嗚呼!米国駐在員。
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2005年01月20日(木) 訴訟の国アメリカ、現地スタッフに気を使う駐在員

うちの支店だと、現地スタッフが日本人駐在員の倍以上いる。
職場内で彼らといかにうまくやっていくかは、支店の業績に大きく影響するのだが、これが予想以上に困難だと感じる。

言うまでもない、ココは訴訟社会だからである。

カリフォルニア州にあるトヨタのディーラーの日本人社長は、一人の黒人の従業員が仕事をまじめにやらず、注意してもきかないのでクビにした。
ところがこの従業員は、社長が差別主義者で黒人である故に解雇したと訴訟を起した。そして同僚も社の幹部が差別をしたとデッチあげの証言をした。会社側は、日本人が黒人を差別するわけがないと裁判の結果を楽観していたが、実際の評決は会社は六十万ドル、六千万円を支払えというものだった。この従業員の月収は二千ドルで約二十何年分の給料を手にしたことになる。会社側は従業員を訴えることはできるが、二千ドルの従業員を訴えたところで求償はできない。結局泣き寝入りということになる。

解雇するというのは確かに常に訴訟されるというリスクがつきまとう。よってそれなりの注意と対策を会社側でも考えるのだが、解雇に至らずとも、普段の行動を注意をしただけでも、人種差別、学歴差別、年齢差別などありとあらゆる理由をつけて訴訟してくる場合がある。というより、実際にやられているのだが。

したがって、ある警告、例えば仕事中に仕事と関係ないインターネットをするな、と言って警告しただけでも、「私は人種が違うから差別された。あの人はやっていたのに何も言われなかった」と訴えられてしまう場合があるのである。というより、実際にやられているのだが。

アメリカでは、訴訟が明確なビジネスとして存在する。そして弁護士が自然増殖している。訴訟は一攫千金のチャンスがあり、大きなアメリカンドリームを実現する手段でもある。アメリカの法律の拡大解釈は滅茶苦茶であり、陪審員制度だって全くあてにならない。


という事で、我々日本人駐在員は言葉と対応に気をつけながら彼らに接する事になる。時には腫れ物を触るように。
不満があってもそれをストレートにぶつけずに、よく考えた上で適切な手順を取りながらそれを伝えねばならない。いちいち記録に残す作業なんかも必要だ。昨年、初めて赴任してきた先輩は、「なんで社内でいちいちアメリカ人に気を使う必要があるんだ、しかも仕事上のことで!」という、誠に最もな主張をされたのだけど、ここはアメリカ、郷に従わねばとんでもない事になるかもしれない。

まあ、アメリカ人の全員が全員そうでもないのだけど、中には会社からの不当な扱いを待っているかに見える知恵の働く従業員もいるから、やっぱり注意するに越したことはない。自分のような立場ならいいけど、責任ある管理者になれば扱いは大変だろう。

組織主義が浸透しており、かつ訴訟と聞いただけでビビる日本人にとって、何ともストレスがたまる部分ではある。
一方で、アメリカ人は実に個人主義であり、そんな日本人の勝手な心配など知ったこっちゃなく、自由にすき放題、伸び伸びやっているように見える。 同じ事務所の中のそんなコントラストも何とも面白い、なんて言ったら怒られるか。


Kyosuke