長男の妊娠4〜5ヶ月ごろだったろうか、
病院のエコーで 「前置胎盤」と診断された。
「前置胎盤」とは、普通は至急の上の方に引っ付いているはずの
赤ちゃんを包む胎盤が、子宮口の近くに付いていて、
そのために、ある日突然多量の出血を起こして
母子ともにたいへん危険な状態に陥ってしまうかもしれないという、
自覚症状が何も無く、体も元気なのに、
ひとつ間違うとたいへんなことになるやっかいなものだ。
そのため、私は3週間入院し、
その後、お腹が大きくなるにつれて胎盤の位置が少し
子宮口から離れたので、「低置胎盤」という診断に変わり、
退院して、念のため実家で出産まで安静にして過ごすことになった。
そして、幸い命にかかわるような危険なことにもならず、
臨月を迎えた。
あれは 例年になく暑い夏だった。
臨月を迎えた妊婦にとっては、
どんな冷夏でも 猛暑に思えるんだろうけど・・・。
長女の時は、予定日の3週間も前に産まれたので、
きっと二人目も早く生まれるだろうと思っていたのに、
予定日になっても生まれない。
予定日を二日程過ぎた夜、わずかな陣痛がきた。
普通はこれくらいだと まだ全然病院には行かないくらいの陣痛だったが、
病院も遠かったし、前の時のこともあるので、
夜のうちに、父の運転する車で病院に行った。
ところが、次の日になってもたいした陣痛がこず、
結局、生まれたのは入院した次の次の日の早朝だった。
しかも、早朝の為、先生がまだ病院に来ておらず、
若い助産婦さんがほとんど産ませてくれたようなものだった。
予定日より3週間早く生まれた長女は、2300�弔靴�なかったのに、
順調に体重が増えていたので、一週間で退院した。
一方、3150�弔發△辰芯甲砲了�は、
黄疸が少し出たせいで 一日余分に入院した。
しかし、退院後は順調に育ってくれた。
2歳の誕生日に写したホームビデオに写っている長男は、
まだ言葉があやしかった。
長女の時は、もっと喋りだすのも早かったと思うが、
2歳だというのに、まだ単語がちゃんと喋れておらず、
「ぼー、くー、たい!」
(ボクにもフォーク頂戴!)
・・・ちゃんと文章になっていない。
これでも母親には 通じてしまうところがすごい。笑
いや、逆に それで通じてしまうから
なかなかちゃんと喋れるようにならなかったのかな?
幼稚園の年中さんになる前に、次男が生まれた。
幼稚園の年長さんの頃は、次男が歩き出してややこしい年頃だったので、
長男には一人で幼稚園に歩いて行ってもらていて、
友達のお母さんに、
「一人で大丈夫なの〜?!」
と心配されながらも、けなげに一人で通っていた。 ごめんね。
小学校は、幼稚園からの仲良しの友達と一緒の私立小学校に合格し、
2年生の頃、担任の先生が神経質な男の先生で、
その先生が突然怒りだすのがいやで、
ちょっと登校拒否になりかけたのだが、
親がちゃんと話を聞いてやることで安心したのか、
すぐに元気に学校に通えるようになった。
6年の後半には学級委員にもなり、
音楽は苦手だったけど(かなり音痴だったので)
勉強も運動も好きな、模範的な小学生だった。
中学は、これまた小学校で仲良しの友達が受けるという
中高一貫校を一緒に受けて合格した。
中学では、そこそこ勉強も真面目にやっていたのでまあまあの成績だったが、
3年生くらいからサボリだし、それ以来ずぅ〜〜っと下がる一方だ。
あ〜あ、情けない・・・。
O型の長女と次男は、自己主張がきつかったが、
真ん中に挟まれたA型の長男は、言われたことをさっさっとやってくれる、
とっても腰の軽い、気の優しい、やり易い子だ。(ちょっとケチだけど)
しかし、「これは譲れない!」ということがあると、
何をどう言おうと ガンとしてきかない頑固な奴でもある。
そんな長男の、
今日は 16回目の誕生日。
おめでとう〜♪
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