前潟都窪の日記

2005年01月29日(土) 密葬 連載の19

送りつけてきた密葬の写真

 今岡寿子の密葬を営んだ時、受け付けを担当した従兄弟の良正君が稔子と淑子のところへ密葬の模様を撮影した写真を送ってきた。

 稔子は怒り心頭に達して封を切りかけたが内容は確かめないで、良正へ返送し、余計なことをするなと電話で抗議した。いつものやり口で自分は手を下さず周辺の者を操ってさぐりを入れる多市の策謀だと感じたのである。

 豊岡淑子は開封して確かめてみた。故人の写真は一枚もなく、祭壇に飾られた供花とその名札を見せつけるために送ってきた様子がありありと判る。今岡福吉の親戚が多いのが印象に残る写真ばかりである。淑子は一瞥しただけで破り捨てた。実の父親の愛情がひとかけらも感じられない写真であった。これは懲らしめるためにも山岡検事のアドバイスもあるが、暴行傷害事件について刑事告発しなければならないと考えた。 

 また児島稔子が不在で留守の朝、田舎から従兄弟を呼びよせて49日までに線香をあげに連れてきて欲しいと依頼し、律儀者が男気を出して早朝児島宅を訪問するなどという懐柔策も敢えてとる男である。心の隅に残っていたまさか父がそこまでするかという気持ちが吹っ切れたと淑子は思った。


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