えーと昨日の“と言うべきか”ってやつは谷川俊太郎ではなくて、吉野弘だったということにきょう気付いた。 お詫びして訂正します。(←誰に?)
吉野弘と言えば、「走る海」。 原題はたぶん「冬の海」。 走る海、は高田三郎作曲の合唱曲だ。 中学生のときは歌詞の意味なんてさっぱり考えたこともなかった。 高校生になって、 “海は一個の巨大な排他性ではなく、何かを受け容れようとする苦しみだった” っていうのにみんなでほーうと思った。 “悩みを他に打ち明けてもそれが軽くなるわけではないと知ったとき、ひとは初めて大人になる” っていうのにもそういうものかーと思った。 改めて読み直す、のではなくて(笑)歌い直してみると、 “もう帰ってこないのか。つまづきを知らなかった日ののびやかなうねりよ。歌と笑いとさざめきよ。あの朝焼け、あの夕星、あのときめきはもう帰ってこないのか。” ってかなしみの詩にちょっとびっくりした。 のびやかなうねり、真っ只中でこういう歌を歌っていたのか…。
中学生って、ばかですね。 若いということはそれだけ、無知で恥ずかしいことなのだとリリー・フランキー氏が言っていたけれど、その通り。 でものびやかなうねり、笑い、さざめき、ときめき…そういうものを忘れてしまう大人っていうものも、いやなものだ。
こういう風に改めて思い出してみるとものすごく深い意味のある歌って、多そう。 特に高田三郎系は暗いからなー。 吉野弘&高田三郎ペアは暗い。深い。重い。
でも吉野弘にはこんな詩もあるので、書いておきます。 ってこれもけっこう暗いかもなー…。
「愛そして風」 吉野弘
愛の疾風(はやて)に吹かれたひとは 愛が遥かに遠のいたあとも ざわめいている 揺れている
風に吹かれて 枯葦がそよぐ 風が去れば 素直に静まる
ひとだけが 過ぎた昔の 愛の疾風に いくたびとなく 吹かれざわめき 歌いやめない −−−思い出を
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