思いつき日記
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沢村栄治投手という人をご存じだろうか。
プロ野球界で一年の最優秀投手に沢村賞というのを贈るのだが、 そのくらい日本球界に功績を残したと言われる伝説の投手!!
と思い込んでいた。
ウィキペディアでも…
1934年の夏の大会終了後に京都商業を中退して、読売新聞社主催による日米野球の全日本チームに参戦。11月20日、静岡県草薙球場で開催されたアメリカメジャーリーグ選抜軍とのシリーズ9戦目(最終戦)に登板。当時、日本の野球とアメリカの野球との実力には大きな開きがあり、どの試合も20点差以上の敗戦がほとんどであったが、澤村は速球とドロップを武器に、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス、チャーリー・ゲーリンジャーという名立たるクリーンナップを4者連続三振にしとめるなどの好投を見せた。この際、ゲーリッグは澤村の直球が打てないと悟り、ドロップを狙うバッティングに切り替え、澤村にソロ本塁打を浴びせた[1]。最終的に澤村はアメリカオールスター打線を相手に1失点9奪三振の完投を果たしたが、日本チームが1点も取れなかったため、ゲーリッグの一発が決定打となり、同試合は1対0で敗戦。シリーズは9戦全敗に終わった。
という記載がある。 それを私たちはすっかり信じ込んでいたのである。
しかし、大リーグの選手側の当時の回顧が残っていて、 それはこの記載とは真逆のことを指し示している。
『手のうちはいつもフルハウス』久保田次郎
どの試合も20点差以上の敗戦がほとんどという記載は間違いない。 で、大リーグの選手たちは面倒だからこの沢村投手の投げた日、 わざと三振して早く試合を終わらせようとしたという。
で、負けるのもなんだから、真面目なルーゲーリックの一発のホームランで 試合を終わらせたという。
実際のところ、沢村投手は他の試合にも先発しており、 第5戦0-10 第10戦0-1 第16戦1-14 第18戦5-14 と敗戦投手となっている。 防御率は9.75笑
あ、更に実際は日本は18戦戦っていて0勝18敗です笑
まあ、読売新聞社主催っていうところからして怪しいもんだ笑。 インチキ伝説ここに極めり。日本のマスコミなんて所詮こんなもんですな笑
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