| 2010年02月05日(金) |
極寒の京都北!チラホラと雪が舞ってます(涙) |
今日は京都へ行って来ます!
メンバーは俺、カーオーディオが直ってご機嫌なミッキ−、 イベント参加は久しぶりの老ちゃんの3人です。
今までは京都は南側を重点的に観光して来た回が続いたので、 少し迷いましたが今回は逆サイドの北側を重点的に観光して来ます♪
今回はミッキー車で移動と決まったので、横浜駅で老ちゃんを拾って来た ミッキーに、そのまま俺も家の前で拾って貰いAM1時半ころ出発!
・・・家の中でETCカードを無くしてしまい、探していたら 職場から着て帰ってきたツナギの胸ポケットに入っておりました。
仕事帰りに、回収し忘れないように抜いておいたんだった(汗)
・・・・で、ツナギは現在絶賛洗濯中!!! って事は? =ETCカードも洗濯中!(爆)
何とか無事に回収してから出発〜!! ・・・・厚木の料金所を通過するまで、無事に使えるのか 結構不安でした(涙)
そんなこんなで幸先のイイ(?)スタートを切った今回のイベント(ヲ)
先発運転手が俺で助手席老ちゃん、後部座席のミッキーは早速就寝・・・ と言った何時ものスタイルで進みます♪
時間帯と時期の割には夜中の高速道路はトラックがいっぱい居て ウザかったです(汗)
途中、浜名湖のSAで眠気覚ましがてら夜食を食べてリフレッシュ♪
明け方まで運転を継続して、京都近辺のSAでミッキーに運転を代わって 貰い、俺も仮眠を取ります・・・
最初の目的地に到着したのがAM7:40 顔がピリピリするほどの寒さです(涙)
そんな中、まだ始業前の市役所の駐車場に「関係者ですけど何か?」 みたいな感じで車を停めておきます(マテ) やって来たのは『園部城』
市役所側から入って行き、園部公園へ まず雄雄しく聳える天守閣風の建物「園部國際交流会館」に圧倒(?) されながらも目指すは園部高校。
この高校の正門が、園部城本の丸表門、その側に建つ二層の巽櫓が 現存しています。
戦国時代、園部城は丹波八上城主波多野氏の家臣荒木氏綱が 城主であったものの元和5年、小出吉親が但馬出石から 30000石で入封。 小出氏は入封後2年の歳月をかけて、小向山の山麓に城を完成させ、 江戸時代を通じて園部から動くことなく10代英尚の時に明治を 迎えたそうです。
本の丸は、園部高校の敷地となっているため、 立ち入ることは出来ないのですが、表門と櫓周辺は本当に外から見学 OKな感じ!
門前を掃除していた高校生たちに「何こいつら!?」みたいな目で 見られながら、体育教師を召喚OR国家の犬に通報される前に急ぎ撤収!
次は亀岡市内に居ある丹波国一の宮『出雲大神宮』 ご利益は「長寿」「縁結び」「金運」
・・・・・・・・是非ともご利益下さい!!! マジで!!! 3つともバランス良く下さい・・・お願いします〜 最近色々と色艶の無い生活やらツライです〜(涙) ・・・あ〜、でもお金も無いので金運も多めに欲しいです〜♪
と、日が出て来たのにまだまだ寒い境内をガタガタ言いながらも かなり気合を入れてお願いして来たので今後の展開に期待大です!
