2002年03月13日(水)→→→overwhelmingly

きょうは、専攻の事務に提出しなくてはいけない書類があったのと、修了式の日程を知りたくて専攻の掲示板を見に、またまた学校へ。
とは言っても行ったのは15時過ぎ。おい。
研究室に一歩足を踏み入れるやいなや!(as soon asってやつ?)O崎さんにつかまり、FT-IRの配線が切れちゃってるみたいなの〜最近調子悪かったのかしら?と聞かれる。
いや、最近もなにもここ数ヶ月FT-IR使ってないし。
どうやらOさんの面倒をみたことで、こいつは使える!とO崎さんコンピュータにインプットされてしまったらしい。
最近なにかと聞かれるんですけどー。
っていうか私M2であなたはD2なんじゃ…。
そして、「電源を落とすときはFT−IRのビームスプリッターであるKBrをデシケーターに入れるのか?」を10分くらいかけて聞かれ、入れるんだと答えるまでにさらに5分くらいかかった(はず)。
まさにおそるべしO崎さん。
ある意味、「動物のお医者さん」の漆原教授よりも傍若無人だ…。

未だM論の補遺が出来ていないので、学校来たついでにやる。
しかし、文献によってまちまちなのをまとめる、んだけど、辞書持って帰っちゃってて文献が完全に読みこなせない…。
私のパソコンに入ってる「ニューアンカー英和辞典」じゃ無理だ。
オンライン辞書とかもあんまり専門用語は載ってないし。
私の辞書は2600円くらいだったにしては[理]とか[化]って言葉がたくさん載っていて、とてもよい子なのだ。
(ちなみに旺文社の英和中辞典というマイナーな辞書です。リーダーズが高いと嘆いている人にはおすすめです。小尾研仲間のSちゃんも愛用していました。マイナー故の連帯感がありました。)

あーマルホランドドライブが真剣に観たい。
吉本ばななの日記を読んでいて真剣に観たくなった。
うまく言い表せないので、引用。


 「マルホランドドライブ」を観る。今年のベスト1、もう決定。
 もしかして一生の中でもかなりの上位にランクインだ。
 人を好きになるむくわれなさ、はかなさ、悲しさ。ねたみ、苦しみ。美しさ、切なさ。人生の深さ。そして人類のまわりに存在する邪悪な存在の影。全てが入っていた。こんなすごい映画は久しぶりに観た。
 どのようにくだらない愛でも、愛は切なくて美しい。どんなに汚れた心の中にも何か、清らかな風のようにさわやかな光が存在する。どんなに陳腐な夢の中にも真実が存在する。悲しみ、その美しさ。
 これまで自分がおかした「人を思い通りにしようとする」あやまちや、自分が勘違いされて変な情熱で愛されたことなどまで、許される気がした。私にとっての癒しとはまさにこの、リンチの映画のようなものだ。
 ううむ、傑作だった。ため息が出る。(2/18付)



 卓球のあとに思わずもう一回見てしまった。「マルホランドドライブ」。
 やっぱりすばらしかった。映像もすばらしかった。
 誰でも夢見たことはあるだろう、自分の好きな人が弱く、自分を頼ってきて、自分は成功していく途中の余裕ある立場で、相手は自分の言うことならなんでも聞いて感謝してくれて、優しくて、体も喜んで投げ出してくれて。もしもうまく行かなくてもそれは何か恐ろしい陰謀が働いているからで、いずれにしても自分は自分のいちばんいい、輝くところで相手と接しているという設定を。
 たとえ実のところは焼けるような嫉妬にまみれていて、自分は最高にさえない人生を送っていて、相手も実はみにくくてくだらない人間で、夢も希望も全て汚れていて、相手を殺してしまおうと暗闇の中で決心したとしても、それで霊的な面でこの世の邪悪な階層とうっかり接触してしまったとしても、心の中にあるなにがしかの神性とか善性とかいうものは決してなくならない。
 どんなにされても相手を好きだったということの悲しさはきれいなままだ。
 そういうことをさあ、映像で表しなさいといわれて、さらっとできるっていうのがものすごい。(2/27付)


“相手を好きだったということの悲しさはきれいなままだ”だって。なんか圧倒的な文章だ。
映画を観たらこれと共に感想を書こうと思うけれど、こういう感想が書けるようになりたいものだ。
って書けたら作家になれちゃうって。
とにかく難しい映画らしいので、“小さな灰色の脳細胞”を活性化させておかなくてはね。


     
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