思いつき日記
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2009年08月05日(水) 見えているものが違う

蜂には紫外線が見えるそうです。蜂たちは花の蜜を嗅ぎ当てる
のではなく、見つけるそうです。花の外から蜜の色が見えるという
のです。蜂に見えている世界は私たちが見ている世界とは違うでしょう。
ヒトの可視光線、可聴音域を越える生物には同じ世界が違って見え、
聞こえるのです。

可聴音域といえば、若い人たちには聞こえるが、年配の人には
聞こえなくなっている高音域を扱った、ひとばらい用の騒音製造機や
着信音が若者だけに聞こえる携帯着信メロディーがあったりします。
また、年齢とともに個人差はあるだろうが視力が減退するのです。
聞こえるものが減り、見えるものが減ることは、ものごとから細部が
消え、全体像が把握しやすくなることでもあります。すなわち、
ヒトでも若いヒトと、年配のヒトとは、多少なりとも同じ世界が
違って見え、聞こえているのでしょう。

私たちは自分の目で見たものは、そのものの真実の姿だと思って
しまいます。

しかし対象物は、液体である水が固体(氷)や気体(水蒸気)にも
なるように、その時々の条件や私たちの識別能力によってさまざまに
姿を変えています。おなじものを同時に見る時でさえ、そのひとの
視力などの能力や立場、潜在意識、固定観念、先入観、嗜好などに
よって見えるものが違うのです。対象物は私たちが考えるような
「たったひとつの真実の姿」などではなく、あなたや私の目にどう
写っているかだけなのです。

私たちが客観的と考えているもの、そんなものは幻影です。
私たちは客観視というものの想像は出来ても、客観視は
出来ないのです。蓼食う虫も好き好き、求めるものや好みが
違うと、おのずから与える評価も違ってきます。ヒトはまた
自分が見たいようにしか見ないものなのです。


これは相場のことを説明するのに、売り一遍のような状況でも
買う人がいたり、値ごろ感が違うということを説明するための
文章です。

なぜこんなことを書いたかというと、とあるブログで荒らし行為を
する人がいて、祭り状態になっているのを見てなんだかな〜って
思った時、そういうことなんだなと説明するのにちょうど
良さそうだったから笑


ドン |MAILBBS

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