途中、コンビニに寄って朝食を食べてから同じく亀岡市内にある 『亀山城』へ! 亀山城は明智光秀が丹波攻略の拠点として、そして江戸時代は山陰への 抑えの拠点として重宝された城です。 天正10年、光秀は信長より中国出陣を命じられ亀山城を出陣したが、 老の坂を下り桂川から京の本能寺に軍勢を転じて主君織田信長を討った。 所謂「本能寺の変」のスタート地点となった事で有名です。
当時は五層の立派な天守が存在していたそうですが、今では天守を含めて 城跡には何も建物は残っていません(泣) ま〜ただ、天守閣の規模を偲ばせる立派な石垣や天守台が残っています。
・・・・・・・え〜、現在亀山城跡一帯は「大本」と呼ばれる明治から 活動中の気合の入った宗教団体の聖地として奉られております(汗)
正直、かなり迷ったのですが城のレビューサイト等を見た感じだと 「城跡を見学させて欲しい」と申し出れば割と簡単に見学させてくれる らしいので、意を決して受付へ!
・・・・・思っていたよりもあっと言う間に見学OK♪ ウザったい勧誘や宗教話等は一切無く「一応聖域なので軽く 御祓いだけさせて欲しい」と其れだけでした!
う〜ん、歴史と金を持っている団体はポッと出の新興宗教と違って 余裕を感じますね(笑)
天守台の上が大本教の聖地となっている為、階段の途中に柵があり、 天守台上に登ることは出来ないものの、本の丸・二の丸は教団の 保護・管理が行き届いている為、とても綺麗でした。 何でも戦争中、ボロボロに破壊された天守台を教団が実費で 建て直して保全しているそうです。 ・・・・ご苦労様です(マジで)
さてさて、ここまでで本日の予定している所謂「洛外エリア」は 終了〜♪
ここからは洛西エリアを抜けて洛北エリアへGO! ・・・と言っても洛北エリアは大きな所や離れている所は過去の イベントで消化していたので本当に楽勝パターンで見学開始です! (例 鞍馬山 比叡山 大原三千院など)
まずは洛北エリア一発目 『光悦寺』! 江戸時代の芸術家、もと本阿弥光悦の住まい。 1615年に徳川家康によって、この場所を与えられた光悦の一族が この地に移り、芸術家村として栄えてきました。 光悦の死後寺に改められ、光悦寺独特の竹垣「光悦垣」(臥牛垣)や、 光悦が晩年を過ごした「太虚庵」、光悦の墓などが残されています。
紅葉の名所でもありますが、生憎オフシーズンだったのですが竹垣の 美しさと苔生した落ち着いた雰囲気の庭園は見ものでした!
2箇所目は『今宮神社』 今宮神社は、大国主命、事代主命、櫛稲田姫命の三柱を祀る神社です。 平安京に流行した疫病を鎮める目的で創建された歴史を持ちます。 境内には、三度叩いて持ち上げて、再度願い事を込めて三度手のひらで 撫でて持ち上た時に軽ければ願いが成就すると言われる阿呆賢さん (神占石)があり、折角なので力いっぱい持ち上げてきました(笑)
・・・・・・・軽い!と信じ込んで持ち上げたので、きっと願いは叶う ・・・・・はず?です!(ヲ) 今宮神社で有名なのは、毎年4月第2日曜日に行われる「やすらい祭」 (民俗無形文化財)で、京都三大奇祭の一つに数えられています。 後は拝観料も駐車場代も取られないところが素敵過ぎます♪
なので、今宮神社の駐車場に車を停めたまま近所にある 『大徳寺』も拝観!(マテ)
大徳寺は南北朝時代の昔から続き、桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の 葬儀を営んだ歴史を持つ寺院です。 南から勅使門〜山門(金毛閣)〜仏殿〜法堂〜方丈と並ぶ伽藍群で、 境内に21の塔頭が有り大仙院。高桐院。竜源院は常時拝観出来ますが 他の塔頭は春と秋の一時期に一部公開される事が有ります・・・
まるで映画の舞台に出てくるかのような境内の大通りを散策したり 巨大な寺院建築などを見学。 何故だか大仙院。高桐院。竜源院などの見学が有料の施設は軒並み 「本日休館」だったので見られませんでした(涙)
一通り、広大な寺院の敷地を散策した後は 街中を離れて大原方面へ!
