思いつき日記
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3/11。一生忘れないであろう出来事があった。 『東北・関東大地震』
その時、私は会社で会議のための資料作りをPCでしていた。
同時にいろいろな人の携帯からあの地震速報の警戒音が 鳴って、社内で人がこれ大きい地震来るぞ!と言った瞬間に グラグラと。
あまりにも長く、あまりにも凄い揺れで身の危険を感じ 事務所を出て、とりあえず頭上の危険がない場所に行ったが 恐ろしい音と共に揺れ続けた。 限られた視界しかなかったのだが、建物が軋んで歪んでいる様が 忘れられない。これヤバいな、早く治まってくれと祈るしか なかった。
揺れが収まって、即行安全な外に出た。 その後また凄い揺れが来た。
家に電話しようとしても携帯は全く繋がらない。 これは大変な事態になったと。 事務所に上がったらとんでもない光景が。 社内がめちゃめちゃだった。
すぐさま解散になり、とりあえず安否確認だけは会社に寄越すように 言われて、帰宅の途へ。
道路があちこち歪んで、瓦が思いっきり落ちている。 古い木造の家は潰れ、ブロック塀は倒れ。
家に到着。 エコキュートの給湯タンクが倒れていて、うわなんだこれと。 明らかにパニクっている両親が無事なのを確認して、ほっと一安心。
。。。。。。
その日から、我人生は変節を迎えたのかもしれない。 被災地ということもあるが、原発問題という明らかに 身の危険が及ぶ距離に家があることもあり、 揺れに揺れている。
原発から40キロという距離。 逃げるに逃げられないが、まともに放射能汚染が起こる地域。
第一原発三号機はプルトニウムを使用したMOX燃料を使っていて 大変危険な原発なのだが、その建屋が水素爆発?した時、身の危険を 感じ、140キロ圏にある会津に逃げた。
すべてを投げうって、戻れないかもという覚悟と共に。
現在、原発のチェルノブイリ級の危険は去ったということで 仕事に家に戻ってはいるが、明らかに以前とは別の世界になって しまっている。
仕事は2日欠勤した。私は会社より身の危険からの回避を選んだのだ。
これまでの価値観が180度変わるような震災だった。
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