前潟都窪の日記

2004年11月15日(月) 米軍管理下の難民収容所��

 ▼米軍管理下の難民収容所
 国境を越えてからの旅は恵まれていた。米軍のジープやトラックが国境線近くに待ちうけていて、次々に開城のテント村まで運んでくれた。テント村に入る前に頭からDDTをふりかけられて体中真っ白になった。このテント村には一週間抑留された。テント村は北朝鮮から脱出してくる日本人引き揚げ者を船便の手配が出来るまで収容しておく米軍経営の難民キャンプであった。

 アルマイト製の食器を与えられ、朝、昼、晩と決まった時間に給食があったが、とうもろこしのスープに大根の切れ端や葉っぱが申し訳程度に浮いている粗末なものであった。ほかにも食べ物が支給されたのかもしれないが、勇の記憶に残っているのはとうもろこしのスープだけであった。男手のある家族は米や豆をまだ持っており、携帯した飯盒で炊いて美味しそうに食べていた。それを遠くから羨ましそうに眺めているだけであった。

 いじましい話だが、米を持っているグループが座っていた場所の筵の目の中にこぼれて入り込んでいる米粒を叩き出して、二粒、三粒の生米をかじったこともある。


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