| 2003年08月22日(金) |
全中レポ(1) 北信越の勢力図が変わる? |
8月17日から20日まで、修学旅行(高校2年)以来の「北海道上陸」を果たしてきました。岩見沢で行われた「第25回全国中学校軟式野球大会」を見るためです。 というわけで、何回続くか分かりませんが、全中について書いてみたいと思います。
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「長野県勢、初勝利だったんで、本当嬉しかったですよ」 「え? そうなんですか」 思わず聞き返してしまった。 今年25回目を迎える全中で、まだ勝利をあげていない都道府県があるとは思ってもいなかった。 「だって、長野県勢で全中に出たのはうちで3チーム目ですよ」 その言葉に再び驚いてしまった。 「歴史的1勝といっても良いと思います」 言葉の主は、北信越代表・茅野北部中(長野)を率いる篠原一成先生だ。茅野北部中は大会初日、羽津中(東海・三重)を2−1で下し、2回戦に進んだ。その勝利が、長野県が全中で挙げた初めての勝利だった。
「ずっと、石川の中学ばかり出てて……。でも今年ようやく、出ることができましたよ」 北信越の中学が全中に出るには、まず県大会で上位二校に入らなくてはいけない。上位二校に入ると、北信越大会に進むことができ、優勝すると全中に出場することができる。北信越5県のすべての中学の中で、わずか1校しか出場できない狭き門である。 そこで去年までの過去24回、県ごとに全中に出場した回数を見ると (*�ヽ�催地枠で出場した場合は除く ��第2回大会は北陸枠で新潟が出場) 新潟 2回 長野 2回 富山 3回 石川10回 福井 8回
石川と福井が抜けていることが分かる。 「石川の中学ばかり」という言葉はイコール「星稜中」と置き換えることもできる。10回のうち、6回が星稜中の出場。開催地枠での出場も入れれば7回である。その頃の星稜中は、現在遊学館高校の監督を務める山本雅弘先生が率い、中学野球をリードしてきた。全中制覇も2度ある。 その星稜中だが、2000年の出場以来、全中からは遠ざかっている。今年は石川県大会を突破し、北信越大会までコマを進めたが、決勝で敗退した。決勝で星稜中を下したのが、篠原先生の茅野北部中だった。星稜中のカベに何度も跳ね返されてきた長野県勢が、星稜中を破り全中の切符を掴んだ。
茅野北部中は数年前から金沢交歓会に参加している。 「全国レベルを肌で感じられていることは大きい」と篠原先生はいう。 全国を狙うチームがどんな態度で試合に臨むのか、どれほどの実力なのか、ホテルや合宿所ではどのような生活態度なのか。 今年、金沢交歓会に初めて参加した札幌東栄中の和田俊雄先生は、全道大会の試合前に選手にこう話したという。 「金沢で星稜中と試合したんだぞ。ほかにも強いチームとやった。北海道でそれ以上に強いチームはないだろう。だから恐れることはない」 全国レベルと対戦することで、自分たちの通じるところ、足りないところが分かる。札幌東栄中は、金沢交歓会で学んだことを生かし、今年の夏、創部史上最高の全道大会ベスト4にまで進んだ。
茅野北部中は羽津中を破った翌日、準優勝した修徳学園中と対戦し、0−5で敗れた。 「完敗です。力の差が違いすぎました」 試合後、篠原先生はさばさばとしていた。 だが、まずは「長野県勢の1勝」という歴史は作った。これからである。
今年、長野県が1勝を挙げた。 じつは昨年は新潟県勢が22年ぶりの1勝をあげていた。22年前の1980年は「北陸代表」として臨んでいたため、現在の北信越代表として新潟の中学が全中に出るの初めてだった。 北信越大会を勝ち抜いた十日町中が、奈良で行われた全中の緒戦で、西陵中(北海道)に勝利。2回戦では、準優勝した玉城中(三重)に0−1で惜敗した。
岩見沢には新潟の先生も観戦に訪れていた。 「去年は十日町、今年は茅野北部。北信越は石川だけじゃないですよ」 新潟では、糸魚川中の沢辺剛先生が中心となって「中学校野球糸魚川選手権」を10月末に開催している。今年で10回目を迎える。新潟の中学のほかに、関東や東海から強豪チームを招き、リーグ戦、トーナメント戦を行う。こちらも、金沢交歓会同様、全国レベルを感じることで、レベルアップを図ろうとしている。
新潟の中学野球は、去年十日町中のほかに、「新潟クラブ」という選抜チームも全国大会で活躍した。こちらは軟式野球ではなく、伊豆で行われたKボールの大会で、夏の全国大会準優勝に輝いた。 星稜中がリードしてきた北信越の中学野球。少しずつではあるが、勢力図が変わりつつある。
<過去25回 北信越の全中成績> 新潟 2勝2敗 長野 1勝3敗 富山 0勝4敗 石川 22勝3敗(*22勝中18勝が星稜中) 福井 2勝8敗
⇒現在全中未勝利県は、富山と岩手(0勝6敗)の2県
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