きのうブリでちょっと歌ったのでけっこうすっきりよい感じ。 来月までにメンデルスゾーンの楽譜買いに行こうっと。 「秋の歌」と「君をしのぶ」をドイツ語でマスターするぞっと。 って言っても巻き舌のできない私のドイツ語やイタリア語はとんでもなく間抜けだ。 そして歌うだけだからことばの意味よくわかってないし(わかったらこっ恥ずかしくて歌えないような歌詞ばかりなのだけれど)。 巻き舌のマスターの仕方とかこつを知っている方、いらしたら教えてください。 “アブラーゲ”はやってみたけど無理でした。
さて、読みかけだった「体は全部知っている(吉本ばなな)」を全部読んだ。 最近吉本ばななは精神的にも肉体的にも余裕があって、きちんとあたまが回転するときにしか読まないようにしているので、読みきるのに時間がかかった。 それにしてもいつも思うのが、なんでこの人は私が思ってそれをうまく言えなくてもやもや〜として心にためていることを、こうまで明快にことばにしてくれるのだろう、という事。 当たり外れがある、と言っていたひとがいたが、私にとっては打率10割、100%ヒット。 「つらさや寂しさを吹き払おうとする時、そんなふうにちょっとしたごほうびみたいに自由が生まれる。」 そんな何気ないひとこと(たぶん書いてる方は何気なくないんだけど)に救われている読者がきっとたくさんいて、それぞれのひと、ひとりひとりがああ吉本ばななはすごい!と思ったりしているのだと思うと、作家という職業って本当にすごいなあと思う。 不特定多数を対象にしていて、でもそれはやっぱり特定多数に向けられた言葉で、自分がその特定多数なのだと思うことにこそ読書の楽しみってものがあるのだ。 ってなんだか理屈っぽい文。 難しいことばで文を書くのって簡単だわ。
ところで、感受性が失われていっていることへ愕然とする、みたいな場面があったけれど、「文グル」(「文芸レアグルーヴ」っていう本紹介本)を読んでいて吉本ばななを読むと自分の感覚が開いていくっていうのがあった。 普段忘れていた、感じるこころ、みたいなものが取り戻されるっていうの?木々のざわめきとかそういう自分の周りの些細なことに感動するこころみたいなもの。 そうそう、開いていく感じがする。 それで、定期的に読まないとどんどん鈍感になってしまうような気がしたり。
ってことで、吉本ばななは私の好きな読書チームの4番バッター。 その顔ぶれは女性作家ばっかりなんだよねー。男性作家もドラフト指名しないと。
|