もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2004年04月18日(日) 貴方の孫です

今回の日記はかなり辛気臭いし面白くありませんので
そういった感じの物が嫌いな方はとばして下さい。
 
ただ自分なりにけじめをつけたかったので書きました。



今月16日
遅咲きの満開の桜に見送られ祖父は逝きました。


10日、大学の部の仲間と飲んでから帰宅すると
仙台の祖父が血を吐き危篤との報あり。

翌11日、朝一で仙台へ

昼前に祖父が入所している介護施設に到着
ベッドで寝ている祖父と3ヶ月振りの再会。

今年の1月に会ったときよりも遥かに痩せ細った祖父

頭の中がパニックになった。

しきりに我々に何かを訴えかける祖父の手を握り
今手を握っているのが俺である事、今ここに着いた事を説明する。

祖父と目が合った時、確かに俺の名前を呼び笑顔を見せてくれた。
握った手が思ったよりも熱かった。

その熱さが何故か最後を連想させて怖かった。

医者には早ければ今夜、もって今月一杯だと宣告された

容態が少し落ち着いた祖父が寝ている間に、一人施設の階段で
泣いた。
泣くつもりは無かったのだが勝手に泣き出した。

祖父の前では絶対に泣くわけにはいかないので、そこで少し泣いた。


午後になり俺が発熱した。
たぶん、知恵熱の類いだと思う。

もちろん最後まで仙台に残るつもりだったので誰にも言わなかった
のだが母親に気付かれ14日に就職活動があることを指摘され
一度帰る事になってしまった。

この日の祖父の様子が、わりと元気で容態も落ち着いていたので
「きっと気丈な祖父のことだから5月くらいまでは頑張ってくれるはず」
と親戚一同に説得され一時帰宅案を承諾した。

12日の夕方、祖父に「また来るから」と約束をして帰宅。

13日、落ち着かない一日を過ごした。

14日
午前3時30分頃仙台に残った母から連絡が入る
祖父死去
享年87歳


一瞬世界が反転した


とりあえず当日にキャンセルも出来ない、と言うかそこまで頭が回らずに
12時から新宿で会社面接に行った。
父と妹は仙台へ

面接でのやり取りは一切不明
良く覚えていないがずっと震えていたのは覚えている。

面接後、大学まで戻り、友人に事情を説明するのと同時に
学生課に書類を提出してきた。

そしてやっと仙台へ向かった。

母の実家までの道のり中、ずっと頭の中で昔の思い出が思い出されていた。
家に入る前に門の前で少し泣いておいた。

家で祖父との対面

いい顔をしていた。
少なくとも苦しんで逝ったのでは無い事が分かって安心した。

でも、2日振りに会った祖父は冷たく硬かった
詳しい時間は覚えていないが大分長い時間祖父の亡骸を眺めていた気がする

仮通夜で蝋燭の番をするはずだったのだが
また体調が悪化したために飲んだ解熱剤のせいで意識が朦朧としてして
気が付いたら寝てしまっていた。


祖父の死に目に立ち会えなかった。
俺は何故あの時に帰ってしまったのだろうか?
今思い出しても、ただ只管に後悔だ。

祖父は、とても不器用な人だった。
言葉足らずで頑固で気難しくって
昔は親戚一同だいぶ祖父に泣かされたらしい


でも、俺には何時も優しかった。
俺が帰ってくるとりんごやバナナを大量に買い込んで
食べさせようとしていた。
良く戦争の話を聞かせてくれた。
高校生の時、俺にまだ幼稚園児だったころの感覚で
お菓子やオモチャの福袋を買ってくれた。
畑で作ったタマネギやナス、大根、キュウリなどを
よく送ってきてくれた。

不器用ながらも一生懸命愛してくれました。


俺はそんな貴方が大好きでした

最後に貴方の膝の上に座り時代劇を見たのは何時だった?
貴方と最後に一緒に風呂に入ったのは何時だった?
腰を悪くした貴方が最後に作って送ってきてくれたタマネギを
最後に食べたのはいつの事だった?
何度一緒に酒を飲んだ?
最後にこの家で貴方と一緒に過ごした一日はどんな一日だった?

思い出だけが空回りしていく

もっともっともっと色んな事をしてあげたかった
色んな事をして欲しかった
生きていて欲しかった

最後にした約束を守れなかった
また会いに来るって言ったのに

15日 通夜
朝、坊主が来て親戚が集まりだして念仏
その後、祖父の柩の蓋を喪主である叔父さんの手から始まり
親戚一同で釘打ちした。
 
もう祖父には会えないんだと実感した後にもの凄い喪失感

火葬場にて祖父が焼かれている間火葬場のトイレで泣いた

数時間後、祖父は骨になって帰ってきた
小さく軽かった
合掌の最中に身体がスゥっと軽くなった気がした
祖父は逝ったのだろうか?
何となくそんな気がした

今夜こそはと気合を入れ蝋燭の番で起きていた
葬式は死んだ人間のためではなく生きている人間が
余計な事を考える暇もなく働くためのものだと知りました

16日 葬儀
坊主が来て念仏あげてお終い
呆気なかった
その後祖父の遺骨を寺へと運び埋葬した


桜が綺麗だった
きっと祖父はこの桜に誘われたのだと思いました



医者には70歳で死んでいてもおかしくないと宣告されながらも
ここまで立派に生きてきた祖父

87年間、お疲れ様でした
約束を守れずにごめん


そのうち何処かでまた会ったらその時はまた酒でも飲み交わしましょう
それまでは皆を見守っていてください


たくさん愛してくれてありがとう
不器用な貴方が大好きでした
貴方の孫で幸せでした


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