三千院の更に奥に位置する『来迎院』 平安初期に声明の修練道場として開山した天台宗の古刹。 常に混雑している三千院とは好対照。全く混まない!(笑) 来迎院へ向かう道は静かで雰囲気も良く、更に雪が積もっていたり 小川が凍っていたりと雰囲気も良好♪
その後、平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所であり 「平家物語」縁の寺として有名な『寂光院』へも足を延ばして見ました!
2000年の5月にキチガイ放火魔に放火されて本堂は焼失。 その後、復元されたものの本堂の真新しさは何とも残念(汗)
併設されていた資料館にて火災前の資料から火災当時の様子などを見るも、 見れば見るほど放火犯にガソリンをかけて燃やし殺したくなるほどの 歴史的損失にガッカリ(涙)
やや凹みながら寂光院を出ると ・・・・・・・・・・雪が降ってきました〜 ・・・・・・・どうりで昼間、日も出ているのに寒い訳だよ!(汗)
ノーマルタイヤだったのでゆっくりと焦らぬ様に山を下ります・・・
さて、次にやって来たのは『曼殊院』 良尚親王が明暦2年に再建造営された門跡寺院で、緑豊かな庭園の 見事さに加えて寄棟造りの書院随所に見られる 「瓢箪の引き手」「富士の釘隠」「縁の梟手水」など洗練された 小物が素晴らしい寺院です。
丁度、訪れた時に特別公開で貴人を持成す際の特別な台所の見学が 出来ました。
そろそろ寒いものの雪も止み、一安心で次の目的地『詩仙堂』へ! 徳川家の家臣であった石川丈山が隠居のため造営した山荘。 名前の由来は、中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙の間によると 言われています。
美しい庭園に響く僧都(ししおどし)の響きがまた何とも・・・
序に近くにあった『八大神社』へも寄って来ました。 ここは宮本武蔵が悟りを啓いたと言われている神社らしく、 武蔵21歳の時、八大神社の境内であった下り松の下で吉岡一門と 決闘を行っています。 その決闘の朝、武蔵は八大神社の神に祈ろうと立ち寄ったが、 神の寸前で考え直し、そのまま戦いに挑んだと伝えられています。 祈りを止めた武蔵の心境は、有名な「独行道」という遺文に 「我、神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と書き記されているそうです。
そんな有名な「一乗寺下り松」を見たり、武蔵の像を見たりして撤収!
時刻は16時 まだ幾つか見て周れそうな時間なるも、資金的にそろそろキツイ(涙) ってな訳で、お金のかからない場所・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を! あれだ!!
リベンジだ!!(過去日記参照) レッツゴウ!『伏見城』♪
今回はまだまだ全然明るかったので、城も門もばっちし見学できました♪ 城は意外と確りとまともな復元で驚きでしたね(笑)
本当はもう少し色々見てから帰ろうかと言う意見もあったのですが、 偶には早く帰りますかと満場一致で、これで帰路に着く事に!
帰りは途中で甲賀土山のSAでご飯を食べたりお土産を買ったり マッタリ過ごしたり、更に愛知や静岡でもSAに寄り時間調整をして 足柄SAへ到着!
・・・・・・・あれだけ時間を潰したのに足柄にて時刻は23時前(汗)
更に足柄SAにてみんなで仮眠を取って時間を潰しました(苦笑)
で、待ちに待った23:40 ゆっくりと出発して厚木のICを6日の0時に通過!!!
0時半頃、俺は家の前で降ろして貰います。 ミッキーには横浜にて漫画喫茶にて夜明かしの老ちゃんを降ろして貰う ようにお願いしておきます。よろしくね〜♪
いや〜流石に京都の洛北エリアは予想通りに1回で終われました〜 洛南であれだけ梃子摺ったのである種感動です(笑)
次の京都行きは何処から周ろうかな〜
・・・・・・・しかし、京都は拝観料が鬼の様に高くつきますな(涙)
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