ちょろりの役員様日記
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2006年02月10日(金) おわり

会社を閉める。休業するのだ。

アフターサービスの仕事があるので
名前は残すが、社長一人の会社になる。

私も兄さんも3月で終り。
出社はもう2月半ばで最後。


弊社は、専門商社だ。
何が専門かというと理化学機器、教育機器、計測器などの輸出。
商社という分野だが、入札屋だった。

ODA(政府開発援助)で、
日本政府が開発途上国に、無償や日本が貸す金の援助で、
大学や研究所や病院を作った時や、
研究機器を充実させるというような案件の時に、
入札に参加し、1番を取れたら、機械を輸出し、
現地で据付をし、機械を扱う先生や研究員に
使い方を教えて帰ってくる という仕事をしていた。

私は営業でも技術屋でもなく、
入札書類をひたすら準備するという仕事していたのだが。
経理総務の他に。

社長が若かりしころ、
日本が経済成長をしODAを始めたときは、
まだやりがいがあったらしい。
現地の大学の人々も、
「日本がこんな良いもの作ってくれてうれしい」と
感謝の気持ちを伝え、喜んでくれたと。

でも今は、違う。

日本から、もらってやってるという態度だと。
外交的手段で日本が金を使わないといけないこと知ってる。
弊社は日本政府の下請けの下請けで、
納入据付、完了したというサインをもらわないと、
日本政府から金は出ないのだが、それを知っており、
すんごい態度なんですよ。もったいぶる。

金を出せと。サイン欲しいなら金くれと。
お前らが思ってるほど儲かってないわ!
こちらが援助してやってるのに、サイン1つで
感謝しろよーという態度だと。

同業を前の会社でもしていたのだが、
同僚は中国でどんだけ酒を飲まされたか。
飲まないとサインくれないから。

ほんと、血の税金をこんなやつらの為に
使うなんてと、現場では思えてくるらしい。
最新の高級な研究機械入れても、
どの教授も使い方知らなかったりするし。
欲しいと言うから、入札に公示されるのに。

金くれ金くれと、そればかりだし・・・
弊社の上には大抵大総合商社がいるのだが、
ムネオ事件以来、そういうことには大変ぴりぴりし、
もう、どこも商売をやりたがらない。
インドネシアなんて、海外駐在は左遷コースになってもうた・・・。

また開発途上国は、上の人間が変わったら
方針も全て変わったりする。
クーデターや紛争起きたりしたら全ておじゃんになったり。
政変や、大学の人事に左右される仕事でもあった。

入札という形をとる割には、
談合というのが珍しくあまりない世界ではあった。
昔は、現地大学に入り、教授たちの意見を聞き、
入札の準備をしたとこに取らせてやろうという
暗黙のルールがあった世界ではあったけど。

だけど、例えば、日本製に限るという条件があるのに、
安い中国製の製品に、メイドインジャパンと上から貼って
入札に出すというような掟破りをする会社が現れ、
その会社を締め出す対策として、
入札自体がものすんごーい
面倒なシステムになってしまった。
入札の前に何日も徹夜覚悟で仕事しないと終らないような。

社長は、現地人に振り回され続ける商売に嫌気がさし、
やる気を失ってしまったところに、
入札システムが面倒になり、
手間の割りには儲からなくなったこと。
またムネオ事件以来、大総合商社もやらなくなったこと。
そして、日本政府のODA見直しジャイカジクスなどの再編・・・

引退を決めてしまった。
ODAの世界に嫌気がさしていた兄さんも同じ。
会社を引き継ぐこともしない。
同業他社からいくつも引き抜きは来ていたようだが
行かないようだ。
隙間産業なので、同業他社も都内に数社あるだけなんだが。

社長は、今は自分の家を建て直すことで頭が一杯で、
家のことばかり言っている。
完全にもう仕事をなかったことにしたいのかな・・・?
「昔は良かった、感謝もされて、誇らしい仕事だった」と
過去の話ばかりだしね・・・。


私は一人、
閉めるということで仕事に対してモチが下がりっぱなしなのに
経理総務でずっと仕事が残って(閉めた後も)
これからどうしようという不安もあり、
すごいストレスでいっぱいいっぱいで
肌はぼろぼろだし、ひどく疲れています・・・


☆今日の晩御飯
ミートソース(ちょっと煮込みすぎて水分が飛びすぎた感がややある)
野菜スープ
冷奴


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