塚八幡神社の5社の分霊を合わせ祀っているそうです。


更に西へ向かい、二ノ宮町の由来にもなっている『川勾神社』へ!
相模国の二ノ宮で、古めかしい茅葺屋根の神門や門前の菜の花が
派手ではないものの、とても風情があり見ていて癒されました。


お次は小田原市OF小田原!
『小田原城』と併設された『報徳二宮神社』を見学します。

・・・・・ここでは流石に駐車料金が発生(汗)

報徳二宮神社は有名な「二宮尊徳」を奉る為に明治に建立された
割と新らし目な神社です。

小田原城は後北条氏の居城として、戦国時代は難攻不落の城として、
豊臣軍22万に攻められて落城=戦国時代の終幕。
と、色々有名な城の一つです。


お隣りの早川で、豊臣VS北条の流れで『石垣山一夜城』へも
行って来ました♪



・・・・・・・・・えっ!?
って言うくらい急で狭い農道を延々と登って行き、道に迷って無いか
不安になりながらも何とか到着(汗)

太閤一夜城とも呼ばれ、秀吉が築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の
骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけ、一夜のうちに
周囲の樹木を伐採し、それを見た小田原城中の将兵が驚き志気を
失ったために北条氏は降伏したと言われています。
しかし、実際にはのべ4万人が動員され、天正18年4月から6月まで
約80日間が費やされたそうです。

ま〜でも、実際に石垣山一夜城から眼下を見下ろすと、小田原市街地は
おろか小田原城内まで丸見えだもんね〜
これじゃ〜士気も駄々下がりで戦にならないでしょ(苦笑)


あ〜、あと石垣山一夜城の周りは梅が満開で見頃でした♪
混雑している中、梅園まで行って見る事も無く梅の花を満喫する事が
出来ちゃいました(笑)

さて、ここまで渋滞にもはまらずに一気に見学して行き
時刻はまだ13:30!


飯でも食おうか?と言う意見も出ましたが、ま〜行ってしまえ!と
見学続行です!!


箱根エリアに突入し、北条5代の菩提寺『早雲寺』へ!
途中のコンビニで軽く飯を食べてから見学開始です。

そう広くも無い境内に立ち並ぶ巨木が圧巻!
落ち着いた佇まいの門や本堂等を見学し、奥にある墓所の更に一番奥で
北条5代のお墓も見学してきました。
先日までの雨の影響か、墓所を囲う塀の中は入り口から墓石まで伸びる
通路以外は全て水没していて、何だかRPGのダンジョンか神殿みたいに
なっていました(笑)


本来はここで本日の工程は終了だったのですが、流石に15時前に
解散も無いだろうと予定を追加して、箱根を突っ切って静岡県に
少し入り、三島市との境にある『山中城跡』を見学してきました!

山中城は箱根外輪山の西側斜面、標高580mに築かれた山城で、
永禄年間後半に北条家第三代北条氏康が小田原城の西の固めとして
築城した城です。
当初は小さな規模の城だったのですが豊臣秀吉の小田原城攻撃を予想し、
天正17年(1589)北条氏政が北条氏の最前線拠点として大修築を
行ないました。

・・・・・4千の防衛軍に徳川家康を主将とする豊臣方の先鋒軍
7万に攻撃され、城は半日で落とされました。
ま〜戦力比が17.5:1じゃ、どうしようもないよな(苦笑)



北条氏の西の防衛線だけあって、城跡も防衛機構は全て西側を
向いています。
現存する建物等はありませんが、畝掘や障子堀と言った色々な堀や
土塁の復元を見ることが出来、当時の北条の築城技術を目の当たりに
する事が出来ます。

近くにあった、小田原攻めの際の豊臣方、北条方の戦没者の霊を祀る
『宋閑寺』や虫歯地蔵なる不思議な地蔵なども見学してきました。



流石に見る物も尽きたので撤収です!
天候も崩れ始めてきて、箱根の山は徐々に霧で包まれてきました(汗)

コチヤは「黒卵」を買って帰りたいらしく、大涌谷以外で売っている
箱根板橋駅まで送って行きました。

登り方面の箱根湯本駅前の渋滞を鬱々とした気分で眺めながら
山を下って行きます(涙)


さて、コチヤと箱根板橋駅前で別れて、俺は既に旅館にチェックイン
しているMICHEL達と合流すべく、再び渋滞覚悟で来た道バックで
旅館を目指しますか〜!




・・・・・・・・・・・・・・・(旅館編へ続く♪)


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